15話.教会とバル
部屋にはアルルヤースとヴァルツが二人、共に真剣な顔をして考えている。
そう、カタリーナの将来について一緒に考えているのだ。
アルルヤースは早速カイマンとの話を兄に説明した。
そこで二人は「どうやってあの妹に礼儀作法を身に付けさせようか」と言う事を真剣に考えていたのだ。
「難しいな……」
「あぁそうだね、兄さん」
妹は、興味のある事には大変集中する、剣術がまさにそうだ。
しかし興味の無い事にはからきし手を付けないだろう。
教えようったって上の空だ。
そうに違いない。
だからカイマンが授業するというのを聞いて「あー無駄無駄……」などと二人とも思っていた。それがもう2日もちゃんと続いている事に驚いていた。
カイマンの教え方が余程上手で、妹の興味を上手く引いたのかな。どんな授業なのかちょっと気になるね、そんな事を話していた。
この二人、どうもカタリーナの事について誤解が多そうだ。
「俺達で礼儀作法を教えるというのは無理だろう。カイマンの様にうまく興味を沸かせられそうにない」
「そうだね。むしろ、条件を付けて強制的に礼儀作法をきっちり叩き込む様に仕向けた方がカタリーナも覚悟を決めて素直に学ぶかもしれない」
「それだ! お前、頭良いなー。きっと良い戦略的商人になれるぞ。だとすれば思い当たるのは……」
「思い当たるのは……」
二人は目を合わせ、互いにうんと頷くと、せーので合わせて声を出す。
「「教会!!」」
「ハッハッハ! だよなー。なにせあそこでよく案内してくれる
「そうだね。あそこでひと月も修行すればきっと彼女の様にお淑やかになるに違いない!」
「あぁ、しかもあの教会で修行した聖職者は皆、偉く出世するそうじゃないか。知識教養もそれなり身に付きそうだし、まさに一石二鳥!」
「よし! じゃあ今度、カタリーナに
二人ともカタリーナの将来を心配しているのは間違いない。
しかし教会に
誤解だけでない――妹の事にはどこか短絡的になる二人であった。
「あーところで話は変わるが、アルルよ。お前、バルの
「あぁ、そういうのがあるっていうのは知ってるよ。でもどういうルールかは知らない。実は丁度この前、バルに寄った時の事なんだけど……」
なんと女性に話しかけたという。
店が満員で相席を求める為だった。
その女性は占い師の様な格好で一人でテーブル席についていた。
その時、こう聞かれたという。
「あなた、
アルルヤースは何のことか判らなかった。
しかし暫くすると彼女は相席に応じたという。
「おまえ……そりゃーとんでもない事をしでかしたんだぞ!」
「え? そうなのかい?!」
「実はな、バルの
アルルヤースはそれを聞いてびっくりした。
しかも殺される事もあるかもしれないと聞いては猶更だ。
「だから、バルでは酔っても迂闊に女性に声をかけるのはよした方が良い」
「そうか……。でもその人とは意気投合してね。また今度会う約束をしたんだ」
「……やるな、おまえ」
「ところでさ……このルールはカタリーナにはまだ知らさない方が良いよね?」
「どういう事だ?」
「つまりさ、あいつこの間の誕生日、赤ワインをガブガブ飲んでたろ?」
「あぁ結構お代わりしてたな……って事はバルにも興味がありそうだ」
「もし、バルでアイツが誰か男性から声をかけられたとしたらさ」
「そいつは……まずいな」
「あぁ、声をかけた男性がね」
二人は、もし自分がバルでカタリーナの様な女性に声をかけてたら、と想像し暫く言葉が出なかった。どうもこの辺も、短絡的で誤解に満ちている。
「そうだ! 確か教会ではワインの製造もやってたのでは?」
「なるほど、教会でもワインが飲めるというわけだね。それなら
製造しているからと言って修道士はガブガブワインを飲めるというわけじゃない。
やはりどこまでも妹の事については、どこか楽観的で短絡的な二人であった。
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・
漸く私とカイマンは、教会まで辿り着いた。
「ようこそ、聖ラピス教会へ。お祈りですか?」
一人の
ぱっと見、私と同じくらいの年頃だ。ちょっと色々聞いてみようかしら。
「あの、
「まぁ!
「まず、どんな女性が
「そうねえ、私なんかは両親が熱心な信者でね。それで私に立派な
彼女の話だと、割と特殊な事情で入る者も多いらしい。
例えば、国を滅ぼされた王族や貴族の娘、未亡人、訳有りで街や村に居られなくなった者、魔術士などなど。
「必要な技術や才能は特に無いかしらね。ただ覚悟は必要よ。特にここ聖ラピス教会はとても厳しい修業で有名なの。それでも高い信仰心さえあれば十分こなせるわ」
ふーん、って事は私でも割と簡単に入れるのかしら。
「あとは、私はまだ見習いだからしてないのだけど、正式な
「なにそれ」
「つまり“一生独身で過ごし、自分の身を神と人々に捧げます”という誓いの儀式よ」
「え! じゃあ結婚出来ないの?」
「簡単に言うとそう言う事ね。中には“この教えと結婚する”だとか“神の威光と結婚する”とか言う人もいるわ」
驚いた! 女性は結婚するのが当たり前と一般的に考えられている世の中で、男性と結婚しないという世界に飛び込む女性もいるのね。
訳ありの女性が来るのも納得だわ。
とすると私がここに来るのも訳ありになった時かしらねー。
「ただここで修業した者達はみな高い知識教養、それに礼儀作法も身に付けているの。だから国王から要職に任命されたり、上流貴族の執事とか、或いはここで身に付けた技術を活かしてビール職人やワイン職人の講師に呼ばれ、そのままその道を行く人も中にはいるわ」
「へぇ~意外と凄いのね」
「あなたも
「そうね、もう少し色々考えてみるわ。どうもありがとう」
◇
屋敷への帰り道、バルの前を通った時に飲んだくれて酔っ払った女性が道端で座りながらヘラヘラとこちらを見て笑っていた。それは娼婦だった。
カイマンは「決して選択の一つにあるべき職ではありませんが……」ときっちり前置きし、娼婦についても解説した。
街の宿やバルで酒を飲み酔っ払っている女性が居ればそれはほぼ間違いなく娼婦だそうだ。彼女達は“清潔”が病気の予防になる事を経験的に知っていたのか、昔から温泉場にも多いらしい。
温泉が無くとも街や村には“風呂屋”があった。一日の身だしなみを整える為に私達街の人々は皆、朝、風呂屋を利用した。大抵は街や村に1軒しか無いので職業や身分を問わず交流できる娯楽の場でもあったのだ。当然娼婦達にとってはここも格好の稼ぎ場所、そう言ったところでは娼婦と見間違われぬ様、毅然とした振舞をするか、或いは行かない方が良いという。
「いくらワインが好きだと言って、明るいうちからバルで飲んでいたり、バルにしょっちゅう来ていたり、或いは一人で来ていると誤解されるやもしれませぬ。以前、バルには
「え、えぇ……。」
「あれは、娼婦に間違えられた女性を慮って出来上がったルールなのです。ですからお嬢様はまだ一人でバルに行かぬ方がよろしいでしょう」
実は、前々からバルと言う所には興味があったのだ。
それは誕生日に初めて飲んだサングリーア。あれがとても美味しかった。
だからワインが飲めるお店というのに少し憧れていたのだ。
なんだかそれをカイマンに見越されていた様で、娼婦の説明と言いながらも実はそのうちバルにこっそり行こうと思っていた考えにきっちり釘を打たれた、そんな気がしたわ。
◇
屋敷に着いてから私は自分の将来についてどうしようか考えていた。
でも、どの職業もいまいち私にはピンと来てない。
うーむうーむと唸っているとカイマンが、「とりあえず剣でも振って雑念を払いますかな」と提案してきた。
私は異議無しとばかり賛同した。
(続く)
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