7話.閑話_その頃キース達は……

「親父!美味い酒を3つ、あと何か酒じゃない飲みものを1つ頼む!」


 俺は一番乗りでバル「ムイピカン亭」に入り、マスターが目の前に居るカウンター席を陣取り注文した。


「お!随分威勢が良いねーお客さん! 何か良い事でもあったのかい?」


「おうよ! 俺たちゃ暗黒大陸を旅したのよ。大地の裂け目の先にある竜の渓谷を突き進み、ドラゴンとの死闘の果て、漸くお目当ての物を手に入れたってわけさ。んでやっとこっちに戻ってきた。こっちは何か大きなニュースはあったかい?」


「そいつはすげえな! 是非その冒険譚を聞きたいもんだ。いやーこっちも色々あったぜー。あんた知ってるかい? まずはヴァチーカのリモーニージス大聖堂、それと異端審問所が何者かによって粉々に破壊されたんだ」


「何だって?! 誰がそんな事を?」


「それが全くの謎でなー。しかもそれが原因で教皇の悪事が暴露され、現在教皇は行方不明、残された神父達は信頼回復に躍起さ」


「そうかー。じゃあここの聖ラピス教会も大変だな」


「いや、ところがうちの聖ラピス教会は教皇の悪事に加担してなかった事が判り、逆に人気がうなぎ上りだ。俺も鼻が高い。しかも神父殺しの疑いがあった修道女も、当の神父が生きていたんで、疑いが晴れた。異端審問所の過失だったのさ」


「本当か! じゃあカタリーナ修道女は無実!!」


「お! あんたよく知ってるじゃないか。【セビーヤの不死鳥フェニックス】ことカタリーナさんだ。俺ぁ修道女になってたことに驚いたがな。しかし依然と行方不明らしい」


「だろうな。他にも何かあるかい?」


「そうだなー、あんたヴィネツィの商人が各国に売り捌いていたと噂される黒い粉、通称“悪魔の粉”の事は知ってるかい?」


「あ、あぁちょっとは聞いてる。あの頭がおかしくなっちまうってやつだろ?」


「そうさ、それを利用し信者を増やしてたのが賛美一体教会だ。そこの神父デイビスって奴が今、エスパニル国王軍の特別監置所に収監されている」


「ってことは、もう悪魔の粉の心配は要らねぇって事かい?」


「恐らくな……ただここだけの話だがどうやら奴が収監されているのはそれだけじゃねぇみたいなんだ。あんたも噂に聞いてるだろ、魔術封印が解けちまったって事。 どうやらそのデイビスが主犯なんじゃねえかって……」


「ぶはっ! な、何だって?! 魔術封印が解けた!? それじゃあ、またあの魔術大戦みたいな悲劇が繰り返されるかもしれないって事か!!」


「その事はまだ知らなかったか。今各国を治める王や諸侯、公爵達は、その点で非常に敏感になっている。なんせ教皇が過去指導した“魔女狩り”が結果的に各国の魔術戦力をアンバランスにしたからな。封印があった時は魔術士など低く見ていた国も多い。それが覆されちまったんだ」


「そりゃーきな臭い動きが色々とありそうだぜ」


「ま、悪い話ばかりじゃないさ。隣国のポルトゥールが民衆統治による共和政から元王族に権力を譲渡し王政に戻ったんだが……」


「そりゃーひょっとしてここエスパニルとの併合話か?」


「おやこっちは知ってたかい! ああ、最近は現ポルトゥール王マヌエルの娘、カスティーリャとエスパニル国王の息子、アラゴンとの結婚話で持ちきりでな。それを機に統合の話も出ている。ま、あとは時間の問題だろう」


「そいつはめでてえな!」


「ああ、その動きに関係して北の魔道具国家オルレアン王国も我が国と連携を強めようとしている。西のヴィネツィもうちとの連携を深めようって話だ。聖ラピス教会が中央の神父達を支援する動きも良い様に働いているみたいだな」


「なんか、すげー事になってきたな……」


「ただ心配が無いわけじゃない。アルマンガルドがくすぶり始めたんだ」

「ん、確かアルマンガルドってお偉い諸侯達が独立して各地域を治めてんだよな?」


「そう、例えばザクスンやハプスブル、ザリア、フォエンシュタウフェンの四大諸侯が有名さ。ポルトゥールエスパニルの統合話から、四大諸侯もいよいよ互いに争っている場合じゃねえって手を組む話になったらしいんだが……」


「らしいんだが……?」


「ニダーラントの隣、小さな領土を支配してたクラウゼヴィッツ候の一人娘<マリア>が当主になった。なんでもザクスンの謀略でご両親が暗殺されたって噂さ。そのままザクスン領として支配されちまうと考えられていたんだが、マリアは抵抗した。どうやら北海のアングレー王国がクラウゼヴィッツの後ろ盾になったって話だ」


「ひでぇ話だ……アルマンガルドはまだまだ安定しなそうだな」


「あとはそうだなー結界崩壊からどういう訳か、各地で伝説のドラゴンの目撃例が増えて来ているらしい。ま、今のところ人間への被害は全く出ていないから各国とも静観してるがな」


「え、ドラゴンが……?(まさか竜の渓谷の結界解除の影響か?)そうか、いやー色々参考になったわ、Graciasサンキュー!! お、この酒は、ワインじゃねえよな?」


「ハッハッハ! こいつは遥か東方から運ばれてきた神秘の酒、“ポンシュ”だ。コンスタンティンの大商会、ウッディーン商会はエスパニルの新星<アルランツォ商会>が独占契約してるからな。以前はヴィネツィ商人から高い金で少ししか手に入れられなかったんだが、今は違う。エウロペ界隈でこんなにこいつが飲めるのはここムイピカン亭だけだぜ!」


「へぇ~。ところでそのアルランツォ商会ってのは?」


「あぁ、エランツォ商会率いるドン=エステバンの旦那のご子息、アルルヤース=デ=エランツォ率いる新たな商会さ。親の後は継がねぇって独立して商会を建ち上げたのさ」


「へぇ~なかなか骨のある奴じゃねえか! 会って話してみたいもんだな。よし、じゃあみんな、こいつで乾杯だ!(ゴクン)お! こいつはコクがあって甘みがあって、それでいて後味スッキリ、美味い酒だなぁ!……あ、親父! こいつにもポンシュをくれちまったのか?!」


「あれ? 済まねぇ、出しちゃまずかったのか? でも良い飲みっぷりだったぜー。随分と別嬪さんだし酒を飲む女は良い! 惚れちまいそうだぜ」


「バカ言わねえでくれ。おい大丈夫かキャサリン?」


 キャサリンはご機嫌だ。

 こうしてみると本当に可愛げがあって惚れちまいそうなんだがなー……。

 うーん……グラスを指差しお替わりを要求している。


 ま、これは竜涎香ワインじゃないから大丈夫なのかもしれねぇ。

 それに一杯飲んでも大丈夫だったから大丈夫かなぁ……。

 きっと大丈夫に違いない!

 よし、ま、いっか!


「親父、みんなお替わり頼むぜ! 今日は飲むぞー!!」

「あい、毎度!」



 いやー飲んだ飲んだ。

 俺達4人は幻の酒“ポンシュ”をたらふく飲んだ。

 その上親父の作る料理、そしてここの看板娘が自慢の手料理を披露し出してくれたんだが、それがうめぇのなんのって。

 料理もたらふく食って、それがまたポンシュの口を進ませた。

 俺達は会話も弾み、今までの疲れが吹っ飛ぶ楽しい時間を過ごせたぜ。


「親父ぃ! ご馳走さん! お勘定頼むぜ。そうだジーク、ルイ、ここは俺に払わせてくれ! じつは頭から報奨金を頂いている。いやいやいーんだよ、結局みんなで協力出来たから竜の爪を手に入れる事も出来たんだし、な、な!」


「あい、毎度~。お勘定はこちらになります」


 おっ!! なかなかの金額だぜ……ま、いっか、金はたんとあるし。


 俺は勘定に目を通し、気風よく金を払った。


「あいよ、また来るぜ親父!」

「旦那~だいぶ酔っぱらってるな? ほれ、ここの数字、『1』じゃなくて『7』な」


 なにーーーっ!!


 俺は勘定書きの一番左、最初の桁数字を見間違えていた。

 し、しかしこの金額は……まさかぼったくり?

 いや、ここはそんな店じゃ無かったはずだ。


 確かに俺達は延々と飲み食いをしていた。

 思い返すと親父も看板娘もとんでもない量の料理を出していた気がする。

 だのに残した料理は一つもねぇ! 綺麗に片付いている。

 ……どうなってんだ、一体?


「いやー、実は旦那方の飲み喰いっぷりにも驚いたが、あの別嬪さん。ありゃー特別だぜ。なんせみんながしゃべっている間もバクバク食べ続け、みんなが残した料理も綺麗に食べて、そのうえ酒の量も全く減らねぇ。俺もつい意地になって『これでもかーっ!』って料理を出し続けたが全部綺麗に片付けた。あれだけ気持ち良く喰って貰うとこっちも逆に気持ちが良いぜ! このお代の8割はあの別嬪さんの食事代だ。旦那ぁ気を付けなよー彼女の食費は」


 ガーン……。


 俺は一夜にして、頭からの報奨金は勿論、自腹も切って本当に素寒貧となった。



(続く)

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