34話.夜明け

 東の空はまだ暁闇。

 

 ヘイゼルの小屋には賛美一体教会へ向かう同士が集まる。

 グレゴリオ、ヘイゼルを含め、全部で6名だ。


 グレゴリオは久し振りの同士の顔をぐるっと眺め、皆、変わらぬ様子である事にニカッとすると気を引き締めて挨拶した。


「みんな、良く集まってくれた! ヘイゼルから話は聞いていると思うが、相手はあの賛美一体教会だ。十分用心してくれ!」


 巨大な十字架状のメイスを手にした神父。

「さ~て、一つ悪行退治といくかのぅ! 儂のこのメイスで成敗してくれるわ!!」


 青白く輝く大きな矛槍を手に騎士の恰好をした女性。

「私も微力ながら、この槍でサポートするわ! 悪しきを祓い、清きを護る!」


 白銀に輝く大きな弓を持つ青年。

「俺の聖神弓で悪を穿つ!」


 そのか細い体とはあまりに不釣り合いな黒き巨大な剣を背負う少女。

「この剣は強力な魔除けです! これでお手伝い致します~!」


 頑丈そうな革の手袋を嵌め、グッと握りしめながらヘイゼルが言う。

「グレゴリオよ、このメンバーなら決して賛美一体教会が刺客を送ろうと引けを取らぬと思うのだ。俺もいざとなったこの“鉄拳制裁”であいつらを目覚めさせてやる」

 

 6名は元ラピス聖騎士団のメンバーだった。



 聖騎士団の歴史は少し複雑だ。

 そもそも聖書には、『汝、殺すべからず』とある。

 これは主が、人が人を殺す事を戒める御言葉だと解釈された。


 その事は、次の事を語る時、解釈の点で大問題となった。


 多くの人々が、互いに殺し合う『戦争』についてだ。

 聖職者なら皆こう述べるだろう。


「戦争は、憎悪さるるべき罪である」


 それは『汝、殺すべからず』という、教えの大原則に反する大罪である。

 聖書は他にもこう述べている。


 戦争が産む受難とは、

 他者を傷つけんとする意図そのもの、

 復讐への飽くなき渇望、

 留まらぬ征服の欲求、 

 残虐な謀略、

 無慈悲な魂………だと。 


 だが聖職者達を悩ませたのはこの、“憎むべき戦争”をどう絶やすかであった。

 

 結局、その歴史の中で彼等が気付いた事は、“祈る”だけではその受難のどれ一つ、解消するに至らず、どうしてもその憎むべき戦争を絶やせなかったのだ。


 止められぬ犠牲と敵わぬ願いの苦悩の茨を歩む中、彼らは大いなる矛盾と妥協を秤にかけて、常にその秤の傾きを再確認しながら次の様な解釈を受け入れたのだ。


 戦争は根本的には非道な行いであり自制すべきとする一方で、それが避け得ぬ場合には、国を、法を、自らを守る為それを起こさねばならぬ。

 そしてその備えを行う事は、疑いなく許されるのだ――と。


 乃ち、聖書には『汝らの剣を捨てよ』とはどこにも示されていない――と。

『剣を取る者は皆、剣で滅びる』そう述べるに留まっているのだと。


 戦争を防ぐ事が不可能と知った教会は、代わりに兵士らをカリクティス教化する道を選び、彼らが臨む試練を“聖戦”と呼ぶ事にした。


 そうして、聖騎士団は生まれた。



 ラピス聖騎士団は大いなる自制の許、善を広める為の、そして主や教えを守る砦とならんと聖ラピス教会で結成された聖騎士団だ。

 だが現在は、聖ラピス教会ではその必要性が無い程に平和が保たれているとされ、ラピス聖騎士団は解散し、その多くのメンバーは中央へと移り、彼等を必要とする機会に備え、準備していたのである。


 彼らは数ある聖騎士団の中でも抜群の力を発揮した者達であった。

 しかも皆、『剣を取る者は皆、剣で滅びる』という聖書の教えをうに覚悟した者達だ。


 団長グレゴリオを筆頭に、皆、日々の鍛錬と祈りを欠かさず、その体力は“底無し”と評されたあの修道女シスターレイナと同等以上である。


 祈りを戦う為に捧げる彼らは、その祈りの力を武具或いは己の拳に有し戦う――まさに純粋な“戦いに生きる”集団であった。



「うむ、主な目的は2つ! アーロン神父の奪還とデイビスの拘束だ! 私が得た情報によれば奴らは“穢れた聖杯”なる怪しげなものを利用して何か良からぬ事を企てている様だ。出来ればそれも阻止する!」


「まさかそれを利用して強力な邪神でも呼び出すつもりなのかしら。そんなことになったら、エウロペの第二の悲劇にもなりかねない。そうなる前に浄めなきゃ!」


「はぁ~神様! この退魔の剣を存分に振るう大義を、どうかお許し下さい!」


 最後にグレゴリオは言った。


「父と子と聖霊の御名のもとにこの剣を取ろう。それは“真実”の守護の為、そして十字架の敵に立ち向かう為に振るうのだ! みな覚悟はいいか? では出発するぞ!!」


 空は払暁の色に染まっていた。



 空が曙色に染まる頃。


 ここは賛美一体教会。


「デイビス様、使いの鴉から神父やらシスター達が6人ほど群れ為してヴァチーカよりこちらに向かってきているそうです」


「なぁに~? ふむー……」


 恐らくアーロンの事だろう。

 しかしデイビスは忙しかった。

 彼はある結界の解除に取り組んでいた。


(今、手を休めるわけにはいかんのだ。

 それに、この解除にはアーロンの力も必要。

 今アーロンを奪われる訳にはいかん……)


 総帥が戻らぬ内には、今は眠るアーロンの力を利用出来ない。

 報告に来たその者たちに指示を出すデイビス。


「お前達で何とかしてくれ。手段は問わん! 全力で奴等を止めろ!!」

「判りました。きっと恐怖の顔に陥れてみせますわ」

「あぁ、我がPain痛みを糧にその力、発揮して見せましょう」

「彼等に絶望のメルヒェンワールドをお見せしま~す!」


 こうして賛美一体教会からも6人の影が教会を後にした。

 空には無数の鴉が集まり大聖堂のある方角に飛んで行った。



 陽が姿を現して、澄み渡る空色が空全体に広がりを見せる頃、なぜか聖リモーニージス大聖堂の上空にはたくさんの鴉が舞い、怪しげな空模様を見せていた。


 大聖堂の堂内では賛美派の信者たちが押しかけ大声を張り上げていた。


「我らに仇為す異端者達に罰を!! あの者共へ制裁を!!」


 騒ぎを聞きつけ、颯爽と信者たちの前に現れ出でたのは、聖ラピス教会に出向きカタリーナの指名手配を言い放ったあの異端審問官ダニエーラだった。


「何事だ!この騒ぎはーっ!」


 するとその信者たちの騒ぎを静めようとしていた一人の修道女が答える。


「あ、あの、聖ラピス教会のグレゴリオ神父を筆頭とする数名の者達が賛美一体教会に向かったそうなんです」


「なに? それはどういう用件で向かったのだ」


「そ、それは判りません。ただあの信者達が言うには何か良からぬ事を企んでいるとか」


「ふむ、確かに怪しい行動だ。よし、皆の者静まれーーッ!!これから私が責任を持って彼らを拘束し、審問を執り行う! この件は全て異端審問所に任せよ! これ以上騒ぐ様であれば、お前達も捕らえられる事になろうぞ!!」


(た、大変な事になったわ! 何とか先回りしてヘイゼル様にお伝えせねば)


 事の様子をそっと聖堂の柱の陰から覗き見ていたもう一人の修道女。

 昨日ヘイゼルに声をかけられたのだが自信が無くて申し出を辞退した者だった。

 

 こっそりと裏口から外へ出る。

 急ぎ修道宿舎の自分の部屋へと戻り、聖騎士を目指した時分に準備した大事な白銀の剣を腰に携え、厩舎より馬を拝借、ヘイゼル達の下へと向かうのだった。



(続く)

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