21話.アルティメットクレイ

 食堂から一番近くにある民家。

 そこに辿り着いたのはカタリーナとクレイだった。


 暗くなったのに一向に明かりが灯らない村の家々に不思議に思ったので様子を伺いに向かったのだ。


 窓からそっと覗くと、人は居た。

 皆、暗い中を平気で過ごす。


「どうして……?」


 しばらく様子を見ているとふとそのうちの一人が「臭うわ、人間よ」と話した。

 すると家族全員の目が赤く光り出したのである。


 カタリーナとクレイは急いで窓から離れ、家の陰に隠れた。

 食堂の方を見やるとこちらに向かって走ってくる一人の人影。


「あれは……!」


 その時である。

 食堂の建物から大きなラッパの音が鳴り響いた。


 屋根の上で月明かりに映し出される赤い眼の人影。

 その者が吹き鳴らすラッパの音。

 すると一斉に村の家々の窓に赤い光が映るのだった。


「ゴレちゃん!急いで食堂に戻るわよっ!」


 急いで駆け出すカタリーナとクレイ。

 途中こちらに向かっていた人影と合流した、それはジークだった。


「カタリーナ! クレイ!」

「マズイわジーク! この村の住民は既にヴァンパイアに犯されている!」

「そうらしい……とすると食堂に残ったアーロン達も危ない」

「急ぎましょう! 村のヴァンパイア達も集まってくるわ!」


 カタリーナはジークとクレイの手をガシッと掴むと「しっかり掴まっててよー」と言って地を擦る様な低い姿勢で疾走した。


 あっという間に食堂の建物に着く。

 振り向くと家々から赤い光がこちらに向かって迫って来る。


「ジーク! 中の皆を呼んできて! ゴレちゃん、2人で取りあえず近づいてきた奴片っ端から片付けるわよ!」


 カタリーナは息をスゥッと大きく吸い込むと溜め込んだ“気”を一気に放出した。



「みんな! 無事か? この村はヴァンパイアに犯されてる! 急いでこの食堂から出るんだ!」


 ジークは中に入ると、胸から血を流し倒れている主人とテーブルでワインを飲むグレースを確認した。

 更に見回すと丁度2階から階段でアーロンとルイが降りてくるところだった。


「ジーク! 僕達も無事だ! だけど村の住民がラッパの音でこちらに向かって来るぞ! どうする?それにこの“邪気”は!!」


「大丈夫、それは“カタリーナ”だ! さぁ行くぞ、カタリーナの居るところへ!!」


 4人は食堂の扉へ目を向けるとそこには、ある人影が行く手を塞いでいた。

 

「お前ら……よくも俺の大事な親父を殺ってくれたなぁー! 絶対に許さんっ! 一人たりとも生かしてここからは出させんぞぉーーっ!!」


 赤く輝くその眼を更に狂気で血走らせ、怒りのあまり強く歯ぎしりしたその口からは自らの牙で傷付け流す血を滴り落としながら、禍々しい邪気を放ち物凄い速度でそのヴァンパイアはジーク達に突進してきた。


「くっ! 速い!」


 ジークは迎え撃つ準備の間もなく物凄い速さで向かってくるヴァンパイアの突進を、咄嗟に受け止めようと両足を踏ん張り身構える。


「喰らえっ!!」


 ヴァンパイアはジークに向かい低い姿勢で肩からぶつかる。

 その超高速タックルをまともに喰らったジークは、凄まじい音を立てながら後方に一直線に吹っ飛んだ。


ズガガガガガガーーーンッッ!!


 テーブルや椅子を豪快に蹴散らし、漸くカウンター席に激突し止まったジークは、項垂れた様子で動く気配が無い。


「次はお前だっ!」


 すかさずヴァンパイアはルイに向け跳躍する。


 ルイはヴァンパイアがジークに突進を仕掛けた時には即座に、新たに会得したあの技をジークにかけようと身構えていた。

 しかし余りの速さに間に合わなかったのだ。

 今まさに技を繰り出さんとしてたその時だった。


「させるかよっ!!」


 彼我の間合いを一気に詰め、ヴァンパイアはルイに強烈なボディーブローを見舞う。


「がはぁっ!」


 技の発動が間に合わずまともにその一撃を喰らったルイ。

 “く”の字の体は弧を描いて宙を舞い、豪快にテーブルの上に背中から落下した。

 そのルイも動く気配が無かった。


 残るはグレースとアーロン。

 見るからに武闘派では無い2人を前に圧倒的な身体能力を見せつけたヴァンパイアは余裕を見せる。


「さて、残るはお前ら2人だ。どっちを先にくたばらせてやろうか?」


 その時、食堂の扉を豪快にぶっ壊し両腕を上げて威嚇のポーズを見せる巨大な影。


「ンゴゴゴゴゴゴーーーッ!!」

「邪魔くせぇーーっ!」


 クレイが雄叫びを上げたと同時、ヴァンパイアはクレイに向かい電光石火で飛びかかる。

 あっという間にその大きな腹のど真ん中、ヴァンパイア渾身の拳が突き刺さった。


ドゴォォォン!


 クレイの腹はクレーターの様に凹み、辺りに土塊の破片を撒き散らす。

 更に体には幾つもの亀裂が走っていた。


「ンゴゴォ……」

「ゴレちゃんっ!」


 力無く呻くクレイ。

 大きな声でそう叫んだグレースは凄まじい形相と速さで印を結び呪文を唱えた。

 グレースの手から放たれる光はクレイの体を優しく包み、やがて飛び散った体の破片だけでなく、周囲の地面の土をもその体に引き寄せ吸収し、みるみる巨大化していった。


「な、なんだと……!?」


 突然の巨大化に驚くヴァンパイア。

 巨大化したクレイは素早くヴァンパイアを鷲掴みにし、凄まじい力で握り締めた。

 全身の骨が折れる鈍い音が響き渡る。


「か、かはぁっ!?……ば、馬鹿な。俺の力では耐えきれない!!」


 ヴァンパイアをしっかり掴んだその右手を大きく振り上げるクレイ。

 その手を捻りヴァンパイアの頭を下にして地面に向かい凄まじい勢いで振り落す。


ドゴォォォォォン!


 地面は大きく凹み、ヴァンパイアの頭は跡形も無く潰れ、その体もクレイの握力によりぺしゃんことなっていた。これでは最早心臓も潰れてしまっている。


 勝利の余韻に浸るクレイ。

 両腕を大きく上げて「ンゴゴーーッ!!」と力強く雄叫びを上げた。

 ……と体が突然光り出しクレイはまた元の体に戻っていた。


「ンゴゴ?!」


「ふん……ご苦労。土塊つちくれの割には良い働きをしたもんね」


 グレースは外に出てそうクレイに呼びかけた。


「ンゴゴ、ンゴゴゴゴ!!」


 何か話して見せるクレイ。


(フン……どうせ「なんで、戻すんだ!!」とか「そんな、名で呼ぶな!!」とか言ってんだわ)


 グレースはてっきりクレイが、何か憤りを感じてると思っていたのだ。


「アーハッハ! あなたあれ、誰のお陰と思っているの? 『お、ろ、か』ねー。私が強化してあげなければ今頃あなた、本当に只の“土塊つちくれ”になってたとこなのよ?」


高笑いしながら上から目線でクレイをこき下ろすグレース。

ふと、クレイが「ンゴゴゴー」と言いながら木の棒で地面に何か書いている事に気が付いた。


「あら、何書いてるのかしら。ん?『どうも、ありがとう』……」


 見るとクレイがグレースに向かってペコリと頭を下げている。

 頭を上げたクレイの顔はいつもと変わらない。けれどどこか笑顔の様に見えた。

 顔がくしゃとなるグレース。


「ば、馬っ鹿じゃない! 勘違いしないで頂戴! 私はあの状況でヴァンパイアを倒すに一番効率の良い方法としてあなたを強化したわけで別にあなたを助けたくって○×※□……」


 何やら言い訳の様な説明を必死に早口で捲し立てるグレース。

 終わりは罵詈雑言が入り交じり何を言っているか最早よく聞き取れない会話だったが、クレイはそれにも「ンゴンゴ」と相槌を打っていた。


 そんな様子を見ていたアーロンは「やれやれですねー」と呟きながらルイとジークに聖水を与える。2人とも気を失っているが大きな怪我は無い様だ。


 一方、心眼インサイトで覗いていたルシフェルは、クレイゴーレムがヴァンパイアの一撃を喰らい、土に戻るとこだったというグレースの言葉から、不死の類では無いのだろうという査定を下していた。


 皆がホッとするのも束の間、アーロン達はその体にビリビリと、思わず背筋が伸びてしまう程の強烈な邪気を感じた。

 治癒中であったジークとルイもそれを感じて意識が戻り目が開く。


「グレースさん!」


 叫ぶアーロン。

 ジークとルイは起き上がろうとするがフラフラで上手く立てないでいる。


「ええ! あなたも手伝いなさい!」


 グレースはクレイと共にフラフラのジークとルイを支え外に出た。

 そこで皆が目にしたのは、食堂の裏から響き渡る凄まじい轟音と灼熱。

 それは闇夜を突き破る様に噴出した、大きな獄炎の柱だった。


 驚きと不安、焦燥と覚悟を抱え5人は食堂の裏へと急いだ。



(続く)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る