16話.審判の目

「やっと追いついたわ、アーロン神父」

「グレースさん!」

「宿の主人にもう出発されたのを聞いて急いで駆け付けました。それにしても……」


 カタリーナを見つめるグレース。


(あぁ、この憎悪の影、いつ見ても悍ましい……さて彼女の“将来”はどうかしら?)


 静かにカタリーナを見つめ続ける。


「つくづく不思議な運命を背負った子ね。私の占星術を用いてもぼやけて見え辛い」

 

 (……しかもその運命の潮流は、幾つもの支流が流れ込み大河を為していく。この一つには私も含まれているのかもしれない)

 

 その言葉に連られて、アーロンもカタリーナを見た。彼には、内なるルシフェルが見つめる心眼インサイトが視えていた。


(あぁカタリーナさん、これはあなたの“意識”が視えているのでしょうねえ。誠意に満ち溢れ白く輝いています。その中にはっきりと見えるもう一つの“憎悪”。“色”がまるで違います。恐らくこれが憑りついた悪魔のもの……)


 ふとグレースがアーロンの目をじっと覗き込んでいるのに気が付いた。

 目を合わせたアーロンにはやはり、グレースがいた。

 

(! この方、人間じゃあ無いですね……意識が“7つ”も視えます。一体どういう事なのでしょう?)


「アーロン神父……今のあなたには色んなものが視えるみたいね」


 特別な力で視えていたのは、何も大天使を宿したアーロンだけでは無い。

 グレースにもアーロンの思考が覗き視えていた。


「!……えぇまぁ色々ありましてね、どうかこの事はご内密に。もちろん私もあなたの事は秘密にしておきますので」


 アーロンは極めて冷静に振舞い握手を求め、グレースはそれに応じた。


 しかし何という因果だろうか――天使の力を秘めたる者、悪魔の力を秘めたる者が、互いの力の一端を掌握し挨拶を交わす。

 今はカタリーナを共に救う為の“仲間”であろう、そう確認するかの様に。



「それで、どうするのよコイツ……」


 漸く橋を渡りヴァラキア公国に入った、カタリーナ達“6”人。


 グレースによって姿を変えられたあの魔物は、その後ジークが止めを刺そうとすると、「ンゴゴー!」と言って命乞いのジェスチャーを示したのだった。


「俺達と戦う意思はもう無いのだな?」


 ジークが問うと、それは物凄い勢いで頭をブンブン振り、同意の意を表した。

 それを見てジークは剣を収めたのだ。


 そしてカタリーナ達一行は橋を渡る。

 するとその者も後からトコトコとついてきた。


「私の魔法でクレイゴーレムに変えた事で、生前の意識が戻ったのかもしれないわね」


 グレースは、魔物にかけられた不死の術で狂人化バーサク状態だった意識が、【埴輪転生ペトリフィケイション】によってリセットされたのではという推測を述べた。


「という事は、話が通じるかしら。ねぇあなた、このヴァラキアに用事があるの?」


 カタリーナの問いかけにクレイゴーレムはこくりと頷き、何かを話し出す。


「ンゴゴゴ、ンゴゴ、ンゴゴゴゴゴゴゴー!」 

(仲間を、俺は、助けに来たんだー!)


「え?」


 そう、このクレイゴーレム。

 意識は戻ったが話す言葉が「ンゴゴー」としか周りには聞こえない。


「……なぜか、私の読心術でもよく読めないわね」


 表情も無い、目と口らしき穴が空いていて中が空洞で暗くなっている。

 口元も動いているわけじゃない。

 グレースの読心術を以ってしても上手くいかない様だ。


「仲間を助けに来たと言ってるんじゃないか?」


 ジークがそう語るとクレイゴーレムはまたも頭をブンブン勢いよく上下に振った。


 グレースの目は燃えていた。

 それは読心術でも読めぬこの者の心を、見事言い当てた事への対抗心。

 例えそれが偶然だったとしても、彼女のプライドがそれを許せなかった。


 グレースに誤算があったとすれば、ジークが言い当てたのは決して偶然の賜物では無かったのだ。


「ンゴンゴ、ンゴゴゴゴゴ、ンゴンゴゴー!」 

(そしたら、変な奴に、変えられたー!)


「これは……『なんとか仲間に会い助けるぞー!』そう言ったのね! そうでしょ!」


 ビシッとクレイゴーレムを指さし、その確認を問うグレース。

 すると首の無い頭を体全体で振りながら「やれやれ……」と仕草するクレイゴーレム。


「いや……知らない奴に術をかけられ魔物になったと言ってるんじゃないか?」


 クレイゴーレムはジークの手を握ってうんうん頷いた。

 グレースは肩を震わせ、悔しさで指を噛んでいる。


「まぁ敵意が無いなら連れてっても良いんじゃない? それじゃあ何て呼ぶ? 私はゴレちゃんって呼ぼうかなーなんか見た目可愛いし」


「ゴ、ンゴゴ!?」 

(そ、そうか!?)


つちくれ土塊、或いはどかい土塊!」


「ンゴーッ?!」

(なにーっ?!)


「そもそも! コイツは私の魔法で産み出したのよ! 当然、名付け親は私という事よねっ!?」


 グレースを知るカタリーナやアーロンは(なんか以前とキャラが変わった?)と感じていた。


「しかしそれだと呼び辛いな。お前字は書けるか? 名前、地面に書いてみろ」


 そう言って地面に落ちていた適当な枝を拾いクレイゴーレムに渡すジーク。

 すると何やら地面に書き始める。


「ん? お前、母国語はロマンス語なのか。Jean-Marie-Mathias-Philippe-Auguste de Villiers……(長いな……)ちょっと待った。うん、お前の呼び名は<クレイ>だ!」


「私はカタリーナ。よろしくね、ゴレちゃん!」

「ルイです、よろしくクレイさん」

「ジークだ。クレイ、よろしく頼む」

「グレース様とお呼び、つ・ち・く・れ!」


 間髪入れず立て続けに各々呼びたい呼び名で自己紹介が進む。

 こうしてカタリーナ達はクレイゴーレムも共にし、目指す街ブダベズドに向け歩み出した。

 


 アーロンを通し様子を眺めていたルシフェル。


(ふーむ……あの魔物にかけられていた不死の術、魂をループさせるとは重大な禁忌事項だな。その様な術を使う輩が人間界に存在するとは)


 この世界は、人間に与えた寿命を以って魂を永続的に冥界に供給するというサイクル、掟の大原則の一つだ。

 それを破綻させるこの不死の術は、すぐにでも取り締まるべき案件だ。 


(そしてその魔物を見事攻略、魔法で解決したグレースとかいう女……彼女の存在も十分調に値する)


 7つの意識を持つ女。


 果たして魂と意識は切り離せるものなのか――アーロンを通した心眼インサイトで覗けるのは意識までだったし、ルシフェルはそれまで人間の細かな仕組みの事などこれっぽっちも考えたことは無かった。

 

 他の大天使達も恐らく知らぬ事だろう。ならばそれ程深く注意もせずに除して終わり、それで良かったかもしれない。

 しかしそこは天界で最も神に近いと言われし者。単なる糧としか見ていなかった者達に斯様な可能性が秘められていようとは思ってもなく、単純にもっと知りたい、いや神を目指すならばあらゆるを知っておくべきだ、と思ったのである。

 

 故にもし、魂と意識とが相即不離であるならば、彼女をそうたらしめる術や彼女の存在は、向かうべき魂の行き先を留める不敬、禁忌であり処罰の対象となり得よう。それを確かめんとルシフェルは判断したのである。


 そして懸念はもう一つ。


 寿命という鎖で繋がれた肉体と魂、それがあのクレイゴーレムは寿命という鎖が無くなってしまった可能性がある事。

 

 肉体と魂とは、主に肉体の劣化により魂と切り離される。

 それは老衰であったり、傷であったり、病気によって生じ得る。


 しかしこのクレイゴーレムには肉体の劣化が無いのではないか。

 何せ“土”で出来ているのだから。

 だとすれば、クレイゴーレムは不死に近くその魂は冥界に送られぬことになる。


 ただこのクレイゴーレム、魂と肉体の関係が人間と同じなのか、それすらも判らないので、それを確認する必要がある。

 もし、世界の大原則に違反すると確認出来れば、その時はこのクレイゴーレムだけでなく、その様な術を使うこの女も排除対象に値する。

 

(しかし、不思議なものだな。何の因果か……あのカタリーナとやらを取り巻くこの者たちはどうも皆、怪しげな奴ばかりでないか! 果たしてこれは偶然か? 久しぶりに人間界を眺めるがとんだ収穫であった)



 “運命”――それは不思議なものだ。本人も気付かぬうちにその大いなる流れに身を委ねている事がある。


 時にある者はそれに偶然や必然、因果や相関、善悪や吉凶……その様なものを冀求ききゅうする事がある。

 しかしそれは、その者が自分の不理解を咀嚼し、何とか自らの“納得”の血肉にせんと足掻く行為だろう。


 結局のところ“運命”が、過程や結果、自身や周囲、この世の摂理にどれ程までに影響するかなど、それを操りし者――もしそういう者が居るとすればだが――以外、誰にも判りはしないのだから。


 どの様な未来が齎されようと、“運命”はただ静かに流れゆくだけである。



(続く)

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