30話.誓いのワイン
キースは皆に呼びかけた。
「よっしゃあ! 準備は整った。俺達の世界じゃこうすんだ。誓いの儀式さ。悪いがみんな、グラスかコップを一つ用意して持ってくれ」
近くの家々からグラスやコップ、その代わりになる物が集められ、そしてカタリーナが運んだ大きな樽の前に並び、一人一人それに中身を注いでいくキース。
「よっし! それじゃあ俺がまず誓いの口上を述べる。その後“乾杯”って言うから、そしたらみんなも“乾杯”っつって飲んでくれ!」
アルスレイはじめ
どうやらこの竜涎香ワイン、彼らには良い香りと受け止められた様だ。
(コイツらとは気が合いそうだぜ!)
しかめっ面で鼻を摘まむカタリーナを傍目に、キースは高揚した。
グラスを高々と掲げ、大声で口上を述べるキース。
「今日ここでぇ、互いに“仲間”であると確認出来た事にぃ! その良きめでたきをぉ、ここで互いに誓える事にぃ! 乾杯ぃ!!」
広場に“乾杯!!”の大合声が上がると、一斉に皆、グラスを傾ける。
どよめく歓声。
「美味い! なんだこれはっ!!」
「くはーーっ一気に飲めるぜ!」
「こんな美味しい飲み物、初めて!」
キースも一気にそれを飲み干した。
カタリーナは鼻を摘まみながら、しかしそれを飲み干していた。
そんな中、アルスレイは感極まっていた。
(笑顔の皆……今、この瞬間は誰もが同じ気持ちだ。
味だけでない――きっと“仲間”だという気持ちも……)
「キー…ス、それ…にカタ…リーナ……」
アルスレイは言葉を詰まらせながら、二人の下へ歩む。
思わず顔を見合わすキースとカタリーナ。
二人は声を揃えて言った。
「「仲間だからな(ね)」」
途端にアルスレイは顔をしわくちゃにした。
頬を伝うそれは、これまで流してきたのとは違う感じがした。
(あぁなんて……暖かい涙だろう)
アルスレイは二人と固い握手を交わし、キースに勧められるままワインを共に乾杯するのであった。
◇
(ふぅ~飲んだ飲んだ、ちっと小便するか)
キースは広場を離れ、近くの木の陰で用を足す事にした。
結局、大樽1つは空けてしまい2つ目に突入していた。
すっきりしたキースがちょっと離れた向こうの木陰に女の姿を確認した。
「あれ? なんだ、お前。集まりに遅れちゃったのかよー。早くしねぇと無くなっちまうぞ!」
キースはその女性を引き連れ、空いたグラスに竜涎香ワインを注いで渡す。
「ほら、これ飲みな? 竜涎香ワインって言うんだ。きっと気に入るぜ!」
匂いを嗅いだその女性はその香りが気に入ったのか、やはり笑顔となった。
そしてグラスを一気に飲み干した。
「これは……美味い!」
「そうかそうかー! そりゃー良かった! じゃあお前も仲間だ、お替わりしな!」
グラスに2杯目を注ぐキース。
すると上機嫌の女性はこんな事を聞いてきた。
「……ところで、リーダーはいるか?」
「ん?
キースはカタリーナとキャサリンを呼び寄せ、一緒にアルスレイを探した。
「居たいた! アルスレイ! それじゃあ俺達、そろそろみんなの所に戻るからよ。本当に世話になったな」
「何を言う、こちらこそお礼を言わなければ。本当に今日はありがとう!」
「いやいや、これから大変になるのは渓谷のみんなだって事は変わりねぇし、せめて今日ここで確認出来た絆の力で何とか乗り切って欲しいぜ」
「あぁ、もちろんだ。きっとどんな困難も乗り越えて見せる」
「その意気だ! そうだ、今日広場に集まるのに遅れた奴が1人居たみたいだぜ。お前の事探してたんだ。ほら、あの大樽の前で待たせてるから。じゃあ後は頼んだぜ」
見送りは要らないとキース達三人は渓谷から静かに去って行った。
大樽の方へ目をやるアルスレイ。
そこにはアルスレイの知らない女性が美味しそうにワインを飲んでいた。
頭に角がある。しかもその色は黒い。
アルスレイは、気を引き締めてその女性の方へ向かって行った。
「私の名はアルスレイ。ここの
「私はツィルニトラ。お前、魔族か!」
そう言うと女性は笑顔で握手を交わし、しかもアルスレイに抱きついてきたのだ。
「ハッハッハ、嬉しいぞー。まさか“同族”と会えるとはな! 仲良くやろうではないか。私達が住む土地の湖に突如、この地が出現したのだ。どうやら我々の仲間と同族が多い様だな。魔族は主と我だけだが。それにしても旨い酒だ! 是非我々の仲間達にも飲ませたい! 呼んできてもよいか?」
「ああ! 私も知りたい事がたくさんある。我々と共に仲良くなろう!」
二人は竜涎香ワインで乾杯した。
相手を信じる絆が築ければ、心から“仲間”って思えるのだとキースのセリフをアルスレイは頭の中で繰り返す。
同じ魔族同士、恐らく似た様な苦労も抱えてきただろう。それに初めての同族同士、仲良くなりたい――そう感じていた。
このワインは、互いの心を通わせるのに最適の魔法だ! あぁキースにどこで手に入れられるのか聞いておけばよかった――そう思っていた。
不安が山積みだったこの竜の渓谷に、明るい陽射しが見え出した――アルスレイはそんな気がしていた。
◇
キースとカタリーナはキャサリンに乗って、カーサネグロへの帰路に就いていた。
「ねぇ、キース」
「あ、なんだよ?」
「今日はお疲れ。なかなか良い事言うじゃん!」
「当た棒よ! これでも一応責任感じてたしな。なにより、“仲間”が悩んで困ってたんだ、当然だろ?」
「へぇ~……そういう事サラッと言っちゃうとこ、嫌いじゃないね」
「惚れたか?」
「バーカ。でもみんなには良い報告が出来そうね」
「あぁ! 今日はみんなで祝いの宴だ! 飲むぜー竜涎香ワイン!!」
やれやれ、まだ飲むのかと呆れ顔のカタリーナであった。
(ま、今日くらいは羽目を外しても許せるか。お疲れ、キース)
地平線に目をやると陽は沈み、東の空には夜が色濃くなり始めていた。
夕日の空を背景にカーサネグロの街の暗がりに灯りがぽつぽつと見えてきた。
「綺麗な景色だな」
「そうね」
『えぇ』
種族など関係ない。
ただそこにあったのは、
気兼ねない仲間と過ごす空間と時間。
心地よい風が、三人を吹き抜けた。
(第6章へ続く)
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