14話.商人の道、職人の道

 私達は街に出た。最初に訪れたのは道具屋だ。


「お! カタリーナのお嬢、それにえーっと……」

「エランツォ家の屋敷に仕えまする執事、カイマンと申します」

「あぁそうだそうだ、カイマンさん。何か用かい?」

「んー、買い物に来たというより社会見学ってとこかしら」


「ハハ!そりゃーお偉いこって。お嬢ももう16だっけか? そろそろお相手を考えなきゃって年頃だな」


 うーむ、やっぱそういうもんなのかしらねー。段々焦りを感じてきたわ……。


「それで、自警団辞めて何か始めようってーのかい?」

「そうねー、商人なんてどうかしら?」


「やめときな! いやエステバンの旦那は立派な大商人さ、それは誇っていい。だが、柄じゃねぇなぁお嬢は」


 すると道具屋の主人は、よしきた! とばかり、手をバチンと打って話し始めた。


「お嬢が女だからってわけでもねぇ。なんせエウロペの財閥、『アウグスブル』の<フガー>家当主は女性だって話だ」


 エウロペには財閥と呼ばれる大富豪の一族がある。商人国家『ヴィネツィ』の<メディッチ>家、そして群雄割拠の戦乱地『アルマンガルド』の南部都市アウグスブルのフガー家だ。 どちらも商人あがりの豪商だそうだ。


「俺が言うのもなんだが、商売ってなぁ、決して綺麗ごとだけじゃ済まねぇ仕事でな。そいつら財閥なんてのは人の笑顔と同じだけ泣かせた人の涙で築き上げた富だったりするわけだ。下手すると泣いた奴の方が多いかも知れねぇ」


 誰かが得をするという事は、誰かが損をする事だと一緒に考え秤にかける必要がある。そんな事を言った。


「だから、お嬢が商人向いてるかどうかじゃなくってな、お嬢のそんな姿を見たくねぇっていう、これは俺の願望だ! お嬢には人の涙を秤にかけるなんて真似はせず、真っ直ぐ笑顔を求めて生きて欲しい、自警団で活躍してる時みたいにな」


 道具屋の主人はにかっと笑顔を見せた。

 

「その点、エステバンの旦那は偉いぞ。あの人はなぁ多くの人を笑顔にする事しか考えてないんだ! 職人ギルドに行って話を聞いてみな。あの方の凄さが判る筈さ」



「ねぇカイマン。あの道具屋の主人が言った事、どう思う?」

「そうですなー、あの方は心の優しい方だ。あの方の意をよーく噛みしめなされ」

「そうね……」


 あんなに良い人だけど、良い人なだけじゃやっていけない影の部分があるのね。

 でもそれって商人だけの話じゃ無いんじゃないかしら。

 私はそんな風に考えていた。


 ◇


 職人ギルドが見えてきた。結構大きい造りの建物だ。

 店頭にはカウンターがあり、案内人が一人座っていた。

 奥には工房が見え、紡織器を扱う女性達が何人も働いている。


「おや? エランツォ家のお嬢様。どうされました、こんな所に」

「ここには随分、働く女性が多いのね」


「あぁあの紡織器はエステバン様が投資してくれたんですよ。お陰でこの街は働く女性が多いかも知れませんね」


 このギルドで抱える職人のうち、織物業や手芸による裁縫、編み物、刺繍などはほぼ女性が占めているそうだ。しかもここでしっかりと腕を磨き実績を積めば、実力が認められて顧客からの指名も来る。そうなれば独立して個人でもやっていけるという。そうやってここを出た者も何人か居るそうだ。


 それが出来るのもどうやら父が投資し器材を揃え、更にはヴィネツィの一流紡織職人を講師に招き、編み方などの技術的な指導はもちろん、デザインや流行について活発に意見交換するなどの講習を定期的に受けさせた事が大きいらしい。


 どうやら彼の話だと父はそうやってあちこちで投資をしながら特産品を産出するのが狙いなんだそうだ。


「実はこの職人ギルドもね、あの方の立案で設立されたんですよ」

「え? どういう事?」


 まだ父がだいぶ若い頃、ここセビーヤの商人はヴィネツィの商人の子飼いとなっていて、仕入れた商品をただ彼らに卸すという繰り返しだったらしい。


「ヴィネツィ商人なら、全量引き取ってくれる」


 それが魅力的に見えたのだ。

 彼らの販売ルートは国を跨ぎ多岐に渡る。

 だからどこでそれが高く売れるかには聡い。


 しかし彼らはしたたかだった。

 段々セビーヤ商人は商品を買い叩かれる様になる。


 するともっと利益を出す為にセビーヤの商人は仕入れの価格をより安くしようと迫る様になった。つまり、セビーヤの職人達が割を喰う羽目になったのだ。


 あぁ、誰かが得をするという事は、誰かが損をする事だって、この事なのね。


 当時、職人は個人営業のみで、しかもその仕事はほぼ製造のみ。新規顧客の開拓などする時間も無いし、やり方も判らなかった。だから販売は商人頼みだったという。

 

 段々値引き交渉が厳しくなり、いよいよ採算ベースを下回る。これでは商売あがったりだ! そんな声が職人たちの間で囁かれていた頃、その声を汲み取ったのが父だったそうだ。

 

 父は職人ギルドを提案し、みなの同意を得るとすぐさま実行に移した。ギルドの建物を建築し、製造・営業・管理の3部門を設立、職人たちを登録させ足りない要員を自分の商会の部下から手配した。登録した職人への価格交渉はギルドの営業部門が引き受けて、これによって職人が損する価格で販売する事は無くなった。


 では商品の引き取り先は減らなかったのか? いや減った。しかしそれを父の商会が買って出た。父はなるべく職人たちが喜ぶ価格で商品を引き取り、部下達を総動員してより高く売れる先を必死に探し、売り捌いていったのだそうだ。 


 す、凄いのねー父って。私にはそんな発想、思いもつかないわ!


「本当にエステバン様には頭が上がりません。ここに勤める者達、あの女性達もみな本当に感謝して働いていますよ」


「わ、私にも出来るかしらね?」


「エステバン様の様にですか? さて、そうですねーあの方の商才はまさに天より賜れし資質。今のお話を聞いてどうです? 自分にも出来そうですか? それとも職人としてって事ですか? 職人の世界は実力主義ですからね。編み物の一つや二つ、お持ち頂ければその実力に見合った仕事をご紹介出来ますよ」


「な、なーるほどね」


 私達は店を出た。

 いやー父の後を継ぐのは無理そうだ、あんな風にはとても考えが及ばない。


 はぁ~、それに私って剣術以外何も出来ないわね~、編み物なんてやった事ない。

 0からやれるほど、どの仕事も甘くないかも……。


 ため息をついているとカイマンが聞いてきた。


「お嬢様は手芸には興味はございませぬか?」

「うーん、興味がないわけじゃないんだけど……」


「奥方様は編み物が大層得意です。一度教わってみるのも良いかもしれませぬな。お嬢様は意外と頭脳明晰、身体能力も抜群です。案外、こちらでも隠れた才能が開花するかもしれません」


「今度時間があったら母上に習ってみるわ」


 私達は東の丘の上にある教会に向かっていた。

 次は修道女シスターね。



(続く)


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