28話.最後の片へ

 ジークの案内で私達は大地の裂け目から少し南にある街<シジール>に着いた。


 <シジール>は大地の裂け目から最も近い内陸の街で、キャラバン隊の交易ルート中継地の一つだという。ジークも以前、ここで帰りのラクダを借りたのだそうだ。


 キースと私はキャサリンに乗って上空から道中、砂嵐や盗賊などの危険は無いか、見張りを担当した。


 こうして私達は無事オアシスに到着し一泊する。

 すると早朝、キースがミスティとキトゥンに相談をしていた。

 ミスティは暫く思案していた様だけど、ジークやオジキ、ロイらと話をしながら漸くキースにこう言った。


「判った。この件はお前に任せる! 言い出しっぺでもあるしな、頼んだよ!」


 間髪入れずキトゥンが続く。


「おい!キース。ミスティの姉御がお前に任せるって言ってんだ! あちらの皆さんに粗相の無い様、責任持ってしっかりやれよ!」


 するとキースは自信たっぷりに、


「あぁ任せといてくれ! それとこの件はカタリーナを一緒に連れて行きてぇんだが……」


(え? 私も……?)


 キースの意図は分からなかったが、私が補佐になればと、それ以上深くは考えず了承した。

 こうしてキースと私はキャサリンに乗った。

 だがキースは、なぜか大地の裂け目にはすぐ向かわず、先にカーサネグロに向かったのだ。


 私はキャサリンの背で白いアバヤを身に纏った。

 これなら街中を歩いても見た目におかしくない。


 そこで気付いたのは意識をすると頭の角が小さく引っ込むのだ。

 ヒジャブで頭を覆う時にそれは起きた。

 正直これには助かった。何せ出っ張りが気にならなくなったのだから。


 着替えながらふと尋ねる。


「ところでキース、カーサネグロに何しに行くの?」

「あぁ? お詫びの品に決まってんだろーがっ! ところで、おめぇこれあるか?」


 ウィンクしながら顔の前で親指と人指し指をこすり合わせている。

 

 うん、まあ足りるだろうなー。

 一応長旅を想定して少し多めに持って来てたし。


 私は大丈夫と答えた。

 それよりも、お詫びの品に相応しい充てなどあるのだろうか。

 そっちの方が心配だったけど、あまりに自信たっぷりなキースの表情を見て私は信じて見る事にした。


 街が見えてきた。


「カタリーナはその格好だからまぁ……目の色があれだがぎりぎりセーフか? キャサリンは完全アウトだよなー。ちょっとあの岩陰で待機してて貰おうかなー」


 街の街道から少し外れた場所にある大きな岩陰に着地し、私達はキャサリンから降りた。

 すると、突如キャサリンの姿が眩しく輝き出したのだ!

 その輝きが治まると、そこに立っていたのは美しい女性だった。


「うおっ! おめぇキャサリンか?!」

 

 透き通る様な白い肌、顔には不思議な紋様が目尻の横とおでこに描かれ、長い赤紫色の髪を束ね、見た事の無い薄紫色の衣装ですっぽり身を包む。

 

『人化の術なら心得ているわ。これでどうかしら?』


 これなら人間だと思えなくないが、ある意味目立つ。


「はえ~、大したもんだぜ。へえ、よく見ると可愛いな。よし、じゃあみんなで行くか!」


 キースはあまり気にしてない……。

 本当に大丈夫だろうか?

 私は少し不安になってきた。


 カーサネグロの街へと入り、向かったのは酒場だった。


「ごめんよ」

「お客さん、まだ店は開いちゃいねぇよ。夕暮れ時にまた来てくんな」

「いや、飲みに来たんじゃねーんだ。ちいと商売の相談だ」

「あれ? あんた、この間竜退治行くって言ってた兄ちゃんじゃねーか?」

「お! 覚えててくれたか。そうだよ、ここでワイン飲んだ客だよ!」


「覚えているさ!うちの自慢の竜涎香ワインを随分美味そうに飲んでくれたからなー。ところで竜退治は出来たのか?」


「いやー、それが退治するどころか仲良くなっちまってなー」

「ハッハッハ、そうかい。で? なんだ、相談ってのは」

「実はなー、ごにょごにょごにょ……」

「む……そうだなー3つ、いや4つかな」

「そしたらそれ4つとも売ってくれねぇか!? 頼む!! 金なら出すから」


「参ったなー、それ程とは思っても見なかったぜ。よし! 他でもねぇあんたの頼みとあっちゃ断れねぇ、良いぜ」


「ありがとうマスター! そしたら早速3つは運んでいくから、外に頼む。あと1つは店にキープよろしくな。よーし! 今夜は飲むぜーーっ!!」


 え? お詫びの品ってひょっとして……。

 本当に大丈夫かなー……。


「ちょいと待ちな。景気づけに一杯サービスしてやっから」


 そう言うと酒場のマスターはグラスに竜涎香ワインを注いで持ってきた。


「おお! これよこれ! 極上の芳香だぜぇ……(ゴクリ)かーっ! たまんねえなぁ!!」


 するとキャサリンも近づき飲み欲しそうな顔でキースを見つめている。


「お! おめぇも飲むか?」


 キースがグラスを手渡すとキャサリンは一気にそれを飲み干してしまった。


「おぉーそちらのお客さんも良い飲みっぷりだねー!!」


 酔いが一気に回ったのか恍惚の表情でフラーっと倒れそうになるキャサリン。

 慌てて抱きかかえるキース。

 すると、


ボンッ!


 なんとキャサリンの鼻の頭がドラゴンのそれに変わってしまった。


「うわわ……だ、大丈夫か!? キャサリン!」


 キースはマスターから見えない様、キャサリンを後ろ向きにして地面に座らせ、声をかけた。


「ハッハッハ、酒にはあまり強くなかったみたいだな。どれ、それじゃあ早速外に3つ出しとくからよ。少しそこで休ませときな」



 腕を組み目の前の荷物をじーっとみつめるキース。

 そこには大樽3つ、借りた荷車、それに気持ち良さそうに眠ったキャサリン。


 あの後、結局キャサリンはどうにか顔を人に戻したがそのままぐっすり眠ってしまったのである。そしてキースはやれやれと店の外に運ぼうとしたのだが、


「お、重てぇ……」


 どうやら人の姿はしているが体重までは変わらないらしい。

 そこで私が抱えて外まで運んだのだ。

 

「よっしゃ。じゃあカタリーナ、俺達を引っ張って運んでくれ!」


 キースは事もなげにそう言った。


 ええっ?

 いやいやいやいや無理でしょ?!

 いくら悪魔化してパワーがあるとはいえさー。

 そりゃーキャサリン一人くらいなら持てたけど……。


「ま、物は試しだ。やってみようや」


 荷車に樽を3つとも乗せロープでしっかり固定すると、そこに更にキャサリンを乗せ、そしてキースが乗り込んだ。

 荷車は大分頑丈そうだが、車輪が地面に沈んでいるし、相当な重量だと伺える。


「よし! お前なら行ける! Vamos Vamosレッツゴー!!」


 はぁ……ったく。

 なんか街の人達も集まり出しちゃったじゃない、見物人が出来てるし……。

 私をつれてきたのってそういう理由?

 ……ま、無理だと思うけどやってみるか。


 私は少し引いてみた。


ゴロゴロゴロ。

 

 あれ?


 見物人から驚きの声が上がる。

 私は少し歩くペースを上げてみた。


ガラガラガラガラ。


 イ、イケちゃうかもー!?


 荷車は思ったより簡単に引く事が出来たのだ。


 へぇ私って今凄い力持ってるのね。

 

 私は試したくなったのだ、自分の力が如何ほどかを。

 それに周りの歓声や応援も相まって私は調子に乗った。


「よっしゃーーっ!!」


 気合一発、走りだす。

 最初はゆっくりとそれから段々ペースを上げて。


「うぉーー良いね良いねー! その調子だぜカタリーナぁ!!」


 キースの応援が聞こえる。

 見物人からの拍手喝采を浴びながら私達は街の外へと飛び出した。


 うーん! 気持ち良い!

 よーしそれじゃあ……。


「速度上げるよ! しっかり掴まってて!!」

「え? もう十分なんじゃあ……」


ブォォォォォッ!!


「あ、あの、カ、カタリーナ、さん?!」


 確か、このまま真東に進めばオアシスが見えるハズ……見えたっ!


ズザザザザザザザザァァァァァッ!!


 激しく砂を飛ばしてブレーキしつつ、態勢を荷車ごと南の方角へ90度ターン!

 よし! イッケェーー!!


 私は足に力を溜め一気に、跳んだ。

 地面スレスレを疾駆する。


 電光石火の荷車不死鳥フェニックスね!


 時折、着地しながらまたジャンプする。

 私は自分の持つ強大な力を使う事にすっかり酔っていた。


「た、助けてっ! 死ぬーーッ!!」


 キースが何か叫んでいるけど気にしない。

 あー気持ちいい!!


 こうして私達は、あっという間に大地の裂け目まで到達したのであった。



(続く)

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