エピソード.ルビスの友達

31話.出会い

 原初の竜使いルビス=カリクティスは、竜人族ドラゴニュートではない。

 また竜の渓谷内では数少ない“術”の使い手であった。

  

 因みにそれは魔術では無い。

 それは恩寵カリシュという。


 彼女の一族は代々、この恩寵カリシュを研究する天界の神官であった。

  

 渓谷内で彼女をよく知る者は少ない。


 なぜなら彼女は極度の人見知り。

 生まれ育った場所は滅多に竜人が立ち入らない“高地の裂け目”であった。

 しかも現今の住処は彼の英竜、創世のジェネシスドラゴンが住むと言われ竜人達から崇められていた霊峰、西の山である。


 渓谷は北に高地、東に森、南に草原、西に山がある。

 そして“大地の裂け目”と“高地の裂け目”と呼ばれる大きな渓谷がある。


 “大地の裂け目”は、その大地に南北に沿って深く大きく抉られた谷。

 大地を流れる川は全て、この大地の裂け目へと通じ、幾つもの滝となって落ちその谷底を流れる川となった。

 そう、人間界と通じる滝の裏の洞穴があるあの谷だ。

 暗黒大陸の砂漠に刻まれた深い谷も同じ名称で呼ばれている事は決して偶然では無い。そう伝える者が居たという事だ。

 

 さて、その岸壁には岩喰い竜が空けた洞穴が幾つもあり、そこには地上を追いやられた下等な竜種や生物種、或いは訳ありや傷つき一時的に避難した竜などが利用している、渓谷内では比較的穏やかな場所だ。


 一方、高地の裂け目だが、渓谷の北には大地より大きく突出し、まるで円柱の様な形をした高地がある。大地の裂け目がそのまま続く様にしてその高地の中央まで深く抉られて出来た谷をそう呼ぶ。


 やはり岸壁には幾つもの洞窟があり、その中には凶暴なドラゴンが住んでいる。しかも高等竜種が非常に多く、竜同士の諍いがいつも起きている。ここに立ち入ろうものなら必ず竜の襲撃に出くわす大変危険に満ちた場所だった。 

 この地が竜の渓谷と呼ばれる所以である。


 ルビスは幼少より両親と高地の裂け目に住むドラゴン以外を目にする事は無かった。そんな危険な場所にルビス達家族が住めたのは、ひとえに優れた洗脳術を扱えたからだ。ルビスの父などは高地の裂け目で最上位クラスのドラゴンをも洗脳出来る。彼らがこんな危険な場所に住まう理由、それはこの高地に封印されし神竜を監視する為だった。


 ルビスは10才の頃、この渓谷には竜人なる種族が居る話を初めて父から聞いた。

 それから間もなく急に父は姿を消す。


 それっきり父が戻る事は無かった。

 父の名は<マグナ=カリクティス>――カリクティス教の始祖である。


 それからルビスは母の女手一つで育てられた。

 母は知る限りの渓谷で生き抜く術を、そして自分達一族の話を聞かせてくれた。

 

 しかしある日、母は森に木の実を採りに行ったまま帰らぬ人となる。

 ルビスはこれを、テレパシーの様な物――後にそれは【遠隔会話テレコトーク】という術だった事に気付く――を受け取って、凶暴な邪竜に襲われた事を知る。


 ここに住む限り、私は一人……ルビスは友達が欲しかった。

 それに自分が、高地に封印されし神竜を護る立場だという事は承知していたが、今の実力は父や母と比べるとあまりに不足している。

 そこでルビスは修行も兼ね、竜人達に会う旅に出た。


 しかし、ルビスは極度の人見知りであった。

 初めて竜人に出会い話しかけられた時には、洗脳術をかけていた。


 “見知らぬ竜にはまず洗脳”


 それが幼少より両親から口酸っぱく体に叩き込まれたいわば家訓であった。

 その癖が竜人に対しても出てしまった。

 話しかけれられると極度に緊張し、反射的にかけてしまうのだ。


 当然、洗脳術をかけては会話など出来るものじゃない、それはただの一人芝居。 

 だから洗脳術をかけては、ごめんなさいとその場を逃げ去っていた。

 そんな事が続きなかなか竜人の友達が出来ずにいた。



(今日こそは……!)


 そんな気持ちを胸に秘めつつ、移動用にドラゴンを1匹洗脳しようと森を探索していたある日の事。


(あ! 居た。丁度手頃なサイズね)


 森で見つけたのはアイボリー色をしたドラゴン。

 比較的おとなしい竜種で、しかもどうやら昼寝をしている様だ。


(眠っている……丁度良い、えい!)


 すると眠っていたそのドラゴンは目がとろ~んと開き、ルビスの方を向いた。


「よし成功~! ごめんねー、せっかく気持ち良く寝てたのに」


 そう言って、ドラゴンの背に乗ろうと近づいた。

 その時である。


「トゥ!」


 猛ダッシュで向かい、流れる様な身のこなしでルビスが洗脳術をかけたドラゴンに延髄蹴りを決める謎の青年。


ドゴッ!


(あーっ! 解けちゃったかも……)


「よう、女の子が一人でこの森うろついてちゃードラゴンに襲われちまうぞ! ま、俺様が来たからには大丈夫! コイツは任しときな」


「あ……はい」


 ルビスは、彼がドラゴン相手に奮闘する姿を離れた木の陰からそっと見ていた。

 やはりドラゴンの洗脳は解けたらしい。

 操る事は出来ず、その青年を敵とみなし反撃しようと構えている。

 しかし彼の流れる様な身のこなし、見た事の無い体術は、終始ドラゴンを圧倒しており、とうとうドラゴンは彼の攻撃に耐えかねて逃げて行った。


「よっしゃー! 一件落着」

「あ、あの……」


 木の陰から姿を現し、青年に近づくルビス。

 高まる緊張を何とか堪えつつ思い切って話しかけてみた。


「なぁに、お礼なんて要らねえ。俺にとっちゃ良い準備運動だぜ。ところで……見かけない顔だなぁ。俺の名は<ロギー・G>。ロギーって呼んでくれ。お前、どっから来たんだ?」


「わ、わわ、私の名は<ルビス>。こ、高地の裂け目から来たの!」


「ハッハッハ! 高地の裂け目だって? あそこは高等竜種の巣窟、超危険地帯だぜ。お前、そんなとこから来たって言うのか? 面白い奴だなー。なんでこんなとこに居るんだ?」


「あ、あの、私。た、旅をしているの。それで……ド、ドラゴンを1匹操って移動しようかと……」


「え?! お前ドラゴン操れるのかよ! じゃあひょっとしてさっきのは……」


 ルビスはこくりと頷いた。


「あちゃー、余計な事しちまったかー。ま、悪気は無いんだ許してくれ!……ところでさ、俺も乗せてくんねぇかなー、ドラゴン。探すのは手伝うからさ」


「う、うん。良いよ。その代り……ええっと……」

「うん?」

「その……と、友達になってくれる?」

「はは、お安い御用さ! ルビス、よろしくな! よっしゃ、ドラゴンを探すぞー!」


 それがルビスにとって初めての“友達”となったロギーとの最初の出会いである。


~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・


 俺は早く乗りたさあまり、森を駆け回り、その甲斐あってドラゴンはすぐ見つかった。ルビスが洗脳術をかけ、2人でドラゴンの背中に乗っかる。


「じゃあ……飛ぶよ」

「あ、あぁ(緊張するぜ……)、う、うわぁッ!!」


 空に向かってドラゴンが飛び立った時、俺はバランスを崩して後ろにのけ反り、ドラゴンの背から落ちそうになった。

 慌ててルビスの体に掴まる。


むにゅ


「きゃあ!」

「え? あ!」


 咄嗟だった、悪気は無い。

 ただ落ちそうだったから掴まった。

 俺はルビスの胸を後ろから両手でむんずと掴んでいた。

 反射的にルビスから平手打ちが飛ぶ。


バチンッ!


 すぐさま俺は手を放したがルビスの平手打ちは俺の顔にジャストミートした。

 鼻血が垂れる。

 俺は尚、謝った。


「わ、わりぃ! 悪気は無かったんだ! 落ちると思って掴んだ先が“たまたま”そうだっただけで……ほんとさ! 友達だろ? 信じてくれ」


 その言葉に少し冷静になってくれたのか、それじゃあと俺を前に座らせた。 

 彼女との間に沈黙が流れる。


 やっぱ、もう一度ちゃんと謝った方が良いよな、きっと。よし……!


「あ、あの。なぁ、さっきは……」


 俺は改めて謝ろうと思い後ろに体を向けた。

 すると、なぜか急にドラゴンが急加速し出したんだ!


「うわぁーー!」


むにゅ


 前のめりになった俺は思わず手が前に出た。

 そこにはまたルビスの胸があった。


「な、なんだとーーっ!!」

「きゃあああーーーっ!!」


 ドラゴンが急上昇したかと思うとそのままくるりと1回転した。

 突然逆さまになったもんだから俺はどこにも掴まり損ね、ドラゴンの背から真っ逆さまに落下した。


「ぎゃあああーー助けてくれーーーっ!!」


 俺の悲鳴に気付いてくれたルビス。

 何とかドラゴンの背でキャッチし、助けてくれた。


「た、頼む! 一回地上に降ろしてくれっ!!」


 一旦地上に舞い降りるドラゴン。

 俺はすぐさまその背から飛び降りて、土下座してルビスに謝った。


「す、すまねぇ! まさか急加速すると思わなかったんだ。俺はただ謝ろうと後ろを向いて……」


「ん~ん。私があの気まずい雰囲気を何とかしようと急加速を命じたの。スカッとすれば気分も紛れると思って……」


 とても落ち着いてドラゴン飛行を楽しむ気分じゃなかった。

 俺はまたな、と挨拶して家に帰る事にした。



(続く)

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