20話.戦いの始まり

「カタリーナ! クレイ! どこだ?」


 食堂の外に出たジーク。

 夕闇が迫り暗くなってきた。

 東の空より登り始めた月明かりを頼りに辺りを見回すが見当たらない。


(おかしいな……どこか行ったのか?)


 ジークは食堂の裏側にも回ってみた。

 そこは畑と林が点在し、向こうの方にぽつぽつと家が影で見える。

 どの家にもまだ明かりが灯っていない。

 ふと、月明かりに照らされ微かに動く2つの影をジークは捉えた。


(あれか……?)


 その影はここから一番近い民家の方に向かっていた。

 ジークもその影の方に向かい走り出した。



 ルイはトイレで用を足しながら外の景色を見ていた。

 すると、外に出たジークが現れて何かを見つけた様に走り出す。

 走った先には2つの動く影。

 暫く様子を見ていると、丁度その方角の林から馬に乗ってこちらに来る者が居た。


(こんな暗いのに林から馬で駆けてくるとは……長年住んでいるから慣れているのかな?)


 そんな風に考えぼんやり眺めていると、ハッと気付いた。

 その騎手の双眼が赤く光っている。

 馬はもうすぐこの食堂に到着しそうだ。


(まさか……!)


 急いで用を済ませ皆に伝えねば――そう思った時には、バンッと食堂の扉を勢いよく開ける音が聞こえてきた。



「Apa! Segíts. Találtam egy nagy vaddisznót!(親父! 手伝ってくれ。さっきそこでドでかい猪を見かけたんだ!)」


 勢いよく扉を開け入って来た若者は、テーブルでワインを嗜むグレースに気付く。

 

「Hoppá!(おぉっと!) これは失礼……ようこそ」


 慌てた様子でヴィネツィ語で挨拶した。

 グレースの口元が僅かに微笑む。


(クス……『デカい猪』ね)


「いやぁお客様、すみません。うちのせがれでして。おい! お前もこっちを手伝え。4名様だ。猪なんぞ獲らんでもはあるだろう?」


「あら、それは楽しみね」


 宿の主人の息子は怪訝な顔をして父親の方を見ていた。

 やれやれと宿の主人は階段を降り、息子に耳打ちする。

 息子はグレースの方を向き、分かった様に頷くと二階へと上がっていくのだった。


(あら、そう言う事なのね。さて……)


 因みに宿の主人が密かに息子に伝えた内容は、グレースには筒抜けであった。

 そんなのは彼女の魔術を用いれば容易い。

 しかも彼女は、その内なる“意識の集合体”の恩恵で、ここヴァラキアの公用語であるマジャル語にも精通していた。

 加えて、アルルヤースに伝授したより遥かに高度な読心術が彼女には有り、彼等の“悪意”など容易に読み取る事が出来たのである。


「ご主人、ワインのお替りを頂けるかしら?」

「えぇそりゃあ、もう。ありがとうございます」


 揉み手をしながらグレースに近づく主人。


「Nem mi leszünk a különleges ételed? (ご馳走とやらになるつもりは無いけれども、ね?)」


 グレースは悪戯っぽくマジャル語でそう言ってグラスを渡した。

 途端に主人の顔が豹変する。

 その時、


「グレースさん! そいつは人間じゃない。ヴァンパイアだ!」


 ルイが叫ぶ。

 それとほぼ同時、グレースの指先からは赤く浮かび上がった光の珠が主人に向け放たれていた。


ボゴォォォーーン


 熱風が食堂を吹き荒れ、大きな爆発音が響く。

 モクモクと上がる煙の中、浮かび上がったのは赤く光る主人の双眼だった。


「相当の実力者だなー、お客さん。だがブダベズドに行っても無駄さ」


 主人の体から妖しげな“邪気”が吹き出す。


「どういう意味かしら?」


「ははは、みんなこうなるんだからなっ! 私も行ったんだよブダベズドに。結果はこの通りだ。力無き者は皆、ヴァンパイアにされるのだ!」


 主人の顔は、両の瞳を爛々と赤く輝かせ、長く鋭く伸びた牙が口から飛び出し恐ろしい形相となっていた。


「それでもな、後悔してないんだぜ。この体も慣れると素晴らしいもんだ。あの方の理想も理解したしな」


 そう言うと一瞬にして階段を駆け上がり2階の踊り場に到達した。


「どうだい、この身体能力! 素晴らしいだろう? 人間じゃあ決して真似出来ない。それに食事だって僅かで良いんだぜ、そう人間の血さえあればなぁ!」


 一段と濃くなる、主人からの邪気。


「さて、どっちから馳走になろうか。いやお二方とも強そうだ、さぞかしその血も美味いんだろうなー。それともメインディッシュは後という手もあるな……あぁもう我慢ならん!!」


 主人の視線はアーロンのいる部屋に移り、鍵のかかった扉を強引に引きちぎる。


「まずい! アーロンさん!」


 ルイは大声でアーロンに呼びかける。

 部屋に突進する主人。


 すると部屋から真っ白な眩しい光が溢れだす。


 「ギャーーッ」


 部屋から飛び出る主人。

 全身を白い炎で包まれ、もがき苦しみ階段を駆け落ちてきた。

 そこをチャンスとばかり、ルイが突進する。


「喰らえっ!」


 ルイは一寸違えず、主人の心臓を一突きにした。


「ぐえぇえーーっ! 貴様なぜ、その弱点を……」

「生憎こっちはヴァンパイアと戦った“経験”があるんでね」


 剣を引き抜き、急いで階段を駆け上がるルイ。


「大丈夫ですか、アーロンさん!」


 部屋の光は既に消え、アーロンはベッドの上で瞼を閉じ、静かに瞑想しているのだった。漸くルイの存在に気付いたのか、ゆっくり目を開く。


「おやルイさん、どうしたのです? そう言えば何やら大きい物音と妖しげな“邪気”を感じたのですが……」


 ルイは手短に状況を説明した。

 この食堂の主人がヴァンパイアだった事。

 その息子もヴァンパイアでこの建物に居る事。

 主人がアーロンを襲ったが白い光によって撃退され、止めを自分が刺した事。


「ふーむ、白い光ですか……いや何の自覚も無いですねぇ」


 アーロンは小考し、やがてルイに言った。


「でももう一人いるわけですよね、そのヴァンパイアが。他の皆さんは無事なんですか?」


 2人は部屋を出て踊り場から1階のグレースを確認する。

 グレースは首を横に振り、下には誰も居ない、というジェスチャーを見せた。


 この部屋のどこかに潜んでいる筈と、2人は奥へと続く部屋の扉を見つめた。

 すると、けたたましいラッパの音が建物の上の方から聞こえてきた。


「屋根か!」


 ルイは部屋の一つに押し入り、窓を開けて屋根を見上げる。

 屋根には人影が見え、その影がラッパを吹いている。

 それは誰に伝える合図であったか。 

 

 ふと周りの景色に目を移す。


 そこには、明かりの灯っていない家々の窓から漏れる無数の赤い光があった。



(続く)

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