35話.日脚は進む
グレゴリオ達は森を突っ切る様に北へ向かっていた。
その方が森を迂回する様に通る街道を使うより近道だからである。
「さて、この森を抜ければ道中半分は過ぎた辺りだろう。そこで一休みとするか」
グレゴリオは皆にそう呼びかけた。
するとメイスを持った神父が睨む視線で遠く前方を見つめながら言った。
「どうやら一休みはさせて貰えそうに無い様じゃぞ!」
緊張が一気に高まる。
森を抜け街道が続く向こうから、真っ黒な修道服にフードを被った妖しげな人影が数名、こちらに向かって歩んでくる。上空にはおびただしい数の鴉が迂回する様にぐるぐると飛んでいた。
その中の一人、先頭を歩む者が手にした長い杖をかざす。
杖の上端には赤眼が見開くモチーフがあしらわれ、怪しい輝きを放っていた。
すると、その者がグレゴリオ達に向け杖を振りかざす。
その動きに連動して上空に居た無数の鴉たちが、その双眼を赤く灯しながら向かってきたのだ。
「私に任せてよっと! そぉれーーっ!!」
先頭に居たグレゴリオの前にひょいと飛び出た少女の様な
アァァアァァーーッッ!
天使の顔には、なぜか目隠しの布が巻かれており、口を大きく開いている。
ゴォォォォーーーッッ!!
見ると鴉たちの目は元に戻り、ちりちりとなって向こうの空に退散していく。
それは彼女が持つ、“退魔の剣”が為せる業だった。
「あら~やるじゃない!」
「俺が行こう」
赤眼の杖をかざす
仮面の男は、大きな棍棒を握っていた。棘だらけで、赤黒い染みが付いている。
どうやらその柄も棘がある様で、握る自身の手からも血が滴っている。
――異常。
グレゴリオは改めて彼らが狂気に身を委ねる存在で、己が信ずるものの為なら犠牲も厭わぬその姿勢から、こちらも相当な“覚悟”が必要だと悟った。
退魔の剣を振るった
「私に任せろ!」
グレゴリオが仮面の男を迎え撃つ。
その時、白銀の弓を持つ青年が後方の森から、また青白き矛槍を持つ女騎士がヴァチーカからの街道からそれぞれ別の人影が近づいている事に気付いていた。
「おい! 後ろからも馬で誰かやってくるぞ!」
「こっちの街道からも誰か2人程やって来たわ!」
「よし! こっちは俺達で対応しよう! そいつは任せたぞグレゴリオ!」
ヘイゼルの掛け声にグレゴリオは「応!」と言い放ち、大きな拳をグイと後ろに引き寄せる。
「弾けろ! 神の筋肉ーッ!!」
ザッ!
グレゴリオは大きく一歩を踏み出し、――
それを
仮面の男は“空”を見上げる。
巨躯の影が舞い降りる。
最早その棍棒で迎え撃つには遅すぎた。
「天誅ぅーーっ!」
バゴォォーーーン!
グレゴリオの放つ拳が仮面の男の顎を的確に捉えた。
「ぐはぁぁーーっ!」
仮面の男は地面に叩きつけられる様にぶっ飛ばされて後方へズザザッと砂埃を上げていく。
その様子を見ていた賛美の集団の一人。
まるで少女の様な顔つきで、頭のシスターベールの上から赤い角飾りを付け、小悪魔を模した
「やっぱり~元ラピス聖騎士団長、その強さは格別ですわ~! 流石戦闘のエキスパート! 隔なる上は~、こちらも戦闘の“エキスパート”をお呼びするしかないですわよね~。皆さ~ん、【
賛美一体教会の使者たちはその
すると全員の体から、妖しげなオーラが湧き起こり、やがてそれは地面の一点に吸い寄せられる様に集中し、そこにはポッカリと黒い円が現れた。
「んふふ~良い感じですわね~♪ 出でよっ!」
賛美の者たちが戦いのエキスパートを望み、その黒き円よりムクリと現れ出でたのは、爆炎を身に纏い鬼の形相をした人外。
――それは“冥界の者”であった。
「火を重ねれば炎」
その者より放たれし強大な炎がグレゴリオを襲う!
グレゴリオの前に2人がサッと退魔の剣、そして大きなメイスを前に構え立つ。
退魔の剣から黒いオーラが、メイスからは白いオーラが3人を守る様に盾となって現れた。
「ぐあぁぁぁっ……なんちゅう魔力じゃ! 奴は“魔神”か?!」
「退魔の剣でも受け切れないっ!」
「2人とも、もう少し頑張ってくれ! 俺が何とかする!」
グレゴリオはそう言うと、賛美の集団が居る方へと猛然と走り出した。
この“魔神”の如き恐ろしい者を召喚したあの賛美の者を倒せば何とかなる、そう直感したのだ。
それに気付いた冥界の者はグレゴリオに手をかざし、次の火炎を放たんとする。
「ちときついがも少し頑張るか! お主の相手は儂らじゃぞ!」
「魔神退散! 行きますよーっと!」
白き輝きを放つ巨大なメイスと、大きな叫哭をあげる退魔の剣が冥界の者に向けて降り降ろされる。
「火は暴れ、爆ぜる」
その者は手を二人の方へとかざし変え、冷酷無比の響きで言った。
強烈な爆発の衝撃と轟音。
後方へ吹っ飛ばされた二人は、気を失い地面に伏していた。
倒れた二人を庇う様にして、白銀の弓を構えた青年と、白銀の剣を構えた
この白銀の剣を持つ
しかし、圧倒的な力を持つその者に対し数で対抗したとしても何になろう。
二人はその者に対しジッと構える事しか出来ずにいた。
◇
一方、ヘイゼルと女騎士が相対したのは、街道をやってきた異端審問官たち。
二人の異端尋問官は賛美の者と思わしき者たちとの交戦を繰り広げるヘイゼルらを確認すると問答無用で武器を構え突進してきたのだ。
女騎士の持つ青白き矛槍がぱーっと光り輝き、審問官らは思わず目が眩む。
その隙にヘイゼルが縄でぐるぐるに異端審問官2人を巻き上げてしまった。
「貴様らーっ! 私達へのこの仕打ち、異端審問所を敵に回し只で済むと思うなよ!」
そんな声に気にする事無く、ヘイゼルらも素早く冥界の者に立ち向かう。
冥界の者は、目の前に揃う聖職者達に向け右手をかざす。
「汝らに問う。炎重ねれば何となる。炎暴れれば何となる」
その手に強大な邪気が集中する。
それは地獄を彷彿とさせる獄炎。
冥界の者の立つ足元、現れ出でた黒き円よりその者に
その邪気を以って為す業は、ヘイゼル達にその者を益々“魔神”と思わしめたのだ。
それはつまり、“普通に戦っても絶対勝てない”と言う事をヘイゼル達に悟らしめるのに十分であった。
(続く)
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