22話.カタリーナの実力

 カタリーナの眼前にはヴァンパイアの村人達が大勢で迫ってきていた。

 大きく息を吸い、気合一発、“邪気”を放つカタリーナ。


「ハァッ!!」


 村人達の足が止まる。

 カタリーナは気を緩めず周囲の気配に集中した。

 するとさっきまで屋根に感じていたヴァンパイアの気配が屋敷の中に入っている。


「ゴレちゃん! 屋敷の中にヴァンパイアが行ったわ! こっちは私が一人で抑えとくからゴレちゃんは屋敷の皆をサポートして!」


「ンゴゴー!」


 食堂の玄関へ急ぐクレイ。

 すると向こうの村人達の中から一人、こちらへ歩み寄る者が居た。

 その者は声が届く距離まで近づくとカタリーナに話しかけてきたのだ。


「儂はこの村の長をしておる。お主、人間では無いな? この村に何用じゃ、なぜ人間と共に行動しておる」


「私達はブダベズドに用事がある。あなた達が何もしなければ私達も何もしないわ」


「ふむ、大した自信じゃのう。気付いておろうが儂等も皆、もはや人では無い。人間を遥かに超えた存在じゃ。お主らに勝ち目があると?」


「私達は“ヴァンパイア”の弱点を知っているわ。あなたも屋敷の仲間が一人倒されている事に気付いているでしょう?」


「成る程、ただの力自慢では無さそうじゃな……しかし儂等も暫く人間の生き血に餓えておってのう。最早この性、抑えきれん! 主は人間のより美味そうじゃわい」


 村長の体から強い邪気が放たれる。

 同時に後方の村人達も強い邪気を発しながらこちらへとゆっくり歩み始めた。


「多勢に無勢、お主一人でどこまで儂等と渡り合えるかな?」


 口から飛び出た鋭い牙に涎を滴らせ、村長は不気味な笑みを浮かべる。


 カタリーナはどこからともなく大剣を取り出し、正眼に構えた。

 目を閉じ深呼吸をし、深く精神を集中させる。

 体を纏っていた邪気はいつしか霧散し、村長からはさぞ無防備に見えた事だろう。


 しかしその精神は今、極限近くまで研ぎ澄まされていた。

 村人達の足音、村長の息遣いや鼓動までもが五感を通じ感じ取れる程までに。

 村長の気配には、その邪気の揺らぎも相俟って、不審、迷い、それに僅かな恐れが入り混じっていた。

 この期に及んでなぜ邪気を解く……?

 きっとそんな用心と不気味さを感じているに違いない。


 段々とカタリーナの周りを村人達が扇の様に取り囲む。

 皆、怪しげな邪気を放ち殺気立っている。


(まだだ、まだ足りない……!)


 カタリーナは尚も目を閉じ静寂を保つ。

 それは嵐の前の静けさ。

 

 今、カタリーナの体を纏う邪気はこれっぽっちも無い。

 村長や村人達には、まるでそこらに転がっている石ころとなんら変わらない、月明かりが無ければ夜闇に溶けてしまう程に無機質な彫像の如く見えていた事だろう。


 周りを囲む無数の赤い光は静かに佇む彼女を捉え、その口の牙はすぐにでも襲わんと構えている。


 静けさを保つカタリーナの体の膨大な邪気が練り込まれていた。

 それは夜闇よりも尚暗き、漆黒の牙。


 ポタリ、ポタリと垂れる滴は、村人たちの牙より滴る涎、或いはカタリーナの邪気満つるまでのカウントダウン。


(あともう一息……!)


 ピンと張りつめる空気。

 一瞬の静寂。

 その時ピュウと風が吹き抜けた。


「かかれぇっ!!」「ハアアァァァーーーッ!!!」 


 カタリーナの五感は村長の掛け声の瞬間を感じ取る。

 同時にカッと目を見開き、ありったけを解き放つ。


 握りしめた大剣は地獄の火炎を纏い、己の内に練り込んだ漆黒は、まるで別次元の“濃度”をもって暴れ狂い、大剣の火炎と激しく混じり合う。


 やがてそれはカタリーナ自身をも包む巨大な火柱となって闇夜の天を突き抜けた。



 村長と村人達は一番近くにあった民家まで後退していた。

 皆、額にポタポタと汗を流し息を切らしている。

 

 『恐怖』


 彼らがヴァンパイアとなって初めてその心に抱いた感情であった。


(数で押し切れる? 冗談では無い、レベルが違う! あれは……我々の手に負える相手では無い!!)


 何人かの仲間は彼女に飛びかかり、その業火に触れ一瞬で消滅した。

 その光景は村長の脳裏にまざまざと焼き付いた。


 憎悪撒き散らす凶悪なその邪気に、周囲に迸る圧倒的な畏怖の圧に、そして紛い無き凄まじい炎の暴力に、無理を悟った村長が他の仲間達にも退避を指示して逃げたのだ。


 そこへ漸く食堂からカタリーナの下へと駆けつけて来たアーロン達5人。

 目に映った光景に、やはりという確信と、これ程とはという驚異が浮かぶ。

 あのルシフェルをして、そうたらしめたのだ。


(これは……いや、どう考えてもおかしい! この邪気! 最早いち人間の精神がそれに耐え、扱い切れる強さでは決して無い! 通常なら気が触れるどころか死に到っておかしくないレベルだ。私とて【天使の疎通グランドライン】を通した力では、あれは押さえ切れぬ!)


 カタリーナに潜む悪魔の実力は伺い知れた。

 しかしその力を制御し使うこの娘は一体……。


(この娘、危険過ぎる! その力、例え今は正しく使われようとゆくゆくこの世界の秩序を乱しかねぬ。それは、人間達の歴史が証明している事だ!)


 これはもう問答無用に排除対象にすべきかも知れぬ……、

 そう考えるルシフェルであった。



「カタリーナさん! 大丈夫ですか!?」


 アーロンが声を掛け近寄る。

 カタリーナは右手で待てとポーズを取った。

 カタリーナの体にはまだ漆黒の邪気が竜巻の様に渦巻いており、味方をも巻き込む危険があったのだ。


 溢れんばかりの力を何とか鎮静させようと試みるカタリーナ。

 ふとアーロンを見つめるとその紅き邪眼が、パッと光った。


 それは悪魔の力を高水準まで覚醒させたカタリーナが、無意識のうちに発動させた悪魔の持つ能力だった。

 その光はアーロンの目を、脳を、そして意識の中を見透かすように通り抜けた。


(むっ……気付かれたか?!)


 ルシフェルは今、最大限の警戒を持ってカタリーナを見ていた。

 心眼インサイトにも似たその能力は【天使の疎通グランドライン】に触れ、ルシフェルにそれが気付かれた事を知らしめたのだ。


 今ここで戦闘になるのはまずい。

 残念だが力を貸したところでアーロンに勝算は無い。

 もし同胞の天使がやられた時の様に、彼女がその力をコントロール出来ぬ程となれば、こちらがやられる可能性が高いのだ。


 もちろん、その時はこの神父がやられるだけで自身には何の被害も無いだろう。

 しかし今人間界を、この者たちを観察する手段がなくなるのは大きな痛手だ。

 かくなる上は……『奥義』を使わざるを得ない――そう考えていた。


 しかしそんなルシフェルの覚悟と心配とは裏腹に、カタリーナの邪気は静かに鳴りを潜めていく。


「ふぅ……えぇもう大丈夫よ。あんまり強い邪気だったからみんなにもちょっと危険だったのよね。でももう大丈夫」


 ペロっと舌を出しておどけて見せるカタリーナ。

 

「あんまり無茶しないで下さい! 明日はいよいよブダベズド入りなんですから。しかしこれは街もヴァンパイア一色……と言う事でしょうねぇ、困ったものだ」


「えぇそうね。確かヴァンパイアは闇の中で力を発揮する。だから夜中の行動は危険よ。となれば夜は私一人で行動する方が良いかもね」


「そうですねー、もし街に教会があればそこを上手く拠点に出来るかもしれません。グレースさん、結界魔術は何か使えませんか? 私も教会でなら使えそうな結界術があるのですが……」


 そう言ってアーロンはグレースと相談を始めた。


 カタリーナはその間も至って自然な振る舞いを装っていたが、実は先程、ふと発動した邪眼の力でアーロンの意識を瞬時にして見通す事が出来てしまったのだ。

 

 確認した事は二つ、アーロンの意識と通じる天界の者の存在、そして、あの影の封印の記憶の中身。

 アーロンの秘密の記憶、それはカタリーナの悪魔がなぜ神父であるアーロンに拒絶反応を見せないのかという秘鑰ひやくであった。


(一つ気になるのは……アーロンさんにこれを施したのは恐らくだ。だから私の悪魔もおとなしいのね。だけどその意図が分からないわ)


 邪眼の力を通して覗いたカタリーナには、あのルシフェルでさえ覗けなかった記憶の秘密……ぼやけた像やぼやけたアーロン少年の言葉もはっきり理解していた。


(今は静かに知らないふりを続けよう。この事実があの天界の者に悟られない様にする為にも……)



 カタリーナ、ジークそしてルイは村の方を眺めていた。

 見ると村人達は静かに自分達の家々に戻っていく。


 あれだけの恐怖を与えたのだ、恐らくもう襲ってこないだろう。

 この間に少しでも休みを取っておかねばと話しあう3人。

 そこへグレースが後ろから声をかけてきた。


「さて、私達もこの食堂でしっかり休むとしましょうか。大丈夫、周囲に結界を張りました。何人もそれに触れれば感知出来ますから」


 明日の出発に向け、カタリーナ達一行は食堂でしっかり休息を取る事にした。



(続く)

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