3話. 契約

(や、やべぇ……もう限界だ。どっかで、なんとかしねぇと)


 キースは、必死に我慢していた。

 

 まず目の前に現れたドラゴンの迫力に思わずちびった。

 アルスレイが威風堂々対戦を呼びかけた時などかなり下半身に力を入れていた。

 極めつけは、スティープそしてアルスレイが放った“邪気”。

 それは容赦なくキースに禍々しい気配となって襲いかかる。


(やめろぉぉーーっ!)


 心で叫んでいたものの通じる筈も無く、もはや我慢の限界は近かった。

 背後には仲間達がこぞって控えている。


 こんな時に俺だけあの暗闇の洞窟へ戻ったらチキン野郎と思われちまう!

 とはいえこのままではまたやらかしちまってやっぱりチキン野郎だぜっ!


 どうするっ!?


 両手の拳を握りしめ、如何にもスティープの対戦を応援してる様に見せかけていたキースだが、ピタリと太ももを寄せた内股の姿勢がなんとも奇妙に見えていた。


 その時、目の前で奇跡が起きた。


 ズザザザーーッという激しい音と共に前方から大きな砂埃が舞い上がる。


(うおぉぉーーっ! い、今しかねぇーーーっ!!)


 なんと、キースはその砂埃の中へ突っ走っていった。

 しかし皆スティープの対戦が気になりキースに気を向ける者など居なかった。

 いや、実際は居た。

 ドラゴン達だけは、もうもうと舞う砂埃の中、キースが走っていくのにしっかりと気付いていた。

 

 しかしアルスレイの黒竜はそれを一瞥するとスティープの方へ向き直り、他のドラゴン達は、戦う二人の邪気の影響で暴れていると勘違いした竜騎士達によって“落ち着け”と命令されていた。


 滝のすぐ真裏まで来るとそこは深い渓谷になっており、その断崖絶壁にはところどころ自分達が居る所と同じ様な“洞穴”が空いていた。

 そしてここからすぐ近くにも、岸壁伝いに歩いていけそうな洞穴をキースは見つけたのだった。


(よし! あそこで!)


◇ 


「ふぅぅ、スッキリしたぜ~。さて、みんなが居るところに戻るか。俺も試験を受けねぇと……うぉっ!!」


 無事用事を済ませたキース。

 ところが気が付くと、キースの背後には一匹のドラゴンがそびえ立っていた。


(こ、こいつでけぇ!! この穴はドラゴンの住処だったのか? マ、マズイ……)


 しかしそのドラゴンはキースに敵意を見せるそぶりも無く、体をクンクンと嗅ぎだすとついにはペロペロとキースの顔を舐めだしたのだ。


「うぉっ! なんだコイツ。ドラゴンってやつは案外、人懐っこいのか? なんかよく見ると可愛げがあるような……よしよしお前良い奴だな!……ってオイオイ!?」


 キースはドラゴンを優しく撫でてやると、そのドラゴンは大層喜んだ様子でキースの袖をくわえ彼を洞窟の奥へと引っ張って行くのだった。



 洞窟の奥、そこは真っ暗で何も見えない。

 ただキースには、ドラゴンの吐息を顔の真正面に感じていた。

 キースは緊張のあまり、済ませたばかりなのにもう尿意を感じ始めていた。

 すると突然、キースに話しかける声がした。


『あなた……とても良い香りがするのね』

「な、何っ?! 誰だっ!?」

『“誰”って、ここには私とあなたしか居ないわ』

「な……ひょっとしてお前が話しかけているのか?」


 キースはそっと、そこに居るであろうドラゴンを手で触った。

 ドラゴンは甘えるようにキースの腕にすり寄り、時折、手を舐めている。

 その様子にキースは気が気でなかった。


「えーーっと……そりゃーつまり、俺が美味そうって事でしょうか」

「あら、嫌だわ。随分と誤解されているみたいね。私は貴方を食べたりしない」


 それを聞きホッとするキース。


「外の世界には、他にも素敵な香りがあるのかしら?」


「外? ああ、俺達の世界か。そうさなー、俺の匂いが良い香りってんなら、もっと良い香りはごまんとあるんじゃねーかなー。例えば竜涎香ワインとか」


「私も行ってみたいわ」


「それなら俺が案内してやるよ! あ、でもその体じゃあの洞窟は小さくて抜けられねーか……うーん」


 キースと言う男は、どこか抜けている所があった。

 だが、彼の利点はそれを補い余る義侠心とでも言おうか。

 それこそキトゥンのチームメンバーが、彼に唯一信頼を置いている点なわけだが、とにかく困った人を見て放っておけない性格なのだ。

 今回は、人ではないのだが……。


 その大様なキースの性格に、益々好意を持ったドラゴン。


「ねぇ……一つだけ良い方法があるのだけれど、私の願いを聞いてくれるかしら?」

「ん? あっちに行く方法か?」

「そうね。私に“名”を授けてくれないかしら?」


 ドラゴンにとって、“名を授かる”という意味は二つに大別される。

 一つは、忠誠。

 もう一つは、徒爾とじに終わるという意味だ。

 

 竜騎士が従える竜たちは、それぞれ騎士ライダーが呼ぶ名を持つ。

 しかしそれはあくまで彼らの利便の為であり、ドラゴンにとってはあまり大した意味を持たない。

 

 だが高等竜種の中でも特に知能の高い竜にあっては、を授かるという行為はその相手に対し絶対の忠誠を誓う、言わば“契約”の意味がある。

 ドラゴンは契約により、より強い力を発揮出来るのだ。


 かの西の山の水神竜でさえ、そのは持たない。

 創世のジェネシスドラゴンとは誰ともなくそう呼び出した単なる二つ名だ。

 

 渓谷でそのを持つはたったの二人――バハムートとウロボロスである。


「名前? そんなんで良いのか? ん~そうだなーお前、可愛いらしい声だよなー。きっと雌に違ぇねえ。よしっ!!」


 キースは暗闇の中、ドラゴンの頬に両手で優しく触れた。


「良いか~心して聞け! お前の名は……“キャサリン”だ」


 すると、ドラゴンの体からポツリポツリと、小さく黄色く、そして美しく輝く光の粒が出始めると、次第にそれは洞窟内を眩く照らし溢れていく。


「おわっ! な、なんだなんだ、コレは……」


 光の粒が優しくキースを包み込む。

 少し驚いたキースだが、悪い感じはしない。

 むしろとても心地良く、静かにその身を光に委ねるキースであった。



 アルスレイの合格発表があって間もなく、UPメンバーの一人がミスティの元へ慌ててやってきた。 


「お、お頭っ! さっき気付いたんだがキースが居ねぇ! アイツ、対戦もしてねぇみたいだ」


「なにーっ!? あんだけやる気見せといてどこ行っちまったんだアイツは! しょうがねぇなーっ」


 キトゥンは、自分の対戦が済むと残りの対戦をドラゴンの観察に集中していた。

 これから対する相手がどんな生き物なのか、動きのクセ、隙は無いか、対戦のシミュレーションをしていたのだ。

 気が付くと試験は終わっており、キースの事など全く頭に無かった。


 キトゥンは見張りの竜騎士に話しかけた。


「あ、あのー、すまない。実は俺達の仲間の一人が早速はぐれちまって……」

「ん? あぁひょっとして緑色の服を着てた奴の事じゃないか? ちょっと待ってろ」


 そう言うとドラグーンは横に侍らせたドラゴンに何事かを命じ、ドラゴンは大きく鼻で息を吸い込んだ。

 するとドラゴンはドラグーンに何やら話しかけていた。


「そいつならまだこの近くに居る様だぞ。洞窟の奥へと戻ったんじゃないか?」

「どうして近くにいるって判るんだい?」


「ははっ、あいつはちょっと特別でな。あいつの居場所ならここのドラゴン達なら誰でもで判るのさ。初めて会った瞬間からドラゴン達が反応してたからな」


 瞬間、(アイツ、ちびったな……)とキトゥンが思ったのも無理はない。


「へぇ~ドラゴンって奴は鼻が利くんだね。 じゃあもし戻ってきたらここに待機させててくれないかい?」


「分かった、見張りの当番達には周知させておくよ。よしお前もこれに乗りな! 上まで運んでやる」


 こうして選ばれた者達はみな、崖の上まで運ばれてそれぞれのミッションに向け出発し、残った者は見張りの竜騎士と共に、滝裏の洞窟で待機となった。



(続く)

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