3話. 腕試し

「勝負は寸止め一本勝負! 相手を参ったと認めさせる事! 手加減無しよ!」


 意気満々で剣を抜くとカイマンは、やれやれといった表情を見せた。


 ……寸止め試合なんてした事無いけど、まぁ兄達がやってるとこは見ていたわ。


「少々お待ちを……」


 カイマンは屋敷へ一度戻り見慣れぬ武具を手にしてやってきた。

 それは肘より先の腕の長さよりはちょっと長い棒。


 木製? でも鉄だとしたら結構な重さよね。


 棒の端の方にはが垂直に付いていて、肘打ちする様に繰り出して棒を打突する、そんな仕組みの武具の様だ。

 彼はそれを両手に握って持っていた。


「見ない武器ね」


「でしょうな。なにせこれは私が独自に編み出した武器ですから。握り付きの棍棒、私は単に“ガローテ”と呼んでますがね」


 するとカイマンは腕慣らしかほんの数秒、そのガローテで素振りを見せた。


 速い!


 ガローテがヒュオンと空を切る音がする。

 非常に滑らかな体捌き、その造作は美しくすらある。

 自在に繰り出す攻撃は、剣の太刀筋とは全く違う多様な曲線を描く。

 更に握りの部分を器用に回し、時にはひょいと棒に手を持ち替えて突出した握りの部分で打突する動作も見える。


 単純に肘打ちを強化した武具と言うにはお粗末だ。

 それどころかまるで長さをハンデとしない、剣では思いもよらぬ打ち筋と打突を可能としていた。

 もしあれが鉄製だとすると……破壊力は抜群だ、考えたくもない。

 だがあれ程の動作を可能とするには余程の筋力が必要で、カイマンの割とほっそりとした体格じゃあ考えられそうに無い。

 けれど既に軍を引退し大分経つというのに、ブランクをまるで感じさせないその手練に、私は改めて彼の実力を窺い知った。


 やっぱり凄い!


 心にの火が灯る。


「準備は良い?」

「いつでも、参られよ」

「じゃあ……行くわよ!」


 先手必勝!

 刺突ペルフォラシオン!!


 鋭い私の一撃を当然とカイマンは素早くガローテを一振り、叩き落しに来た。


 読んでたわ!


カチンッ

ヒュオン!


 私は手首をくいっと返し、ガローテのはたきを受け流し、返す刀で、斬り上げる。


ガチン!


 へえ!

 これも容易く弾くとはね。

 それなら……。


 私は細かくステップを刻んだ。

 それは相手に焦点を絞らせず、躊躇の迷いを招く惑わしの舞踏ステップ


 けれどカイマンは、そびえたつ巨木の様に堂々と構え、その鋭い目線が私の目論見を射抜いていた。こちらのステップに翻弄される事は無く、全く隙が無い。


 小手先じゃダメか……なら!


 私はえいっ! と大きく跳躍した。


 空中で体を一回転させ着地と同時、今度はカイマンに向け思いっきりダイブ!

 跳躍と回転の勢いを乗せ、構えた剣を振り下ろす。

 

 「回転跳びトルナードサルタール袈裟斬りデレーチョトゥルエーノーーっ!」


 なっ! 冷静に後退されて躱された!!

 なら、そこからの斬り上げイズキエルダボルカンっ!

 困った時の多段攻撃!


 着地と同時、タンッ!と更にカイマンに向け跳躍し、振り下ろしたその袈裟斬りを今度はビュオッと振り上げる。

 

ガチーン!


 カイマンはくるりと半身捻り、左手をシュンと振り上げガローテで私の一刀を見事に弾き返した。


 まだまだぁっ!


 弾くその勢いを利用して私はくるりと体を回転し、がら空きのカイマンの胴に向け真一文字に薙ぐ。


 !!


ブォン

ガシッ

ガヂンッ!!


 ふ、防いだだとぉーーっ!!


 カイマンは振り上げたガローテの握りをくるりと回した。

 長い棒がブンと回転し、背を守る様に下に降りる。

 更に右手のガローテをサッと降ろしたその棒の裏に支え当てそこで私の剣がガチンッ!!

 私の一刀は見事受け止められてしまった。


 鋭い眼光そのままに、肩越しに顧みるカイマンの口角が吊り上がる。

  

 やるじゃない! 面白くなってきた!

 

 気になるのはカイマンからはまだ反撃が無い事。

 徹底して私の攻撃の受けだけを繰り返す。 

 だがそれで分かった事がある。

 信じられない事だがあのガローテが金属製だという事。

 ぶつかった感触からそれは間違え様が無い。


 あの細い体のどこにそんな筋力を兼ね備えているのか。

 それに、あれの反撃をまともに喰らえばただでは済まない。

 

 疑念と恐怖がジワジワと私の心を覆っていく。

 これが彼の狙いなのだろう。

 つまり、まだまだ本気を出すに値しない、という訳だ。


「随分舐められたわね……それならこれはどう?」


 私は再び距離を取り、剣を正眼に構え、大きく深呼吸をした。


 スゥ……フゥーー……スゥゥ……。


 カイマンの表情が険しくなり、両手のガローテをスッと身構えた。

 

 ふふ、用心してるわね……。


 私は静かに眼を閉じた。

 弾指の静寂。


 ……行くわよっ!


「でぇぇぇーーいっっ!!」


 両眼をカッと見開き、私は跳んだ。

 背中のマントが激しく翻る。


 イメージは――電光石火の赤き鳥フェニックス

 

 剣を肩に振り構え地面すれすれを一直線に飛翔ジャンプする。

 彼我の間合いは瞬時に詰まり、着地と同時、振り上げた剣をそのまま袈裟斬りに思いっきり振り落とす。


ザザッ! ビュオンッ!!


「むうっ!」


 これぞ“闘気”の為せる業。


 闘気とは、兄ヴァルツと共にカイマンからヒントを貰い稽古で身に付けた技だ。

 溜め込んだ気を解放する事で身体能力が一時的に飛躍する、私はそう理解している。これを地道に一人で訓練し、ここまでものにしていた。

 思わずカイマンも唸っている。


 どうやらここまで磨き上げていたとは思ってなかったようね!


「くっ!!」


 咄嗟に弾くカイマン。

 しかし瞬速豪快のこの一刀を、然と殺すにはそれは甘すぎだ。

 その代償は一瞬、バランスを崩した――。


「隙ありぃーーーっ!!」


 両の足で地を掴み、疾風怒濤の勢いを踏み留める。

 踏ん張る足が地面を抉る。

 溜めた力を反動に、私は思いっきり――薙いだ。


 空気を切り裂くその一閃はカイマンの胴を見事捉えた……かの様に見えた。


「ムンッ!」


 その時カイマンが発したもの――それは私が発したそれと同じ類の気配がした。

 その様はまるで烈風たるつむじ風。

 瞬間、カイマンの姿は霞み砂埃が舞い上がる。


 一瞬チラッと見えたもの、それはいつの間にか後屈立ちで構えるカイマン。

 同時に私の渾身の一刀は叩き落され、あっと言う間もなく、もう次の瞬間にはカイマンの姿は見えなくなっていた。


 舞い上がる砂塵、一陣の風が額の汗を攫う。


 ――気付いた時には、カイマンが自分の肩越しにこちらを顧みながらガローテをピタリ、私の首元に寸止めしていた。


「くっ! 私の……負けね……」


 ……完敗だった。


 カイマンの動きがその目で追いきれなかった。

 私は地面に目をやった――そこにはカイマンの神技の跡がくっきり残されていた。


 カイマンは身を捻ったのだ、それも信じられぬ超高速で!


 あの時チラッと見えたカイマンの後屈立ち、あれは半回転身を捻りながら、ガローテを振り落す様にして私の一撃を叩き落す。

 瞬間、さらに半回転身を捻り、もう片方のガローテをバックハンドに回し打つ。

 それならあの攻防、この足跡ともすっきり理屈に合う。


 それにしても……頭で理屈は判ってもまだ信じられない。

 そんな動きが出来るなんてちょっとチートじゃない?!


「いやはや、お嬢様の剣技もなかなかでしたぞ! 本気を出さねば死んでましたから、冷や汗ものです」


 あ、そう言えばこれって寸止めだったわね……。

 熱くなってすっかりそれが頭から抜けてたわ。


「では早速明日より始めますぞ! まずは地理から……」


 はぁ……やる気満々ね。

 これじゃあ「考えてあげる」とって言い訳できる空気じゃない。

 まあ、仕方ないか。


 私は覚悟を決めた。


「よろしくお願いします、カイマン先生」


 

(続く)

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