2話.特訓

 私は早速、ストックの“巻き藁”を八つも揃えて中庭に出た。

 

 この“巻き藁”はあしを束ねてあるもので、普通は茅葺屋根に使う。

 因みに大きさは胸の高さくらいあって、握り拳二つ分くらいの太さがある。


 実はこれ、エスパニル国王軍の剣術訓練道具として正式採用されているものだ。

 その為、ここセビーヤの家々は100%石造りだが、それを取り扱っている商店がちゃーんとあるの。高さや太さもきちんと揃えられていてなかなかに良い。どうやってこんなに綺麗に揃えているのか不思議なくらいよ。


 これを綺麗に立ち並べ、剣を構えて気持ちを集中。

 イメージは、この間隙を氷の上を滑る様に縫い、次々と藁を斬り刻む。


 簡単な所業じゃ決してない。

 この巻き藁は案外頑丈で、剣で綺麗に斬るには技術が要る。


 全身の力の入れ具合や足の位置、姿勢、呼吸など色んな技術が必要なの。

 ましてや複数の巻き藁を移動しながら次々と斬るとなると余程の鍛錬が必要。

 この訓練はカイマン剣術を極めるのにもってこい。

 だから私はこの訓練法を、最近特に続けているわ。


 腰の鞘から剣を抜き、じっと眺める。

 刀身は鈍い光を湛え応えているみたい――そう、準備は万端だ、と。


 私はクスッとなって目を閉じ、深呼吸。


 スゥー……ハァーー。


 瞼を開けると同時、 

 

「ハァーッッ!!」


 私は舞った。


 最後の一つを振り向き様に袈裟斬りする。

 残心を取ると私は大きく肩で息をしていた。 

 土埃が舞っていた。

 地面には、縫った跡がくっきり残されている。

 そして並べた藁はそのままに、その頭が八つ、地面に落ちていた。


 ――うん、上出来ね!


 私は刀身に軽く口付けし、鞘に納めると斬った藁の片付けを始めた。

 街の共同焼却場に持って行くのだ。


 斬った藁を台車に載せて屋敷の外へ出ようとすると、


「お嬢様っ!」


 どこからともなく慌てた様にカイマンが大声を張り上げた。


「判ってるって!」


 私は腰に巻いた剣具を解いて、近づくカイマンに手渡した。

 

 ふ~、危ない危ない。


 なるべく落ち着き払った様子で振舞ったが、内心かなりの冷や汗ものだった。



 この剣は、実は国王軍の兵士が使うのと同じ剣。

 但し使用する事が出来るのは、この敷地内のみである。

 だから、それを所持して街へ出歩く事はご法度よ。 

 

 この国では決まりで市民が武具を所持するのは原則禁止。

 それは、他国から来る旅人に対しても同様で、武具を所持している場合には街の駐屯地や傭兵ギルドに所持許可を申請し腕章を付ける必要がある程。さもないと捕捉され、場合によっては武器を没収されちゃうの。


 特にここセビーヤの街はエスパニル国王の住まう首都。

 専用の宿舎や訓練所がある程、兵士の数には事欠かないし何より私達自警団の目もあるから、許可証無しに武具を持ち歩いていたらそりゃあもう大変よ。


 それ程厳しい法律があるにも関わらず、敷地内のみとは言え、国王軍の兵士が使うのと同じ剣の所持許可を持つなんて特別と言って過言でない。


 それはひとえに、カイマンのおかげ。

 カイマン=ラムズフェルドという人物の功績が為せるわざなのだ。

 だがそこには、<鬼気風神アイオロス>の異名を持つ元軍曹カイマンの、特別な指導方針が含まれていた。 


「剣の道はひとえに人殺しの道でもあります。人を殺すという事は、己の心を殺さねばなりませぬ。真剣を用いることでその覚悟を育みなされ」


 そうやって兄達は鍛えられたのだ、真剣で。

 素振りや巻き藁斬りだけでない。なんと、寸止めの相稽古まで真剣を用いて指導されていた。


 因みに私が兄達から剣の指導を受けた始めの頃は、兄の剣を借りて練習していた。

 カイマンには端から私に剣を指導する気など無かったからだ。


 そしてある日、私は恰好が良いだろうと兄の剣を勝手に持ち出し街を歩いた。そしたら軍兵に咎められ、こっぴどく怒られたというわけだ。


 あの時は所持許可が必要だなんて事は全く知らなかったから……。


 実はその様な決まりは普通、街や村の入り口だとか広場の掲示板にちゃんと示されているらしい。

 というか、そんな事はこの街の住民なら常識だって言われたわ。

 私はそれまで箱入り娘で育ったもんだから、そんな事すら知らなかったの。


 その時は兄もこっぴどく𠮟られて、それがきっかけで漸くカイマンは私にも訓練用の真剣を準備してくれた。それでも、カイマンが直接私に指導する事は無かったわ。


 ただカイマン直伝とは言えなくとも、兄達二人から教わり学んだカイマン流は、少なくとも私に自警団への入団と活躍の機会を、そして後に【セビーヤ三獣士】と呼ばれる程までの名実を共に与えてくれた。


 そもそも、女が自警団やるなんて普通ありえない事なのよ。


 街の自警団は、市民からなる。

 そして市民の推薦や立候補から、自警団のリーダーの認可を経て団員になれる。

 驚いた事に自警団が作られてから私が入団するまで、団員は男性のみだったらしい。


 私の事は一番上の兄ヴァルツが推薦してくれた。

 

 兄の保証もあって剣の腕前は折り紙付きだったんだけど、流石に女性が団員になる事に当時のリーダーは悩んでたみたい。すると心配性のカイマンが、暫く一緒に行動するって条件を申し出で、漸く私の入団は認められた。


 当時は、あの<鬼気風神アイオロス>が自警団に、と国王軍からも一目置かれたほどだったわ。当然だけどそれから街の犯罪は、風が落ち葉を吹き飛ばす様にうんッと減っていった。


 そうして私達三兄弟妹の活躍は広く噂になり、それぞれ伝説の聖獣と考えられているその名を借りて【セビーヤのグリフォン】、【セビーヤのユニコーン】、【セビーヤのフェニックス】という綽名まで付いて、とうとう三人揃って【セビーヤ三獣士】と呼ばれるまでに至ったというわけ。


 けれど私の心には、未だ拭えぬもやがある。

 だからそれをこの手で振り払うまで、きっと私は鍛錬を続けるのだろう。



 巻き藁を捨て、屋敷に戻ると門の側にはカイマンが待っていた。

 

「お嬢様! 毎日剣の修行ばかりなさってその様にやんちゃでは先が思いやられます! 少しは女性らしく振舞い、ご自重なさいませ」


 あら、うふふ……ちゃんと見ててくれているのね!


「カイマン、そんな硬い事言わないの。私、この剣の稽古、本当に楽しいのよ?」


 確かに今の私じゃあカイマンに直接教わった兄達二人には足元にも及ばないと思っているし、そんな二人にも追いつきたくて鍛錬を続けている事は確かだ。

 でもそれが、いつの間にか本当に楽しくなっていたのも事実なのだ。


「お嬢様は最早この国の兵士達にも引けを取らぬ程、既に十分な剣の修得をされております。もう十分なのですっ! 少しは魔術や航海術など勉学にも励んで下され」


 へぇ~……私ってそれ位の実力あるんだ――それじゃあ……。

 

 私は胸に秘めたあの思いを込め、カイマンに言った。

 

「よし、カイマン。ならば私と勝負なさい! 私と腕試ししてくれたら考えてあげる」


 その時のカイマンといったら!

 顎に手をやりながら、鷹の様に鋭い目でこちらを見詰めていたわ。


「仕方ないですね……お嬢様が勉学に励むきっかけとなるならば、このカイマン、喜んでお相手致します」


 や、やったー! 乗ってくれた! 

 よーし! 私の本気を思いっきりぶつけてやるわ。

 そしたら思わず私にも剣の指導をしたくなっちゃうかもね!



(続く) 

 

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