29話.仲間
広場は喧々囂々としていた。
渓谷に起きた“変化”について、私の話を聞いてからだ。
「結局、異世界から来た奴らが好き勝手荒らして帰っちゃったって話だよなー!」
「それは違うんじゃない? ミスティ達は牧場を荒らす邪竜を倒してくれたし、他のメンバーも西の森に住む邪竜を倒してるじゃない」
「でも結果、この渓谷に齎されたのは見た事の無い竜種の出現とか新たな脅威なんだよなー」
「いや、それが俺達の生活に脅威となるかまだ判らんぞ。利用出来るかもしれんし」
「でも渓谷の竜を統べていた西の山の守り神、ジェネシスドラゴンも亡くなったのでしょう? 不安だわ」
「確かにな、それがきっかけで残っている邪竜達の活動が活発になるかもしれん」
「それに、異世界から来たっていう事の元凶、“神父”とやらがまだ渓谷に残ってるんだろ? そいつがまた冥界の王とやらを召喚でもしたら……」
あちこちで飛び交う意見。
そうだろう――それはこれから自分達の身に降りかかるかもしれない恐怖と不安、こんな事になってしまった苛立ち、嘆きだ。
だがそれらはやがて入り交じり熱を帯びるとともに、遂には罪に対する責任と罰を求める怒号へと変わり果てた。
「そもそも異世界と通じる洞窟の見張りが不十分だったんだ!」
「それに異世界から来る奴等を安易に受け入れすぎだ!」
「
確かに、過信はあったかもしれない。
異世界から来る者達の実力など大したことない、何かあっても自分達で幾らもコントロール出来る、と。
少なくとも過去渓谷に来た異世界の者達の実力はほとんどその程度であった。
「ちょっと待ってくれ、みんな!
「そんな判断ミスしたお前に俺達の暮らしの安全をどう保証してくれるって言うんだ? 大体こんな事になったのもお前が俺達とは違うから……」
その一言に私は気付かされた。
あぁ……やはり、みんなの心の奥底には“それ”がずーっとあるのだな……。
普段はもうすっかり消えたと思っても、ある日ひょんな事で現れ牙をむく。
私のこれまでの努力など……。
「その話、ちょーーっと待ったーーッ!!」
上空から聞こえたその大声は、聞き覚えのある声だった。
「キース!?」
◇
ドラゴンに乗ったキース。
そして向こうの方からガラガラと荷物を載せた荷車を引く白い衣装の者がやってきて私の横に到着した。
「えー俺達は、つい昨日まで異世界から来てたメンバーのひとりキース。そしてこっちはカタリーナと言います。今日はメンバーを代表して皆さんに謝りに来ました。これまで平穏に暮らしてたみなさんの渓谷に、この様な混乱と不安を齎してしまい、本当に申し訳ございませんでしたーッ!!」
キースとカタリーナは皆の前で頭を深々と下げた。
「それで……今までみんなの話を聞かせて貰ってたんだけどよー……悪いのはアルスレイっていう話の流れになってたもんでな、そりゃー違うんじゃねぇかって。だってそうだろ? わりーのはコイツです」
そう言ってカタリーナを指差すキース。
「ええっ?!」
「だってよー、悪い神父が追って来たのはコイツ。そいつがハデスを召喚し化け物共が戦いだして、その中でジェネシスドラゴンが倒れ、バハムートが倒れ、結界は崩壊し、こうなった」
「ちょ、ちょっとちょっと……!?」
「でもな、コイツも故意でそうした訳じゃねぇ!!」
キースはカタリーナが頭から被っていた衣装をバッと脱ぎはぐった。
小さく縮めていた黒い角が復元し、ズズズッと突き出す。
それを見た広場の者達が騒めいた。
「コイツはその神父との戦いの中でこんな悪魔の体になっちまった。それでもアルスレイや俺達を救おうと必死で戦ったんだ。あのハデスからみんなを守る為に必死になって、あいつを倒す為に頑張った。お陰であのハデスを倒す事が出来たんだ! なんでコイツがそうまでして体張って頑張ったか、判る奴居るか?」
先程の喧々囂々が嘘の様に、広場は静まり返っていた。
「アルスレイも異世界からやって来た俺達と一緒になって必死に戦ってくれた。何故だか判るか? そりゃー俺達が“仲間”だからだ! カタリーナは人間だったが体が悪魔になっちまった、でも大事な“仲間”だ! アルスレイとはほんの2日ばっかの付き合いだが、もう俺達にとっちゃ大事な“仲間”だ! 種族だとかかけた時間なんかは大事じゃねぇ! そいつを信じられるって絆が築けりゃその瞬間、心から“仲間”って思えるんだぜっ!」
私は、固唾を飲んで聞き入っていた――それはきっと皆も。
「お前達はどうなんだ? これまでアルスレイが皆の為にって、俺達なんかより何倍も時間と骨身を削って築こうとした絆を、お前達はちゃんと受け取ってやれたのか? 俺はさっきのお前達の話を聞いて居ても立ってもいられなくなったんだぜっ」
心が震えていた。
それこそ、私がずーっと心の内に忍ばせていた想い。
どんなに明るく気丈に、きっと大丈夫と信じて表には出さずに振る舞っていてもいつもついて回った翳。
その翳が私の心の中を大きく広がっていく。
もうこの場から逃げ出したい!
しかしそれはキースによって阻まれた。
キースが私の手首をガシッと掴んだのだ。
私はキースを見た。
“行くな! 今、逃げちゃあ駄目だ!”
彼の顔には、そう書いてある様に見えた。
「私は……私が魔族で皆と違う事をずーっと気にしてきた。でも私は皆と“仲間”でありたい、だから皆の幸せも守ってあげたい、そうやって一生懸命頑張って来た。それでも、“皆とは違う”――その不安がずっと付き纏っていた。そんな時、種族を超えて“仲間”の為に頑張るこいつらが羨ましかった。だから……」
私は心の内を一気に吐露した。
静寂は暫く続いた。
◇
「お、俺は……いや俺達は、アルスレイさんを“仲間”だと思っている!」
静寂を破ったのは一人の
すると別の
「ああ! アルスレイさんは俺達の“仲間”だとも!!お前などにそう言われるまでも無い!!」
広場のあちこちから「そうだ、そうだ!」と声が上がり始める。
「ちょいといいかい!」
母さん!
「あたしゃこの子の里親さ。確かにね、この子はあたしらとは種族が違う。でもあたしはそんな差別をしてお前を育てた覚えはないよ! それにね、みーんな、お前の頑張りを見てきたし、それに助けられたこともしっかり覚えてる。あたし達はとっくにお前を“仲間”だと思っているよ!」
あぁ、母さん!
「 アルスレイ、済まなかったね、お前の気持ちに気付いてあげられなくて。あたしが弱音を吐くな! なーんて教育しちまったもんだから、余計に苦しめちまったんだ……。みんな! どうかアルスレイを、うちの子を“仲間”だと思っているなら、声を上げて“仲間だ”って言ってやっておくれよ!」
「仲間だ!」
「仲間よ!」
「仲間だとも!」
広場全体に暖かな大喝声が響いた。
あ、ありがとう……みんな!
心の翳に光が当たる。
優しく暖かな光だ。
私は目から大粒の涙をこぼしていた。
(続く)
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