13話.これが女の生きる道?

 カイマンとの勝負に負けた私は約束通り彼が教える地理や魔術、歴史や航海術などの授業を受け、その間、剣術や馬術、武術の稽古は一切禁止となっていた。

 あれから数日間を経て、この日も授業が始まろうとしていたが、私は剣術の稽古で体を動かしたくてうずうずしていた。


 もう限界よ!


「エウロペの大魔女と言えば?」

「アリス=キテラ!」

「彼女が魔術大戦を終わらせる為、した事は?」

「魔術封印の結界を張った!」

「ご名答」


「ねえ、カイマン。私、勉強頑張ったからさー、ちょっと息抜きに剣の稽古がしたいんだけど……」


「そうですね。お嬢様は勉学にあまり興味が無い様ですが、なぜか頭にはしっかり入っていらっしゃる。少々驚きました。良いでしょう、お相手致します」


 やったわ!

 そう、私ってどういうわけか小さい頃から記憶力は抜群に良いのよねー。


 例えば語学堪能な父からは、小さい頃から教わって、今では、エスパニョル、ポルトゥール、アルマンにロマンス、ヴィネト語の5か国語がペラペラよ。

 兄達も一緒に教わっていたけど私が飛び切り一番出来が良かったの。


 それにカイマンの授業は前日に習ったことを確かめるテストから始まるのだけど、私はこれまで全問正解だったのよ。


「いやっほぅ! そうだ! あれ、教えてよ! 私と対戦した時の凄い技。あれって闘気でしょ? 私もあれくらい極めたいなー」


 言って私は少し後悔した。

 そう、カイマンのそれは戦争で嫌でも極めた殺人術と以前言っていた。

 カイマンはスッとあちらを向いた。

 これはダメかな、そう思っていたところ意外な答えが返ってきた。

 

「そうですね……お嬢様には剣に関する天賦の才がおありです。このカイマンの目をして感心せしめるばかり。 兄様達がつい教えたくなる気持ちも判ります。以前お嬢様が披露されたあの6連撃は誠に見事でした。正直、私もお嬢様と実際に剣を交え感じたものです。あぁもっと教えたい、そしたらきっとお嬢様はもっと伸びる!」


「そ、そうこなくっちゃ! 私だって、せっかくこれだけ剣を修めてきてるし、もっと伸ばしたいって気持ちもある。やるなら真剣に取り組むわ!」


「ただ……お嬢様はご自分の将来をどの様にお考えですか?」


 む?


「お嬢様と同じ年頃の娘たちは、今頃、花嫁修業に勤しんでいる事でしょう。それは、良き妻になる為の準備であり、より良いご夫君と出会う為の準備でもある」


 ぐはっ! よ、予想外の攻撃……。

 その言葉の剣は、何よりも私の心に突き刺さる。


「少し、稽古の前にお話しておきましょうか。私は旦那様と二人でお嬢様の将来について話をしておりましたが、これが中々にむつかしい。もちろんベストはご結婚です。なぜか? 例えばこれから挙げる職業の実情をお話致します故、よおくご自身で考えるヒントにして頂きたい」


 ははーっ、お願いします……。


 私は姿勢をピンとして深々と礼をした。


 ◇


 女性というものは嫁入りするのが普通だそうだ。


 大抵は同じ職業だとか、同じ位の家格同士で結婚する。稀に顔が良ければ下位の家柄でも貴族など上からお声がかかるという事もあるという。


 我が家は、エランツォ商会というエスパニル三大商会にも数えられる資産家、それは由緒正しき貴族との結婚も申し分ないらしい。但し、見合いをするにしても、私の素質、つまりが大きく影響するのだそうだ。


 私の得意は剣術。しかも国王軍の兵士と引けを取らない程だ。

 そして社交場で会話が出来る程の一般教養はこの授業の知識で十分だという。

 あとは礼儀作法があれば、との事だ。


「私も旦那様と色々と相談致し、お嬢様に相応しいご夫君を考えた事があるのですよ。いやはやそれが難しい!」


「た、頼んだ覚えは無いわよっ!」


「この授業で学んだ事はしっかり頭に入れとくのですぞ! それが良いご夫君を見つけるチャンスなのですから」


「(ゴクリ)……わ、分かったわ」


 カイマンが挙げた職業は兵士、商人、職人、修道士。これらはどこの街でも見られる一般的な職業だ。


 まず兵士。これは普通、傭兵を指す。

 傭兵には大きく分けて、貴族、またはそれを生業にする者達、所謂傭兵稼業バウンティハンターがある。

 しかし傭兵としての女性の比率はどちらも非常に低いらしい。


 やはり男性と比べ筋力的に劣るというのが大きい。例え魔術や闘気でそれを補えたとしてもそれらを使える男性を雇った方がましだろう。 


 更に言えば傭兵の世界は、実力だけの世界じゃ決してないとの事。自分の食い扶持ぶちがかかっている。如何に自分をアピールし評価を上げるか、実力以外の“力”が蠢く暗箭傷人あんせんしょうじんたる世界でもあるそうだ。


 男同士でさえ成功者には羨望や嫉妬、虚仮、陰謀が待ち構えている。男性優位の世界で女性なら猶更だ。そんな世界にもし女性などいるとすれば、余程の男勝りと言う他ない。


 因みに、エスパニル王国はエウロペで唯一、国王軍を有する。今は陸軍、海軍、魔術斑に分かれており、魔術士以外の兵士への女性採用は0だそうだ。


傭兵稼業バウンティハンターは戦争の無い時には傭兵ギルドの依頼案件を受理し、それを達成すると支払われる報酬で日々の生活を営んでおります。その依頼には所謂、暗殺も含まれておると聞きます。私はその様な稼業をお嬢様にやって欲しくは無いのです」


「まあね、私だって暗殺だなんてそんなのはまっぴらごめんだわ」


 ところで貴族と傭兵稼業バウンティハンターの違いは何か。

 それは主君と結ぶ対価の違い。


 傭兵は主君と契約を結ぶ。

 国王や領主といった主君は軍役を得る代わりに貨幣または自分達の土地、農民を与える。貨幣を得るのが傭兵稼業バウンティハンターで土地、農民を得るのが貴族だ。


 貴族は従えた農民達の収穫物を貢がせ生計を立てる。

 代わりに彼らの農地の維持拡大と生命の安全を武力で保証する。

 この時代、戦争とは、より良い農地を巡る争いと言い換えてもあながち間違いではない。食糧確保はそれ位人々の生活に重要な地位を占めているのだ。


 貴族は世襲で主君に仕え、長く仕える程、より大きな蓄えと農民達を得て勢力を広げる。財産の大小により下級、中級、上級貴族という格付けが生まれ、より強い権力を持つ貴族は、貴族を従える貴族、つまり“諸侯”として王国の地域統治を国王より任されたりするのだ。


 尚、国として統治されていないアルマンガルドという地域は、自らの武力で農民と土地を囲い込んだ諸侯、貴族達が今なお勢力争いを競っているのだという。


「ねえ、カイマン。私が貴族のとある殿君にプロポーズされる可能性ってどうなのかしら?」


「そうですなー。あるとも言えるし、無いとも言えます。上流貴族の中には代々、剣術に秀でていたり、高度な魔術を扱ったりと才能に秀でた名家がございます。そういった名家は高い才能の“血”を求めるきらいがあるのです。お嬢様の才能が世に広まれば決して無理な話では無いはず」


「どうやれば才能を知らしめられるかしら?」


「実績を積む事ですな。お嬢様はこの街の自警団をお勤めになられたでしょう? 似た様な要職に就かれれば良い。ただし今の様にやんちゃなままでは駄目です、無理です」


「……はい」 


「ですから、あとは礼儀作法をしっかり身に付けましょう。さて……他の職業についてですが、せっかくなので街を歩きながら実際に見てご説明致しましょうか」



(続く)

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