15話.魔物との対峙

 私達はヴァラキアとの国境沿いに流れるムール川を渡る唯一の橋、ズリーニヒド橋を目指す。


 街道から臨む景色は、とてものどかで自然に溢れ、山々は見事な紅葉で映え渡り、湖の水面は山の光輝を照らすかの如く美しい。

 湖にはときおりマガンやアオガンが群れ成す姿も見られる。

 私達はその景色の美しさに思わず見とれ、これから魔物を退治するという事すら忘れてしまいそうであった。


 そんな和やかな気持ちで歩みを進めていた私達に、緊張を呼び戻したのは街道の向こうに見えだした大きな川、そして橋の手前に立つ人影の存在だ。

 近づくにつれてその姿もはっきりと、そしてその体から迸る畏怖の気が、私達の心を戦闘態勢へと否が応でも向かわせた。


「決闘を始めよう……」


 魔物が私達を視認する。


「うおぉぉぉーーーッ!!」


 大きな雄叫びを上げ先陣切って正面から向かって行ったのはルイだった。

 私とジークはその後を魔物を左右から挟む様にして追いかける。

 そのルイの叫びはまるで、虚無の呪縛からもがく野獣の咆哮に聞こえた。


 魔物は正面から突進を仕掛けるルイに向け薙いだ。

 ルイは大きく振り被った剣を思いっきり振り降ろしそれを受ける。


ガキーンッ!!


「くっ!」


 その威力は凄まじく、ルイは構えた姿で地面を擦りながら後方へと3歩近く戻されていた。


 チャンスっ!


 薙いでがら空きとなった魔物の右脇腹に向け、刺突ペラフォルシオン


 くっ! 身を捻って躱したか。


 魔物が薙いだ剣は1回転しそのまま私に斬りつけてきた。

 物凄い勢いだ、これは避けられない。受け止めなきゃ!


ガチーーンッ!!


 凄い力!

 魔物の薙ぎを受けた私はその剣の軌道と共にそのまま宙へと掬い上げられた。

 

「破ァ!!」


 その隙にジークが右方から魔物の脇に一太刀を浴びせていた。

 流石だ、戦闘慣れしている。


「何?!」


 それは宙に舞う私の目からも明らかに判る違和感。


 普通、剣で斬られた相手はその痛みに反射的に反応し、次の行動へ移すのに僅かな時差が生じるものだ。


 それがこの魔物には無かった。


 それは、まるで痛みを感じないかの様に一瞬の硬直も無く、ジークへ攻撃を繰り出していた。

 それがジークの次の行動へと移す暇を与えなかったのだ。

 

 魔物は私諸共その剣をジークめがけて袈裟懸けに斬りつける。


 マズイ!

 このままではジークと体当たりしてしまう。


 しかし宙で魔物の振り降ろす剣の勢いに乗ってしまい、どうする事も出来ない。


「やめろぉぉぉーーーっ!!」


 声のした方を見ると、ルイが叫びながら剣を逆袈裟に振っていた。

 するとその剣から眩しく光る風が放たれ、それが私とジークを包みこむ。


「「こ、これは…!?」」


 私はジークと衝突した。

 尚も魔物は剣を振り切り、私達二人はまとめて振り飛ばされた。

 土煙がもくもくと舞う中、魔物は既に標的をルイに、歩み出している。


 今がチャンス!!


ゴオォォォォッッ!!


 凄まじい熱気と轟音を響かせ、私の左薙ぎイズキエルダトルナードが魔物の胴体を真っ二つに焼き切った。

 地面に崩れ落ちる上半身から何事かと後方を振り向く魔物の顔。


 驚くのも無理はない。

 私とジークは全くの無傷だったのだ。

 きっとそれはルイの放ったこの不思議な光の風のお陰。

 

 魔物の体は黒い霧に包まれた。

 それが風で霧散するかの様に見えた。


「ジークさん!カタリーナさん!無事でしたか!」


 私達の下に駆け寄るルイ。


「ルイさん、さっきの技は一体……?」

「判りません。ただ2人をなんとか救いたいという気持ちで放った技でした」


「きっとそれでよ! 私達2人ともあれだけの衝撃を喰らったのにちっともダメージを受けてない。それどころか力が漲っているわ! だから私の追撃も十分間に合った」


 隣のジークも何ともないというジェスチャーを見せている。


「あぁ、それは良かった。これで魔物も倒したし一件落着ですね。さぁ橋を渡りま……」


 後ろを振り返ったルイが硬直してる。

 私もそちらに視線を移す。そこに見たのは……。


「決闘を始めよう……」


 まるで何事も無かったかの様に、傷一つなく剣を構えこちらを睨む魔物の姿であった。



「くっ、こいつ不死身か!」


 ジークが素早く魔物に対し身構える。

 私も動き手短に作戦を伝える。


「ヴァンパイアみたいにどこかに弱点があるのかも。心臓、頭、とりあえずそこを潰してみましょう! ルイ、サポートお願い!」


 私は魔物の頭上高く跳躍し、頭を狙い唐竹斬りに大剣を振り降ろす。

 魔物は己の剣の柄と腹を手で押さえ、私の渾身の一撃を受け止めた。

 その隙をルイが追撃する!


竜破斬ドラグスレイヴ】!


 ルイの放った技が魔物の左膝を直撃。


ボギッ!!


 骨の折れる鈍い音が響く。

 バランスを崩し左方に倒れこむ魔物。

 そこへ畳掛ける様にして突進してきたジークが己の剣を思いっきりその魔物の鎧の上から心臓目がけ刺突した。


ガキーーン!!


「くっ! 硬いなっ!」


 ジークの渾身の一撃はその強固な鎧によって阻まれ突き通す事が出来なかった。

 しかしジークは力を緩める事無く剣を突き立て、魔物をそのまま地面に捻じ伏せた。


「うおおおぉぉーーっっ!」


 ジークの気合の突進で、大きな音を立て地面に倒れる魔物。

 そこへ空中でバランスを整えた私は魔物の頭を狙い刺突する。

 その刃は魔物の眉間を見事捉え、私は体重を乗せ更に奥深くまで突き抜いた。

 追い打ちをかける様にしてジークが魔物の首を断つ!


 魔物の動きが止まった。

 私達は距離を取り様子を伺う。

 どこからともなく黒い霧が現れ魔物を包む。

 その霧から聞こえてくる声。


「決闘に終わりは無い……」


 私達はその霧に対し身構えた。

 霧の中から現れたのは、刎ねた首も繋がり眉間の傷も綺麗に塞がった五体満足で立ち上がる魔物の姿であった。


「いざ尋常に……」


「くっ! キリが無いわね」


 残る弱点の見込みは心臓、しかしそれは強固な鎧によって守られている。

 そもそも弱点の“核”なる物がこいつにあるのだろうか?

 もし心臓を突いても駄目だったら……。


 そんな不安が私の脳裏に出始めていた。

 それはきっとジークやルイもそうだったろう。

 どうする? どう攻める? 私達が攻めあぐねていたその時、


(だいぶお困りの様ですね。お手伝いしましょうか?)


 頭に響く不思議な声。

 聞き覚えのある声だが姿が近くに見当たらない。


(私に考えがあります。少し時間を稼いでいて下さい)


 どうやらジークやルイにも聞こえている様だ。

 私達は顔を見合わせ頷いた。

 こちらに向かってくる魔物。

 

「なんかこいつの体から発する“気”が強くなって無い?」


「ああ、然もこの感じ、あの“ハデス”を彷彿させるな。奴程じゃないが復活する度に強くなっている様だ!」


「だとすればこの魔物、何とかする必要がある!……なんて厄介な!」


 ルイが吐き捨てる様にそう言い放った。

 

 直後、魔物が一段と強い“気”を纏う。

 それは闘気とも邪気とも違う以前ハデスが放った異質の気。

 

 魔物は大きく剣を振りかぶり、私達3人に向け薙いできた。

 私達は横一列に並び魔物の剣をそれぞれ己の剣で受け、押し留めようと試みる。


ガ、ガ、ガキーーン!!


「「「ぐはぁぁーーっっ!?」」」


 確かに私達は、魔物の剣を己の剣でしっかり受け留めたはずだった。

 しかしその剣から伝わってきたのは衝撃だけじゃない、あのハデスが放ったと同じ、魂を冷たい鋭利な刃物が通り抜けていく感触。

 

 ジトーっと脂汗が吹き出し、急な脱力感に見舞われた。

 どうやら他の2人も同じらしい。

 私達は魔物の剣を抑えきれず後方へ思いっきり吹っ飛ばされてしまっていた。


 倒れた私達の元へ魔物が近づく。

 だけどこの脱力感からまだ回復する事が出来ない!

 大きな影が覆った。

 頭上高く剣を振りかざす魔物。


 駄目! 間に合わない!!


 ……とその時、


埴輪転生ペトリフィケイション!」


 それはどこからともなく聞こえてきたあの声の主が叫んだ言葉だった。

 見ると後方に居たアーロンさんより更に後方から光が放たれ、魔物に直撃する。


ボンッ!!


 あの不死身の魔物が一瞬にして、それまでの脅威が全く感じられぬ“泥人形”に変り果てた?!


 ジークやルイも、やはり呆気にとられていて、私達はしばらく空いた口が塞がらなかった。



(続く)

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