2話.竜騎士アルスレイの試練

 スティープはアルスレイに対峙し、その身を以って黒槍の威圧を感じていた。


(あの長い槍、隙が無い! この間合いを詰めるにはやはり闘気を使い一気に飛び込むのが最善……)


 だがその様な闘気を放出すれば、聖杯から大量の邪気が流れ込む事、必至。

 しかしUPの目的を果たす為、この試練を見事乗り越えその道を切り拓くというその“決心”が揺らぐ事は無かった。


 スティープは正眼に構え深呼吸を始める。


「どうした? じっとしていてはこの私はお前を認めんぞ?」


(スゥ……ムンッ!)


GYAAAAAAAAHHH! GOAHHHHHHHH!

GRRRRRRRRRRRR! GHAAAAAAAARRR! 


「こ、これは……!!」


 驚愕の顔を浮かべるアルスレイ。

 スティープから発された凄まじい“邪気”!


 勿論、スティープ自身が発したのは“闘気”。

 それに反応した聖杯から、夥しい量の邪気が流れ込み、身の毛のよだつ不穏な気配と化したのだ。


 その禍々しさはドラゴン達を落ち着かせなくするのに十分だった。

 跨る竜騎士ドラグーン達が慌ててそれをなだめている。

 アルスレイは咄嗟に集中した。


 ザッ!!


 その様は、電光石火の不死鳥フェニックス


 邪気纏い瞬足のスティープを目視で捉えられた者が、この場にどれ程居たであろう。

 刹那、スティープは自分とは別の、禍々しい気配と鋭利な影を察知する。


ズオォンン……。 


(え!? この感じってまさか……“邪気”!!)


ガキーンッ!

 

 それは真横から飛んできたアルスレイの神速不可避の矛先。

 スティープは渾身の振り落としでそれを受け止めた。

 

(くっ! 全速の私にピッタリ矛先を当ててくるなんて……それに邪気を纏わせ凄い威力、止まれーっ!!)


ズザザザーーッ!!


 土埃が舞い上がる。


 アルスレイが放った漆黒一閃の一撃が漸く留まり視界が晴れると、そこにはしっかり踏ん張り、然と剣で受け止めたスティープの姿があった。

 その凄まじい威力を物語る様に地面には、踏ん張るスティープの両の足が地面を抉った跡がくっきりと二本の線となって残されていた。



 邪気とは、この地に住む竜人族ドラゴニュート達からすれば、それを発するは邪竜、或いは悪魔という証。

 邪竜は竜人族ドラゴニュートにとって忌み嫌われる存在。

 では悪魔は?


 現在、この竜の渓谷内に生きる全ての竜人族ドラゴニュートの中に、かつて天界の者と冥界の者が戦った大戦を知る者は居ない。


 そもそも竜人族ドラゴニュートが生まれたのは大戦の後だからだ。

 但しそれを知る偉大なる竜の語りによって、お伽話の様に伝承され、その話の中にだけ悪魔の存在が知られているに過ぎない。

 敵か味方か判らない。だが“邪気を持つ”というただそれだけで、邪竜と同じと不吉を感じるのは彼等にとって、何も不自然な事では無いだろう。


 アルスレイの心理の奥底に眠っていた、トラウマの記憶が目を覚ます。


 拾われて、この地の村で育てられた時、邪竜と同じ邪気纏うその幼子が“自分達とは違う種族”だという事に、その用心以上に忌み嫌われ続けた日々――。


 自分が果たして何者なのか、それを教えてくれたのは西の山に住む水神竜。

 それはこの地で竜人族ドラゴニュートが崇敬する偉大なる竜であった。


『お前は悪魔の一種族、間違いなく“魔族”であろう』


 水神竜は続けて言う。


 魔族には、例えば吸血鬼ヴァンパイア族などが居る。


 かつてお忍びで人間界を訪れた時の事、彼の地でたまたま出くわした。

 あり得ぬ邪気を辿ってみれば、そこに居たのは闇夜に静かに勢力を増しつつあった魔族、吸血鬼ヴァンパイア族だったのだ。


 本来、人間界には居てはならぬ存在――それは水神竜自身もそうであったが――それを水神竜は、ある人間の子らの嘆願から“灼熱の吐息”で街ごと焼き払い、静かに渓谷に戻って来たのだという。 

 

『お前の姿は、竜人族ドラゴニュートとも共通点が多い。いうなれば魔人族といったところか』 


 

 暫しスティープをじっと見つめるアルスレイ。

 

 彼も自分同様、魔人に類する魔族なのだろうか……。

 見た目には全くの人間だ、自分と違い角すらない。

 しかしなによりあの膨大な邪気……それが全てを物語っている。

 人間の筈が無い。

 そして彼は、あちらの世界に本来居てはならぬ存在の筈。

 ひょっとすると今まで随分疎まれてきたのではなかろうか。

 この私と同様に……!


 アルスレイは穢れた聖杯という、邪気を体に送り込む道具の事など知らない。


 だからスティープを見つめる彼女の目は、段々と憐れみと寂しさが綯い交ぜとなり、告げる口もどこか重々しくなっていった。


「お前の実力は認める。だが……邪気持つ者をおいそれと、この竜の渓谷に迎えるわけにはいかぬのだ。お前の審査は保留だ…… 次の者、出でよ!」


 アルスレイは他の竜騎士ドラグーンと交代し、黒き愛竜の元へと下がっていく。

 その後ろ姿をグッと喰いしばり睨む様に見つめるスティープ。

 

(どうして……!)


 まさかそんな理由から思いもよらぬ結果に、スティープは悔しさのあまり跪き、「クッ」と小さく呟きながら、拳を地面に叩きつけた。


 そんな感情にすら反応する聖杯。

 スティープの体にはトクトクと邪気が流れ込む。

 思わず涙が滲みだすが、この邪杯はそれすら許す事はないのだ。


 その時、邪気纏うスティープの肩にポンと誰かが手を置いた。

 見上げるとそれはキトゥンだった。


 彼女は無言でコクンと頷き、次は私と前に出る。

 その足取りはしっかりしていた。


 もう皆の心は十分“覚悟”を取り戻していた。

 スティープの“決心”の行動は決して無駄では無かったのだ。


◇ 


 キトゥン、ミスティと立て続けに竜騎士達に寸止めの一撃を与え合格する。

 またルイも必殺技【竜破斬ドラグスレイヴ】を発動しその実力を認められ、またオジキはアルスレイの攻撃を全て受け切るという力技を披露、無事合格を言い渡された。


 最後の挑戦者が終わり、アルスレイはいよいよジーク達へと発表した。


「さてこれから、目的の難度に合わせ私がグループ分けをさせて貰う。これは今回の試練で判ったお前達の実力から、より確実に目的を果たして貰う為で、それ以外の意図があるわけではない事を予め強く言っておく」


 竜の爪探索にはミスティ、キトゥン、他UPのメンバーを。

 ヴァラキアを滅ぼしたドラゴンにはルイ、それにはアルスレイも同行するという。

 そして残る龍の首の珠には、オジキとジークを。


「今回のミッション、最も難度が高いのが龍の首の珠の入手だ。相手はかつてこの地を大暴れしたと言われる伝説の邪竜ウロボロスと思われる。ジーク、例えお前の実力があっても二人がかりでは難しいだろう」


 かつてのウロボロスの邪知暴虐をアルスレイは話には聞いている。

 その様な危険をわざわざ眠りから起こし、また民らへ危害を与える様な事態だけは絶対に防がねばならない。

 とはいえ、いつ目覚めるか判らぬ危険をいつまでものさばらせておくわけにもいかない、そうずっとアルスレイは考えていたのだ。だから、邪竜ウロボロス退治にはルイの要件が済み次第、自分も合流するつもりだ。


 だがルイの言う竜とは十中八九、あの水神竜。

 そこへ行くには、険しい西の山を登らねばならない。

 しかも場合によっては、自分がルイと一戦交える事になるだろう。

 すんなり要件が済ませられる訳が無い。

 かといって、この地の平和を二人だけに託すわけにもいかない。


 アルスレイは自身の事を振り返っていた。

 信用とは実績の積み重ねで築かれる。

 アルスレイはそうしてこの地で今の竜騎士のリーダーという地位を得たのだ。


 するとアルスレイは突如スティープに、黒槍の矛先を向けた。

 

「……だがいつ目覚めるか判らぬ不安の種を、お前達が取り除こうというのなら、その邪気持つ者もきっと大きな助けになるだろう、スティープよ」


 そうアルスレイは、同じ邪気を持つ者同士、この地で信用を得たいなら実績を挙げてみせよとチャンスを与えたのだった。


 スティープは拳を握り、嬉しさを噛みしめていた。

 キトゥンとは別れてしまったが、誰かの役に立てるチャンスが嬉しかった。

 

 こうして龍の首の珠入手にはオジキ、ジークフリート、そしてスティープが行く事となった。


 

 アルスレイが一つ誤算してたとすれば、スティープの方ではない。

 現在、この渓谷に住む民は皆その恐ろしさを知らぬのだ。

 

 ――邪竜ウロボロス。


 彼の竜がこの地で暴れまわった時の事を、知る程の長生きな竜人族ドラゴニュートは最早居なかった。

 まして長き眠りからそれが今、目覚めようとしていた事など。


 その事に気付いていたのは西の山の水神竜と、もう一つ。

 スティープの腰の皮袋に今は静かに収まる聖杯だけであった。


 こうしていよいよ彼らの、竜の渓谷でのミッションが始まろうとしていた。



(続く)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る