13話.商談日

 早朝、エランツォ家屋敷ではスパルタクスがグレースと挨拶を交わしていた。

 

「いやしかしこいつはたまげた! あの総帥と瓜二つですな。それで今日、お二人はここで顔を合わすわけだが、一体どうなる事やら……」


 驚きを隠せぬスパルタクスに、グレースは落ち着いた様子で答えた。


「魔術を使った勝負になります、決着が着くまで」

「それは……どちらかが死ぬまでという事か?」

「……」


 沈黙がその答えを匂わせた。


「ふーむ商談どころではないな。まぁ実際、商談などするつもりは無かったが」


 そう言うとスパルタクスは懐から小さな皮袋を皆に一つずつ渡した。


「これはちょっとした“お守り”だ。口で説明するより見て貰った方が早い。グレースさん、突然で失礼だが炎を試しにこの皮袋に放ってみて貰えますか?」


 スパルタクスは自分の小さな皮袋を剣先に引っさげ差し出した。


「燃やして良いのですか? では……」


 グレースの指先から炎が生まれ、皮袋に放射された。

 その炎は皮袋に触れると、まるで煙の様に消えてしまった。

 驚きの表情で顔を見合わせるヴァルツ達。


「このお守りには“アンチ魔力”の効果がある。効果の程はご覧の通りだ。まぁ気休め程度に持ってくれ。グレースさんは、今回無用だな」


 そう言うと剣先にひっかけた皮袋をポイッとテーブルの上に放り、グレースの皮袋を引き取った。

 

「向こうが来たら俺とヴァルツ、そしてカイマン殿の3人でお迎えする。アルルヤースさんとグレースさんは2階屋で待機だ。商談を進め、“悪魔の粉”の確証を得たら合図を出す。そしたらグレースさん、頼みます」


 グレースはコクリと頷き、用意されていたカモミール茶を口にした。


「万が一、私の魔術を以ってしても負けそうな時には皆さん、ここから逃げて下さい。逃げる“隙”は必ず私が用意します」


「そうならぬ事をせいぜい祈るよ」


 そう言うとスパルタクスは頭を掻きながら、カモミール茶を一気に飲み干した。


「さて……では“大事なお客様”を迎え待つとしよう」



 ドアをノックする音がした。


 カイマンが扉を開け、丁重に2人の客人を屋敷に引き入れる。

 雌雄眼の男アノーニモとアル・サーメン商会の総帥だ。


 スパルタクスは笑顔で挨拶と握手を交わし、2人をテーブルへと案内した。

 アノーニモは歩きながら屋敷の中をぐるりと見回し「ほぉ」と声を上げていた。

 

 4人はテーブルに座り、カイマンがそれぞれのカップに“紅茶”を注ぐ。

 真っ先にカップを手にしその香りを嗅いだのはアノーニモだった。


「ほほぉう、これは……素晴らしく香りの良い茶葉ですなー。どこでこれを?」


 ヴァルツにとっても、いつも飲んでいるカモミール茶とは違うこのお茶に知見は無かった。チラッとカイマンに視線を送る。


「はい、こちらはアルルヤース様がお土産に持ち帰られた品でございます」


「これは、結構な品ですぞぉ。恐らく東方の交易品。それにこのお屋敷も中々だ。さほどお金に困ってる様子では無さそうな……」


「ははっ、金に困ってるのは私でな。とはいえ部下から借りるなど出来ぬでなー」


 スパルタクスが笑いながら答える。


「ククク……下手な猿芝居は止めたらどうだ? それよりも出てくるが良い! 居るんだろう? さぁ、私と勝負しようじゃないか!」


 突然アル・サーメン商会の総帥は席を立ち、大きな声で呼びかけた。

 訳が分からぬといった表情のアノーニモ、スパルタクス達の表情に緊張が走る。


 2階の踊り場にスッと現れたグレース。その手元は青白く光っていた。

 次の瞬間、雷鳴が如く激しい音を鳴り響かせて、空気を切り裂く青白い稲妻が総帥目掛け迸る。


 しかし総帥の体には、黄色く光る帳が包み、稲妻はバリバリバリと激しい音と光を撒き散らしながら弾かれていた。


「フハハハ! その程度か? まさかまだ1ではあるまいなー。まぁ良い、。 私の中には既に2居る! 覚悟は良いか?」


 グレースから放たれ続ける稲妻は、総帥の帳に当たった後、無数の細かい火花となって四方八方に飛び散っていく。

 それらがアノーニモやスパルタクス達の体に降り注いだ。


「あわわわ……か、体が、痺れる!」


「済まぬな、アノーニモ。あいつがこの魔術を放ち続ける限り、火花となってお前達を苦しめる事になろう!」


「ひぃ……! そ、そんな……」


 総帥の言葉に構わず、グレースは稲妻を放ち続けている。

 その稲妻には変化が起きていた。

 青白い光から段々と赤みを帯び、より激しく眩しい閃光となったのだ。


「うぎゃあぁぁあ……く、苦しい……!」


 その火花を浴び、身悶えしながら苦痛の叫び声をあげるアノーニモ。

 余裕を持っていたはずの総帥だが、いつの間にか必死に歯を喰いしばった形相と化していた。


「この魔力。お前……さては1ではないな!」

「3よ」

「なにっ!」


 総帥を守る帳も一層強く光り輝き出した。

 だが、グレースの稲妻も益々その激しさを増す一方だ。

 小雨程度に感じた火花はいまや土砂降りと化し、もはや雌雄眼の男など、泡を吹き床に倒れてしまっている。

 


 そんな中、スパルタクス達は静かに行動を起こしていた。

 ヴァルツと手で合図を取りながら、目線をテーブルの上に移し、指示を与える。

 テーブル近くに居たヴァルツはそれを理解し、静かに動き出す。


 次にスパルタクスはカイマンとアイコンタクトを送った。

 頷くカイマン。

 

(来い!)


 カイマンにGOサインを出すスパルタクス。

 カイマンは総帥の前を素早く横切った。

 それに気付いた総帥は、思わず視線をカイマンに移した。


(バカな! なぜ動ける?) 


(今だ!)


 次にヴァルツにGOサインを出すスパルタクス。

 ヴァルツは総帥に向かって、テーブルの上に置いてあった“皮袋”を投げつけた。


 カイマンに気を取られた総帥は飛んできた皮袋に気付かず、それは総帥を包む帳に当たった。

 すると帳の輝きは一瞬鈍くなり、赤き閃光が遂にそれを突き破った。


「ぐわぁぁぁあああーーーっっ!!」


 断末魔の叫びと共に総帥は床にバタンと倒れた。


「どうやら決着が付いた様だな……このお守りがあって助かったよ」


 スパルタクスは手に“お守り”を握り、倒れているアノーニモを憐れみながらヴァルツ、カイマンの無事を確認した。

 2階に居たグレースも階段を下りこちらに向かってくる。


「カイマン殿! あの身のこなし、まだまだご健在ですな!」


「いえいえ言うに及ばず。それよりあの状況で敵に悟られずに的確な指示を出したその手腕は流石! 【無血将校】の二つ名は伊達じゃありませんな」


「カイマン殿にそういって貰えると恐縮です。ヴァルツ! お前も良い働きをしたな、感謝する。さて、早速この男の持ち物を確認するか」


 スパルタクスとヴァルツは雌雄眼の男が腰に付けていた袋の中身を調べ始めた。

 カイマンはアルルヤースに無事を伝えに2階に向かう。

 その間にグレースは、倒れた総帥に近づきそっと手で触れ呟いた。


 すると、総帥の体は細かな霧と化し宙に舞い散り、それをグレースはスーッと己の口へ、余すところなく吸い込んだ。


(これで……私を含め7、いや厳密には6.5か)


 グレースは、ハァァとなぜか余計に疲れた様な溜め息を吐いていた。


「ありました! これは“悪魔の粉”に違いない!」


「よし! まぁ10中8、9間違いないだろうが、一応魔術班に分析して貰うか。グレースさん、そっちはどうする?」


 視線をグレースへ向けるスパルタクス。

 するとあの女が消えている。


「ん? あの女は……。まさか魔術で逃げたとか!」

「その心配はありません。彼女は私の魔術によって、別の場所に封印しました」


 その時、スパルタクスの頭には総帥が叫んでたセリフが蘇っていた。

 

(“取り込んだ”。まさか……な。そんな筈ある訳が……)


 すると2階からアルルヤースの明るい声が聞こえてきた。


「ヴァルツ兄さん! それに他の皆さんも、本当に無事で良かった!」

「あぁアルル、みんな大丈夫だ。しかし腹が空いたな、もうお昼だ」


「恐れながら……こういう事もあろうかと、昼食の下準備は整ってございます。もしよろしければ、すぐにご用意致しますが?」


「これはかたじけない。ここは是非そのご厚意を賜ろうと思うがどうだろう?」

「私はカイマンさんの手料理、大好きですよ。是非お願いします」


 皆がコクリと頷きカイマンを見た。

 

「かしこまりました」


 その一言を残すとカイマンは疾風の如く台所へと向かっていった。


「【鬼気風神アイオロス】のカイマンは健在だな」


 ぼそりと呟くスパルタクスにヴァルツとアルルヤースは声を上げて笑い合った。



(エピソード. 針が示すは商談日 終わり)

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