18話.納得
3度目の復活を遂げた其れ、ウロボロスがカタリーナに語りかけてきた。
「フハハハ、まるで俺では歯が立たんな。俺の名はウロボロス。あの必殺技を正面で受け切りその上で完膚無きまでに捻じ伏せる、見事だ! 久々の好敵手よ」
その語り口は非常に満足気で滑らかだ。
「俺はお前ともっと戦いたい!……が逃げられても困る。どうだ? もう一人の方を片付けてくるから、その後に再戦するというのは?」
(さて、厄介な奴ね……)
カタリーナは“永遠の戦い”を持ち掛ける其れにそう感じながら、ふとウロボロスが話す言葉に気が付いた。
それにしてもこの地に住む者たちは一体、何語を話しているのだろう。
ウロボロスのセリフ、それはエスパニョルで話している様に聞こえる。
しかしあまりに流暢だ。
アルスレイやキースのドラゴンの話す言葉をみんなは理解していた。
しかもこちら側の言葉、エスパニョルやポルトゥール、アルマン語が彼らには通じていたみたいである。
(やっぱり、あの梟ネコと同じ様な言語能力を持っているのかしらね)
人は“納得”を求める。
ある者は思考し、ある者は宗教にそれを求め、ある者は学習でそれを試みる。
その中で“経験”がそれに果たす役割は大きい。
ムニャールや焔火ネズミ、梟ネコといった幻獣と呼ばれる異界の者達。
思えばあのカラボスも言葉が通じ合っていた。
人間の理解力では測れない埒外の者達に対し、カタリーナはその経験から十分“そういうものなのだ”という納得を得ていた。
(納得って大事よねー。そう言えば、あのウロボロスも私の強さに“納得”したから、相手を一旦変えたわけよね)
だから、ウロボロスとの“永遠の戦い”を避けるには、奴が“納得”する口実を持ち掛ければ……そう気付いたのである。
カタリーナは地面に座り、これから起こる戦いをじっくり観察しながら、何か良い策は無いか、ウロボロスとの再戦に向け考える事にした。
◇
「ほ、あやつめ相手を変えるつもりか。ふーむ、いつの間にかカタリーナ様の仲間達は居なくなっている、と。当然矛先は儂と言う事になるわなぁ。さぁて、どう相手したものか……」
エンリコの顔に恐怖はまるでない、それどころかニヤリとした余裕まである。
それまで最小限に縮めていた闇の空間を、また広げ始めるエンリコ。
しかし歩を進めるウロボロスにそれを警戒する気配はない。
構わずどんどん近づいていく。
「ふふ、さっきの戦いを見ていても感じたが、こいつはとんだ自信過剰な戦闘バカではなかろうか。それなら案外、コロッとかかるかもしれんなぁ」
エンリコは手で顎をさすりながら巨大化する円蓋の闇の中で、もう一つの闇の準備を始めていた。
GUGYAAAAAAAAAAA!!
闇のドームがウロボロスに接する直前、其れは口から青き炎を吐き出した。
先程カタリーナに対し吐いた球形ではなく、今度は途切れる事無き火炎放射だ。
(フン!どこを狙っておる。しゃがめばやり過ごす事が出来そうじゃわい!)
だがウロボロスの攻撃はそれだけでは無かった。
炎を出しつつ、体を大きく捻りその尻尾を強大な鞭と
凶悪な尻尾が鋭い風切り音をたてながら、火炎放射を冷静に見極め対処した筈のエンリコの目前に迫る。
「ちぃぃぃ! 小癪なっ」
なんと、エンリコは何の躊躇も無く頭上の火炎にジャンプした。
そして難なく尻尾を躱す。
それはウロボロスの誤算。
エンリコが有するヴァンパイアの筋力は人間のそれを遥かに超える。
故に彼が本気でジャンプすれば、火炎を突っ切り抜けられる。
潜った時間はほんの刹那だ。
それなりの強い火力はあっただろう。
だがそれは神父の服を焦がす程度、顔など露出した肌に負った火傷はヴァンパイアの再生能力を以ってすれば痕すら残すに至らなかった。
恐るべきヴァンパイアの能力!
エンリコが見せる余裕の一つはそこにあった。
尻尾を振り切り体を1回転させ、神父が居た向きに居直るウロボロス。
その時、其れの周りはすっかり闇に包まれていた。
(奴はどこだ?)
闇を気にする事なく周囲を見回し、そこで捉えた赤い光。
(そこか!)
超突進でそこにめがけ、鋭き牙をぎらつかせる。
するとその視野から赤い光がフッと消えた。
構わぬ、そこだ! と見据えた位置に思いっきり噛み切った。
しかし歯応えは無い。
……とその時、何か辟易とした妙な苛立ちを覚えた。
(この感覚は……)
咄嗟にウロボロスは思い出す。
これは、池の畔に居た2匹の邪竜が森に向かっていった時と同じだ。
それに池の中で聞いたあの声は、洗脳されたと言っていた。
(これが洗脳術というやつか)
それはウロボロスの超感覚が為せる業。
通常は闇で頭部を覆いその視野を奪うのみで、相手に何をかけられているか悟られない筈のこの魔術の御業を、ウロボロスは“妙な苛立ち”として感じ取る事が出来ていた。
(さてどうしたものか……)
これをどう対処すべきか、なにせウロボロスにとっては初めての経験。
カタリーナが気付いた様に、ウロボロスにとっても、“経験”というのは極めて重要であった。
これまで其れは、輪廻転生を繰り返し強者に挑む事で多くの経験を積み、それによって洞察力や対応手段、戦いにおける“強さ”を磨いてきた。
経験の重要さを実感しているのだ。
自分は輪廻転生を繰り返す、いわば不死の存在。
ならば一度この術にかかってみるのも一興――そうとまで考えていた。
其れは、やたらめたらと鋭い爪と長い尾を振り回してみた。
ビュンビュンと周囲の空気を切り裂く音が虚しく鳴り響く。
(無駄か、なれば……)
ウロボロスは顔を上に向け全力を込めて地面を蹴り上げ上空に羽ばたいた。
闇を振り払う事を試したのだ。
ところが、いつまで羽ばたいても闇から抜け出せぬ。
(ふむ……おかしいな、どういう絡繰りだ?)
既に森を抜ける程、上空には上がっているはず。
この闇はなぜ離れぬ?
ふと背中に感じる小さな違和感。
(なるほど、そういう事か。小賢しい奴め)
神父はウロボロスの背中に居た。
◇
神父エンリコは苛立ちを覚えていた。
(むむ……やはりこの術、邪気の強さが大きい程かかりづらいな。さてどうするか)
エンリコは【
エンリコは九重の淵で蛇竜2匹を簡単に洗脳出来たのは、たんなる暗闇だった“円蓋の闇”が無害と油断して、“【
今ウロボロスはこの闇を、“得体の知れない術”と警戒しているだろう。
だからかかりにくいのだ。何とか油断を誘えないか――そう考えていた。
(今は時間が欲しい、考える時間が。じゃがコイツがそんな猶予を与えるわけ無いだろうのぅ)
ならば我が眷属に貶めるかとエンリコはウロボロスの背中に、牙を突き立てた。
しかし鎧の如きその鱗を貫く事など不可能であった。
◇
(どうやらこの術、俺には通用しない様だな。背中でなにやらガサゴソしているが、クック……他愛ない奴め)
ウロボロスは何を思いついたか、全速で急降下し始めた。
そしてなんと、身を翻し己の背中を迫る大地に預けたのだ。
ドゴォォン
二人の戦いを見届けていたカタリーナは呆気に取られていた。
これが不死なるものの戦い方か……と。
常人なら余程の覚悟を持たなければ選択に値しないやり方だ。
それをいとも容易くなんの躊躇も見せずに実行する。
奴は間違いなく、その体で戦い慣れしてる――そう感じていた。
しかし……カタリーナは気付いていた、土煙舞う闇の中に佇む人影に。
そう、神父もまたその同族、強力な“再生能力”の持ち主であったのだ。
(続く)
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