12話.覚醒

「素晴らしいあの動き! あれは人間の可動限界を遥かに超えている。邪気で強化されてるとはいえ、凄まじい速度だ。音より速いとはな。聞いただろう? あの連続する衝撃音。あれは超高速移動が大気に圧縮波と膨張波の連続体を生みだした証左! ふうむ、空気との摩擦による火傷の影響は見られんな、実に興味深い! 何より貴様が邪気をあの様に自分の力に出来る事が実に驚きだ、いやはや、全くたいしたものだ……何者なのだ、お主?」


 神父は拍手をしながら近づいてきた。

 

「もう少しお前の限界を引き出して見てみたいが、あいにく良いサンプルが無くなってしまった。しょうがない、私が相手をしよう!」


 随分と余裕のある語り口だ、これは用心しなければ……。


 闇の中、赤く光る眼光を睨み私は剣を構える。

 神父の眼光がより強く鋭く光り出す。

 ……とその時、私達の頭上すれすれを通過する何か。


「目標赤い光、ロックオン! 行ッケェーーッ!!」


 キースの声だ。

 ドラゴンに乗ったキースは闇の中であの矢を放ったのだ!

 しかも結構な至近距離、照準ポイントは闇に浮かぶ赤い眼光、この闇の中ではこれ以上に無い的だ。


 これはチャンスかも!


 私は闘気を溜めて準備した。


「遅いっ!」


 なんと! 神父は飛んで来た2本の矢をいとも容易く両手で掴み取ったのだ。

 やはり尋常ならざる実力の持ち主。

 しかしその直後、ほんの少し遅れて更に2本の矢が神父に襲い掛かる。


「なに!! もう2本だと?!」


 成る程、連射とはやるじゃない!


 神父はそれを躱そうと身を屈めた。

 しかし矢は神父を捉えそれに合わせ軌道を変える。


「くっ!!」


 神父は慌てて握った矢を捨て、間一髪、飛んで来たもう2本の矢も掴み取っていた。しかし態勢は崩れている。


(今だ!)


 タンッ!!


 私は神父に向かい跳んだ。

 

 これぞ電光石火の黒き鳥フェニックス


 神父は私に気付き、避けようと後ろへのけ反った。


「遅いっ!」


 彼我の間合いは瞬時に詰まり、神父は十分な間合いに入っていた。

 のけ反りながら後退する姿勢でがら空きになったその胴を、真一文字に刃が走る。


スパンッ !!


 私は後方で様子を見ていたキース達の元へ駆けつけた。


「や、やったのか?!」


 キースの問いに私はウンと頷いた。

 完全に上半身と下半身を断った感触、それは間違えようが無い!

 

 だけど確かにちょっと拍子抜けだ。

 あの語り口には余裕が見られた。

 身体能力も確かに高いが今の私にはそれ程脅威に感じない。

 だとすれば……奴の自信は他にある?


「じゃ、じゃあ……アイツは一体何をしてるんだ?!」


 神父の方に眼を向ける。

 黒い影ががさごそと動いている。

 そもそもなぜこの闇のドームが無くならないのか?

 アイツの魔術なら消える筈では……。

 神父はまだ……生きている?!


「クックック、してやられたわい。初めてだな、こんなに見事に斬られたのは」


 なんと、神父は自らの手で上体を起こし斬られた胴体まで来ると、その切り口をくっつけ合い、そしてお供のドラゴンを呼び寄せて、その首元に噛み付いたのだ!


 何なんだ、コイツは……。

 

 その眼光は再び爛々と赤く鋭く輝きを取り戻し、斬った筈の体は元の通りにくっついている。それどころか禍々しさがより一層増した神父と、神父同様赤く眼を灯らせたお供のドラゴンがこちらへと近づいてくる。


「コイツはやばいぜ! こいつ人間じゃねぇっ!! ここは一旦引くぞ!!」


 キースはキャサリンを引き連れ一旦闇の外に出ようと駆けだした。

 私はキースとドラゴンが無事外に出られる様に、神父の方を向き剣を構える。


「なにやってんだスティープ! おめぇも逃げろ!」


「アーハッハッハ!良いねぇ良いねぇーっ! 友情と言う奴か? 安心しろ、どっちも逃がさん! お前達には絶望を見せてくれるわーっ!」


 神父がお供のドラゴンに指示を出した。

 するとドラゴンは凄まじい勢いで突進してきた、私の方に!

 

 しかし赤い眼光とおぼろげな影体しか見えないはずの闇の中で、なぜか私は迫りくるドラゴンの姿がくっきり見えていた。向かってくるドラゴンをギリギリまで引きつけて、直前で半身ずらしドラゴンの攻撃を紙一重で躱しつつカウンター、首をぶった斬る。


ズザザンッ!!


 切断されたドラゴンの首、しかしドラゴンの眼光はまだ輝いている。

 こいつも不死身か?

 どうすれば……すると後ろで悲鳴が上がった。


「うぎゃあああっ!」


 しまった!


 見ると神父がキースの首を掴み捉えていた。

 キャサリンは既に攻撃を喰らい、少し離れた場所まで吹っ飛ばされている。


「あぁ~良い顔だよお前。もっと藻掻き苦しむが良い。そして私に見せるのだ、その絶望の眼差しを! お前を助けられる者は居ない。助けようとすればその前にお前は私に殺される。助けがなくてもお前は私に殺される。どちらにしても死ぬ運命よ、アーハッハッハッハー!!」


「そ、その手を、離せっ!!」


 ただれた喉から絞り出すようにして私は声を上げた。


「クックック、何を言ってるか聞こえんなー。もっと大きな声で言ってもらえんと」


 神父は掴んだキースの首を少しずつ上へと持ち上げる。


「ぐ、ぐはぁ…っ!」


 キースの足が宙に浮いた。

 抵抗する力も無くなったのか、握っていた弓は地面に落ち、両腕も両足もぶらーんと垂れ下がっている。


「あはあは、なんて脆いんだ人間は! 大した実力も無いのに誰かを助ける為ぇーなーんて言って強がるくせに。そう言えば以前にも居たなぁ! カタリーナとかいう修道女を助ける為に、犠牲になった愚かな神父が! あいつを捕えるのもあっけな過ぎて思わずあの場で殺すとこだったわい、ヒャーハッハッハー!!」


プツーン


 その時、私の中で何かが、切れた。


「その手を離せ……」


「あぁ? 聞こえんなー……な、なんだお前は!! なぜお前が『その眼』をしてる?! お前は一体……」


ドサッ


 キースが地面に落ちる。

 落ちたショックでキースは意識を取り戻し、ゴホゴホ咳込んでいる。

 キャサリンが急ぎ近づきキースを背中に乗せ闇から出ようと飛び立つ。


 神父は足元に落ちた自分の右腕に気付いた様だ。

 それを無視して、逃しまいと神父はキースへ駆け出した。


バタッ


 バランスを崩し地面に倒れる神父。

 何事かと足元を見ている。

 漸く地面に転がる自分の右脚に気付いた様だ。

 その間に、無事キース達は闇の中から脱出した。


「ぐ……き、貴様ァーーッ!!」


 さっき斬り落とした首を繋げようとしているドラゴンが見えた。

 私はドラゴンへ向かい、腕、足、尻尾と次々に斬り落とした。


 これで攻撃は出来まい。

 どこか弱点は無いのか? 頭? 心臓? それとももっとバラバラに斬るか。


 ドラゴンの頭部を真っ二つに斬る。しかし首も胴体も動いている。

 次に心臓を一突き、するとその体がブルブルと痙攣し震え、そしてもうそれ以上動かなくなったのだ。


(心臓か)


 私は神父の方へ振り返った。



(続く)

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