16話.紅焔
とりあえず将来の事は置いといて、やっと体が動かせるわ!
これまでの鬱憤を一気に晴らす!
久し振りの剣の稽古に心躍ったのも束の間、カイマンの指示に不安を抱く。
「では、闘気を発してみて下され」
いきなりカイマンはそう言った。
ブランク空けのド初っ端に上手くいくかしら?
カイマン曰く、「一度身に付けた“わざ”は頭で忘れようと体がしっかり覚えているものです。自然の流れのままにやってみなされ」と私に促した。
私は剣を正眼に構え、目を閉じ、深呼吸をした。
(スゥ……ハァーーー……スゥ……ムンッ!)
「そのままその状態を維持するのです!」
カイマンは私が気を放つと同時にポケットの懐中時計を取り出し時間を図っている様だった。私は闘気を身に纏いながらそれを維持する事に集中した。
「ぶはぁっ!!……はぁはぁ」
どれ位経っただろう。それはとてつもない集中力を要した。それだけではない、体を動かしていなくてもそれは体力をかなり消耗するのだ。
ただ時間は結構経っていた気がする。いつもよりそれは長く感じたのだ。
「たった10秒ですな」
え……? そんな馬鹿な……。
「そんな筈では……と言った顔ですね。まぁ無理もありません。実は闘気の維持は膨大な体力と集中力を必要とし、自分の感覚と比べ思ったよりも時間が経過してない事が多いのです。実戦で使えるレベルにしようと思ったら30分以上は維持出来ないと話になりませぬぞ」
私は愕然とした。
「まぁお嬢様の実力はこんなもんです。如何されます? このまま剣の稽古を続けるか、或いは奥方様より手芸を習われるか」
カチン。
なによそれ? ちょっときたわねーその言葉。
私の“本気”に火が付いた。
「カイマン! 私を
するとカイマンは口角を鋭く吊り上げた。
まるでそう答えるのを期待していた様に。
「よろしいでしょう。ひとまずお嬢様の将来についてはあれこれ考えても始まりません。それよりも今、出来る事、得意な事をもっと伸ばし磨く方がよほど建設的です。では早速ビシバシと参りますぞ!」
こうして私の毎日の生活の中に、稽古が戻ってきた。
しかしそれは地獄の特訓、数日間稽古をしてなかったというブランクもあるだろうが、それ抜きにしてもかなり厳しい稽古に違いなかった。
私はこの時初めてカイマンを“鬼”だと思った。
腕立て100回、腹筋100回、屋敷の周囲を10周走り、ヘトヘトの状態でカイマンとの実戦稽古に突入する。闘気を身に纏いそれをなるべく維持した状態で稽古するのだ。
あれ? カイマンって私にもっと女性らしくあるべしとかなんとか言ってなかったかしら?! これじゃあ筋肉女になっちゃうわよ!!
そして実戦稽古の後には必ず瞑想の時間が入った。これは稽古で感じた己の不足を理想のイメージで補う事で闘気の増大を促すという。
更に数日間が過ぎ、きつい稽古にも耐え私は頑張った!
案外私って、こういうガチの稽古、嫌いじゃないのかも?
でもそれって女としては微妙よねー……。
しかしその甲斐あって私は闘気を纏う時間もかなり伸び、感じる気配や溜め込む量、そしてその使い方もかなり上達した気がするわ。
「よくぞこの厳しい訓練を諦めずに続けましたな。では少し質問を致しましょう。剣の実戦に於いて、相手と対峙し最も大事な事は何でしょうな?」
私はカイマンとの稽古を思い出していた。
重点的に強化、訓練した事、それにカイマン剣術の特徴はやっぱりアレだ。
「それはやはり相手の足裁きを見極め、相手より優れた足裁きで斬る事じゃないかしら?」
するとカイマンは頷きながらこんな事を言った。
「確かに、私の教えは徹底的に足裁きを磨く事にあります。ちゃんとそれを理解して頂き嬉しいですな。相手の足裁きを見極めれば次に来る所作も自然と判る。それが私の教えの極意となるわけですが、実はもう一歩上があるのです、判りますかな?」
え? その上があるの?
「お嬢様と勝負した時の事をよーく思い出してみなされ。お嬢様は華麗なステップで私を惑わせに来たでしょう? その時、私はどうしてましたかな?」
そう言えば……ずっしりと構え、惑わされる事無く私を捉えてた。
あの時の視線は、私の足元では無かったわ!
「私の、全体を見てた?」
コクリと頷くカイマン。
「全体だけではありません。真に“見極める”のには、離れると見えなくなるが離れなくては見えないものまで見る必要が出てきます。覚えておきなされ。今は理解出来ずとも、お嬢様なら実戦の内に必ずや解る時が参りましょう」
ふーん……でも“実戦の内に”って。
私にそんな機会が訪れるかしら?
「では、今日は稽古の仕上げとして巻き藁を連撃して頂きます。長兄殿は闘気にイメージや効果を乗せる程練り上げられていらっしゃいますが、お嬢様も、そこまではいかずとも、身に纏いながらそれを切らさず一周する位は出来る筈ですぞ。試して見なされ」
ほぅ、それは面白そう!
よーし、それじゃあ本気で試させて貰おうじゃない!
◇
私は巻き藁を立てその前に立ち剣を構えた。
目を閉じ、自分なりの闘気、そして連撃の動作をイメージする。
……私は深呼吸をした。
(スゥ……フゥー……スゥゥ……ムンッ!!)
カッと目を見開く。
燃え盛る炎に身を包まれている感じがした。
全身に力が
私は巻き藁の周囲を周り始めた。
体が軽い。
剣を振るうが巻き藁を斬る感触がまるで感じられない。
まるで素振りをしている様だ。
私は心の中で数えながら巻き藁に斬撃を繰り出した。
(1、2、3、4、……)
不思議だ。
闘気を纏っていない時には途中で疲れが出始め、体全体の“キレ”が無くなっていくのに、闘気に身を包んでいると常に100%、いやそれ以上の力を発揮している気がする。動きや斬撃が全く衰える気がしない。
(……、9、10、11、12!)
元の場所に戻ってきた。最後の一太刀を巻き藁に浴びせ残心を取る。
12連撃!! や、やったわ! ヴァルツ兄を超えたーっ!!
思わず気が緩み、纏っていた闘気が霧散する。その途端、脱力したその体はまるで空気の重さにも耐えかねて、足の骨まで重みが伝わる。
ズシン!
あれ? 体が……重…い……。
私は立っていられなくなり、地面に倒れ込んだ。スッとそれを支えるカイマン。
「お見事! いやはや驚くべき上達です。身に纏う闘気も幾らかイメージが形作られておりましたぞ! お嬢様のそれはまるで……そう薔薇の様に真っ赤に燃え上がる“紅焔”。しかしあれほどの闘気を保ちながら巻き藁斬りを継続されたのです。その反動は今、身を以って感じてらっしゃる事でしょう。今日はもうゆっくりお休みなされ」
そう言ってカイマンは私を抱え上げ、屋敷へと運んでくれたのだった。
(続く)
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