14話.ルイという男
僕には、常に“虚しさ”が付き纏っていた。
僕にとって“剣”とは生きる為の術だったけど、なんの為に生きるのだと問われれば答えに窮した事だろう。
なぜならそれまでの僕は虚無に生きてきたのだから。
そんな僕にとって、ギルドで引き受ける仕事には少しだけ癒された。
単に生活に必要な金を得られるだけじゃなく、依頼者から感謝されるから。
“僕の剣が必要とされ喜ばれる”
それは、死神の如く付き纏う虚しさから僕をほんの少しだけ解放してくれた。
でもね、長く続けているとそれが単なる社交辞令にも思えてくるんだ。
僕にとって、剣とは、“人殺しの道具”。
僕が剣に求める物、誰かが僕に求める物、それを確実に物にする為の修練を僕は積んだ。
そしてそれはいつしか確かな役割を果たす実力となって身に付いた――そう、人殺しとしての役割を。
だけどその実感は、僕に虚しさしか齎さなかった。
長くギルドの仕事を請け負う中で、様々な依頼にも出くわした。
引き受ける仕事も対象が“人”から違うものに変わった。
しかしやる事は基本変わらない。
“人殺し”が“魔獣殺し”或いは“竜殺し”と代わっていっただけで。
転機が訪れたのは、竜の渓谷で出会った仲間達だった。
仲間達が振るう剣に、僕は、今まで信じてきた“殺しの道具”とは違う何かを感じていたんだ。
それはね。
仲間の為に命を懸けて振るうその剣は、明日を共にする為の剣……そう見えた。
僕はもっと彼らの剣を知りたくなった。
◇
「カタリーナさん。少し私と剣の手合せを……稽古をお願い出来ませんか?」
彼女は快く引き受けてくれた。
今回の旅は、あの渓谷で出会った神父レベルのヴァンパイアがうようよ居るかもしれない。ドラゴン1匹、相手に出来るくらいの実力じゃ、あまりに心配だ。
それに僕は“剣とは何か”を改めて考え、この仲間達からヒントを得たいと思ってたんだ。
僕は僕の持つ剣術のありったけを繰り出した。
彼女はその一つ一つを丁寧に捌き、ときおりその動きに隙や弱点があろうものなら返しの剣でそれを僕に知らしめた。
「うん、素晴らしい攻撃ね。緩急をつけた独特の足裁き、だから相手は次にどんな攻撃が来るか読みづらい。その隙に急所を突く、非常に理に適った剣だわ。ただ……」
躊躇の表情を見せ、一呼吸おいて彼女は言った。
「私が気になったのは、あなたの“表情”。気迫が無いわけじゃない、動きに躊躇が見られるわけでも無い。その心情が攻撃にブレーキをかけてる事は全く無い。だけどあなたはとても寂しそうな表情になっているわ。それはなぜ?」
「……驚いた。そこまで見てるんですね」
「兄の教えなの。“剣を交えた相手とは、剣で会話をしろ”って。相手がどんな人で、どんな想いを背負って剣を振るっているのか、そこまで感じ取れってね。そしたらあなたの表情に気付けたのよ」
「僕は無意識だったんだけど……たぶん、僕の自然な想いが表情に現れた、と言う事かな。カタリーナさん、一つ聞いてもよろしいですか?」
僕は思い切って気になっていた核心を聞く事にした。
「あなたにとって、“剣”とはなんでしょうか? 僕は今まで“殺しの道具”として修練を積み、技を磨き上げ、それを利用してきました。しかしその事に虚しさを感じているのです。恐らくこの表情は虚しさの表れ……」
「……難しい質問ね。ただ、兄はこう言ってたわ『剣で会話をする、それが出来てこそ一流の剣士ってもんだ』って。もし剣を交えて相手の立場や事情を知る事が出来たとしたら、それは必ずしも相手を“殺す”という目的には都合が良いわけじゃない。でも……それでお互いを“生かす”道が見えてくるのかもしれないわ。一流の剣士とは、剣で会話し生かす道を探りながら、解決するっていう意味なんじゃないかしら! 己が目的の為だけじゃなく相手や仲間を生かす道を切り拓く……」
目から鱗だった。
“人殺し”では無く“人を生かす”道を切り拓く。
僕は何度も何度も彼女の言葉を頭の中で繰り返し続けた。
「あなたは……凄い方だ。まるで何十年も修羅場を潜って来た剣士の様な、言葉に重みがある。まさか悪魔をして言わしめたのですか? 悪魔は何百年と生き続けているだろうし」
後ろの方でジークさんが「くっくっく、違いない」と笑っている。
「こ、これでも16才ですがなにかっ!?」
僕は、久しぶりに心の底から笑った。
僕が極めた必殺技は【
次に極める技はきっと、殺すための技じゃなく、生かすための技にしよう。
そしたらこの虚しさの螺旋から抜け出し、僕は変われる気がする。
そんな期待と予感で一杯になった。
◇
「え? ヴァラキア公国に行くって? そいつぁ残念だったな、無理だぜ」
宿屋の主人が答える。
僕達は今ヴァラキアへ向かう街道の途中、都市ザグレヴの宿に居る。
ヴァラキア公国に入るには大きく北ルート、西ルート、南ルートがある。
東は東方からの異民族の襲来を防ぐ為に国境沿いに防壁が囲ってあり入れない。
西ルートはアルマンガルドから入るルートだ。
エスパニル側からだと大きな山脈を幾つも乗り越えねばならず、大変だ。
北ルートは主に北海に面する国が使うルート。
ここもヴァラキア北部の鉱山を越えねばならない。
この南ルートは大きな山を越える必要も無く、途中点在する街から街への道が整備されている。しかもロマーノから丁度半分の所にこのザグレヴがある。僕達には一番都合の良いルートだった。
あとはこの街から更に北東に続く街道を進めば目指すヴァラキア公国領の首都ブダベズドまで到着する。僕も以前使って覚えていたルートだ。
だのに宿の主人は無理だという。
「なんでかって? そいつぁなー、この街道の国境付近に魔物が住みついちまったからなんだよ。ん? 他に道は無いのかって? それがなーヴァラキアとの国境沿いは大きな川が流れてて、唯一橋が渡ってるのがこの街道だ。流れが速く舟で渡るのは無理だしな」
確かズリーニヒド橋という割と大きな橋を渡った記憶がある。
「どんな魔物かって? 聞いた話によると
3年前から居付いているという。
そういや僕は昨年は北ルートからブダベズド入りしたんだっけ。
でもソウルカーニバルにも会っている。
という事は彼らは西ルートで来たのかな?
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・
ここはヴァラキアへの西ルート、アルマンガルドの街道。
「いやー大変な道のりですねぇー」
そうぼやくのは、サーカス団『ソウルカーニバル』の支配人アヌービスであった。
「この苦労を考えると……あの試みは大失敗だったですかねぇー」
「そうですね、もう3年は経ちますね」
そう答えるのは、隣に座る団員ルシムであった。
「流石にこれだけ経てば誰か退治出来るんじゃないんですかぁー?」
「いやいやいや、だってあれ実質“不死身”じゃないですか!」
ソウルカーニバルはエウロペ中を回ってサーカス興行をしていた。
その中で“受け”の良い街に関しては、毎年決まった時期に興行するのが常だった。
その一か所にヴァラキア公国の首都ブダベズドがある。
アヌービスはヴラド家とは昔から所縁があり、もちろん行方不明の現当主アクラ=ヴラド公ともよく知った仲であった。
ブダベズドには毎年秋、山の紅葉が燃える様な朱に染まる頃が興行の時期で、そろそろ時期が近いのでソウルカーニバルもヴァラキアに向けて旅を続けていた。
「でも、あっちが使えなくなって、ルートをこっちにしたわけですが、結構山道が大変ですよねぇー」
「それが判っていて、なんです? あの最後尾の子供達は」
彼らが牽くのはサーカスの会場や使用する道具を乗せた荷車で、乗っている団員はアヌービスとルシムのみであった。
それが今年はもう一台荷車が追加され、そこには興行で通った街や村で集められた、ある子供達を乗せていた。
「あぁ、あの子達はねぇーいわゆる“取り替えっ子”と呼ばれてる子達です」
“取り替えっ子”――それは奇形、知的障害、成長の遅れといった、見た目や言動に何らかの異常を持つ子供達である。
当時の医術や魔術では治癒はもちろん、原因や症状を正しく理解する術が無く、皆一様にフェアリーの子とかトロールの子とかに取り替えられたと言ってそれが信じられていた。
「居るんですよ、自分の子供と信じたくない、よそ様には知られたくない、そんな理由で手放したいと考える親が。で、私の親友であるアクラ公からそう言った子達をヴァラキアの孤児院で育てるから連れて来て欲しいと頼まれたわけです」
「へぇー、するとあの“笛吹き”はそう言う親達への合図だったんですか」
「えぇ、3年前から通った街や村の掲示板に張り紙をしてましてね。夜中に街中を笛を吹いて回ります、御用の方は声をおかけ下さいってね。去年、一昨年はほとんど居ませんでしたがねぇ」
「でもアクラ公はこの子達をどうするんでしょうか?」
「アクラ公はDr.Aculaと呼ばれる程、医術にも長けています。ひょっとすると治療法が確立しているのかもしれません」
「でも……それならなぜ、引き取る様な事をするんでしょう? 親と一緒に来て貰いそこで治して帰せばよいのでは?」
「ふむ……市民を増やしたいんじゃないですかぁ? 何せ昨年はあの通り街は壊滅状態でしたし。今年は無事復興を遂げていると良いですがねぇ」
(続く)
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