6話.疎通

 カイマンに視線を移すグレース。

 カイマンはどこか緊張気味だ、かしこまった様子でいる。


「さて、カイマンさんのご用事は何かしら?」

「あ、あのー……」


 グレースに問われ急にシュンとなるカイマン。

 するとどこかヴァルツとアルルヤースがニヤニヤしだした。

 その様子を不思議に見つめるスティープことカタリーナ。


「私も、ヴァラキアへご一緒致しましょう。 私は貴方の事が心配だ」


(え!? それってもしかして……!!)


 カタリーナはパナデスの話を思い出していた。

 やはりグレースさんは初恋の人だったのかも、と。

 見ると兄達二人はカイマンを見ながら互いにガシッと握手している。

 

「お気持ちはとっても嬉しいわ、カイマンさん。ただ……この旅はとても危険なものになる。私は貴方の事が心配よ。だから、私の無事を祈って待っていて欲しい。美味しい手料理をまた作って欲しいの」


「わ、判りました! きっとですぞ! このカイマン、腕を奮って馳走致す」


 アーロンから見ても二人のやり取りは、どこか微笑ましく見えた。

 だから二人の事情を知っているスティープには、余程気持ちが高じていたのだ。

 つい自然と、兄達二人が握っている手の上にポンと自分の手を重ね、互いにウンと頷き合っていたのである。



 グレースの家を出て、それぞれ屋敷、宿、軍の訓練所へと戻る一行。

 その道中、ヴァルツとアルルヤースは静かに話し合っていた。


「兄さん……スティープさんの事だけど」

「あぁ」

「ひょっとして……彼はやっぱりカタリーナなんじゃないかな」


 ヴァルツも同感だった。

 あの時、3人で手を合わせ頷き合った時の感じ……スティープのその姿にカタリーナが被って見えた。


「呪いを受けたのはカタリーナ。何か言えぬ事情があってスティープと名乗っている。そういう事か?」


「あぁ。目の色も違うし、人並み外れた魔力を持つのもおかしい、それにまるで面影は無い。でも、ひょっとして呪いでそうなっているのだとしたら。ただアイツは僕達に心配かけまいとしてああ振舞っている……」


 アルルヤースは、カタリーナがカラボスから呪いを受けている事を知っている。

 だから、ひょっとすると呪いの影響が発動してしまったのではと考えていた。

 神父という教会を指導し預かる大事な立場でありながら、それを他の者達に任せ、スティープに同行しているアーロンの事もそれなら納得出来る。


 ヴァルツは、共に励んだ剣の修行を通して、そして何より家族として同じ屋根の下を過ごしてきた中で、カタリーナが殊更に隠し立てする様な性格でない事をよく知っていた。

 だから、正体を明かせぬ何か深い理由があるのだと察した。

 何せアーロン神父も一緒で協力している様なのだ。

 神父が隠し事を手伝うなど、それは余程の事である。


「だとしたら……歯がゆいな。くそっ」 


 後ろをチラと振り向く二人だが、当のスティープはアーロンの背に隠れる様に歩いている。

 アーロンは、振り向いた二人に気付き、何か? という表情をしている。

 何とも歯がゆい。


 二人の心は、母同様、妹にすら何も出来ぬ己の非力さを嘆く気持ちで一杯になっていた。今、彼らが出来る事――それは、妹の気持ちを汲んで知らぬふりを通す事だけだったのだ。


 ヴァルツもアルルヤースもスティープと別れる際、強く握手した。

 そして二人とも、心を込めてこう言ったのだ。


 「無事、呪いを解くんだぞ!」と。

 

 スティープは、涙が出そうなのを堪えてコクリ、頷くのであった。


 

 宿に着くとアーロンは夜には戻ると言って、旅の準備の為に宿を出ていった。

 スティープは部屋で心を落ち着かせていた。

 

 いよいよ明日は、ヴァラキアへ出発だ。


 首の呪いに手を当て思う。

 デイビスの言葉が蘇る。


 私は今、この呪いのお陰で、悪魔の力を制御している。

 そして悪魔の邪気に体が耐えうるのは、間違いなくこの血のお陰。

 それはつまり……両方ともカラボスのお陰だ。

 私は、カラボスの恩恵を武器に母を救いにカラボスと対峙する。


 なんたる運命の皮肉だろう!


 カラボスへの思いが複雑に脳裏で絡み合っていた。

 しばらく悶々とし寝付けずにいたのだが、明日の出発を思い寝ることにした。 

 しかしアーロンはその日、宿に戻ってこなかった。



 アーロンは誰も居ない薄暗い教会で一人祈りを捧げていた。

 すると、頭の中に誰とも知れぬ不思議な声が聞こえてきた。


「聖ラピス教会の神父アーロンよ。暫くお前の体、利用させて貰おう」


 それは偉大なる恩寵カリシュの力、【天使の疎通グランドライン】。


 あのルビスが扱った【遠隔透視テレコスコープ】や【遠隔会話テレコトーク】の更に上位の力だ。


「あ、あなたは一体……」


「我が名はルシフェル。我が同胞を殺した罪を裁く者。汝は教会の神父という立場でありながら、我が同胞をしいせし悪魔を庇っているな。汝に問う、なぜ天使殺しの悪魔を庇う? 汝は我が同胞の助けを乞うたのではないか?」


 その名を聞いて、アーロンは思わずたじろいだ。

 それは聖書にも記述され神同様に崇敬尊信せらる存在。

 しかしこれは逆に彼女を救うチャンスだと、気持ちを奮い立たせたのだった。


「それは……天使様を殺したのは確かに悪魔の所業です。しかしその悪魔は、人間の、私の大事な修道女シスターの体に巣食っているのです。彼女は悪魔の力を止めようと必死でした。それに……」


「それに……なんだ、言ってみよ」


「彼女の背負った運命は、あまりに過酷です。母を邪悪なる妖精カラボスに乗っ取られ、自身も穢れた聖杯により悪魔に体を乗っ取られ……しかし彼女は、意識だけは悪魔の支配を免れた。完全ではありませんが悪魔の力の制御に努めている!」


 アーロンは更に訴えた。


「彼女がああなった責任の一端は私にもあります。教会に封じてあった穢れた聖杯、それを持ち出し、彼女にその力を悪用しようとする輩から守れと、手渡したからです。その責任と憐みの心が私をそう動かすのです」


 ルシフェルはフムと思考する。

 

(カラボスが人間界に居るだと? それに“穢れた聖杯”か、あの出来損ないの『ゲート』。まさか教会にあったとは、盲点であった。なるほどそれらが絡んでいるわけか……)



 かつて一度だけ、世界の掟ザ・ワールドに背き人間界への侵略を適えた冥界の者達。

 しかしそれは聖職者達の素早い“祈り”によって、天界とのゲートが築かれ、それに呼応し天界の者は“裁きの雷”を以って少ない被害の内に一掃した筈なのである。


 その中に大天使ミカエルの御業で、生きたまま捕らえられた悪魔どもが居た。

 ミカエルは、悪魔を処罰する為に捕虜にしたのではない。

 単にそれらを自身の芸術作品の材料に要したのだ。


 ミカエルの芸術に次々と成り果てていく悪魔の中に、“穢れた聖杯”の存在を吐露する者が居た。

 天界の者はその証言を聞き逃さなかった。

 そうして穢れた聖杯の捜索にも当たったのだがゲートがある間には結局見つけられなかったのだ。

 気にはなっていた事だが、あんまり悪さをする様ならあっちの方からまたゲートを繋げてくるだろう、そうして穢れた聖杯の有無についてはなおざりにしていたのだ。



「良いだろう。では彼女が本当にお前の言う、悪魔の力を適正にコントロールしようとする自覚があるか、しばらく見させてもらうぞ」


 こうしてアーロンは大天使ルシフェルと【天使の疎通グランドライン】で繋がれる。

 その反動でアーロンは気を失ったのだった



 ルシフェルは漸く掴んだチャンスをものに出来、満足であった。


 掟の効果は、天界から人間界へはその能力や術での干渉を極めて強く制限していた。それは、ゼウスの“万能”すら封じる程だ。

 しかしそれは、人間界の聖職者からの呼応に応じれば簡単に通じる様になる。

 それがかつて悪魔どもを一掃した“裁きの雷”であり、この間の天使の降臨だ。

 

 だから、ルシフェルはチャンスを待った。

 聖ラピス教会から祈りが届くのを。


 聖職者の祈りは、エウロペ中の教会から毎日、天界に届く。

 その祈りの大半は、非常に小さく、わざわざ天使達がそれに応じる程では無い。彼らの祈りに齎されるのはせいぜい、天界に僅かに通じた小さな穴から零れ落ちる“聖光”の恵みを受け取るくらいのものだ。それでさえ、彼等にとっては自身の恩寵カリシュを高める恩恵となる。


 だがルシフェルが通じる程となると、毎日の祈祷くらいの強さでは十分でない。

 しかしルシフェルには、必ず強い祈りが聖ラピス教会から来ると見込んでいた。


 天使殺しの一件である。


 ルシフェルは、“きっと天使殺しの報いを恐れ、贖罪を乞う“強い祈り”が来る筈だ”と見越していたのだ。そしてそれはその通りになった。


「ふふ……このアーロンという神父、なかなかの恩寵カリシュの持ち主だ。これ程ならば、彼奴を用いて『ゲート』をこさえる事も出来そうだ」



(続く)

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