6話.森の女王エリーシャ
私達はあの葉っぱくんがまだ近くにいないか、周囲を探し始めた。
するとその行く手に、人影が見えた。
それは音も気配も無く、まるでこの森の景色に溶け込んでいたかの様だった。
「お前達、ここで何をしている? ここはお前達が立ち入って良い場所では無い! 即刻立ち去られよ」
見た目は人間の様だった。
翡翠色の長い髪を後ろで束ね、銀色の鎧に身を纏い大剣の様な大きな刃を持つ槍を手に私達の前に立ち塞がる。
「先程の馬鹿でかい声はお前達であろう。この森の皆がお前達の存在に気付いた。早く去らねば命の保証は出来ぬぞ!」
その声は女性。訛りは無い、綺麗なエスパニル語だ。しかし、目につくのは、髪の間から飛び出た長く尖がった耳。
「あの耳……彼女は人間ではありませんわ」
デイジーが呟く。
私は「油断しないで」と囁いた。
するとデイジーは勇敢にも彼女の前へと歩み出たのだ。
「待って下さい! 私達は、あなた方と争う為にここに来たのではないのです」
説得を試みるデイジー。
「お前達はその気でも、我々の仲間にはお前達人間を快く思っていない者もいる。この私も含めてな!」
するとそいつは持っている槍の刃先を私達に差し向け身構えた。
私はデイジーを後ろに引き寄せ庇いつつ剣を抜き、臨戦態勢に入る。
その時、またいつの間にか向こうの木の陰から何の気配も無く現れた人影。
「シンディさん待って! その方達の話を少し詳しく聞きましょう」
「姫様!」
シンディと呼ばれた戦士は構えた槍を立て、跪き頭を下げた。
木々の隙間から差し込む木漏れ日が、姫と呼ばれた少女のショートヘアを明るく照らす。それはまるで濃厚な蜂の蜜の様に艶があり輝いていた。そしてやはり耳が長く尖っている。ぱっちりとした青緑色のその大きな瞳はこの深い森の様に吸い込まれそうな“引力”があった。
フードの付いた綺麗な深碧色のマントを羽織り、その雰囲気はやはりどこか気品に満ちている。そして両手にはあの葉っぱくんが乗っていたのだ。彼女はとても優しそうな笑顔で私達に語りかけた。
「はじめまして。私はこの妖精の森を治めるエルフ、エリーシャ。あなた方がこの子に与えた水は何かしら? 」
「この“赤ワイン”です。すみません、私が水と勘違いしてあげちゃったの」
私は水筒を差し出した。
「あら、これは……。私も頂いてよろしいかしら?」
「はい、もちろん」
「姫様! 毒かもしれませぬ、まずこの者達に飲ませてからでは?」
「良いわよ。毒なんて入れてないし」
私は喜んでそれを飲んで見せた。
するとシンディはその辺の葉っぱで器用にコップを2つこさえると、そこに注げと示してきた。私はそれに赤ワインを満たすと、エリーシャとシンディに渡した。
シンディは「お先に失礼仕ります」と言い、匂いを嗅ぎペロッと舐める。
「こ、これは……!」
すると一気に飲み干したのだ。
彼女はなぜか、上を向いたまま顔が動かない。
「大丈夫そうね、じゃあ私も」
嬉しそうにエリーシャも一口飲んだ。
「美味しい!」
「これは、リオッハの赤ワインにも劣らぬ美味しさだ!」
シンディの口からまさかカイマンの授業で習った“リオッハの赤ワイン”の言葉が出てきたのには正直驚いたが、どうやら気に入って貰えたらしい。
「もちろんですわ! なにせリオッハの修道士より聞き教わった方法ですから」
少し自信たっぷりに胸を張って答えるデイジー。
「誠か!」
警戒心の強かったあのシンディの顔が綻ぶ。
ふーん……どうやらこの戦士にはこの赤ワインが役に立ちそうね。
「ところでこの森にどんなご用?」
「私達はこの“聖なる野兎”を探しに森へ入りました。ここが妖精の森とは知らなかったのです。するとその葉っぱくんが現れて、この兎達を知ってるというので後を付いてきたんです」
私は抜いた剣を鞘に納め、聖獣の絵を見せながらエリーシャに説明をした。
「おかしいな、この森には幻術が施されていて人間は簡単には入れないし、我々の仲間も普通の植物や動物にしか見えないはずなのだが……」
シンディはさっきまでの緩みっぱなしの頬をピンと張り、疑いの視線で私を睨みつけていた。
「恐らくこの方達のしている首飾り……これで幻術が効いてないみたい。それはどこで手に入れたの?」
「あぁ、これは幻獣ショップのムニャルから借りているのよ」
「「ムニャル!!」」
二人の表情がサッと変わる。
その声と表情は警戒の色を多分に含んでいた。
「あら、ムニャルを知っているの? なら焔火ネズミも知り合いかしら?」
私は彼女達が幻獣と何かしら繋がりがあるのかもと、そう聞いてみたのだ。
「お前、焔火ネズミを知っているのかっ?!」
「え! えぇ……まぁ。昔はうちの屋敷に住んでいたみたいだし。ついこの間、会ったばかりだし」
信じられないといった表情のシンディ。
「シンディ、しかもあちらの方をよーくご覧なさい。何か気付かない?」
するとエリーシャはその青緑色の目を輝かせながらデイジーを見つめていた。
シンディもエリーシャに促されデイジーを見つめる。
「こ、これは……! まさか“天界の者”と同じ力!?」
天界の者?? それって“神様”の事かしら? 確かにデイジーは聖職者だけど、神様と同じ力って……。あ、祈りの力を指すのかしら。そう言えばこの魔除けの装具、祈りの力が込められていると言ってたっけ。
私がきょとんとしていると、シンディはハッとなり慌てて口に手を押さえていた。
するとデイジーが胸の前に手を組み、訴えた。
「あ、あの……ですから私達はあなた方に本当に敵意は無いのです。この野兎たちさえ見つけられれば」
「なるほど、事情は分かったわ。さて、でも困ったわね」
エリーシャの話によると、聖なる野兎は確かにここに居たらしい、そう、昨日までは。ところが妖精の森をちょっと出た隙にゴブリンに捕まり連れ去られてしまったそうだ。
ところで ゴブリンって何よ?
私達はきょとんとした顔をしていると、エリーシャが説明してくれた。
「ゴブリンは邪悪な妖精よ。実は私達は彼等に追われているの……」
最近森の西側に丁度良い洞窟を見つけ、そこを拠点に数を増やしているという。
どうやらそれがあってシンディはピリピリとしていたらしい。
「私達の幻術が施されている森の内側だったらゴブリン達に気付かれる事はなかったんだけど……。ちょっと目を離した隙に外側に出てしまっていたみたいなの。あなた達ゴブリンの洞窟に行くの?」
私はこくりと頷いた。
デイジーは(えぇっ?!)って顔して私を見てる。
あれ?
私、一人で奇襲を仕掛けて一気に攻め落とす気満々だったけど?
やっぱ少し慎重に様子見した方が良いのかな……。
「そう。でもゴブリン達は凶暴よ。戦うのは得策じゃないわよね?」
エリーシャは隣にいるシンディに尋ねるとシンディは静かにこくりと頷いた。
「あぁ、まさか一人で奇襲をかけるなどと考えているなら笑止千万。その様な行為は余程の脳筋か愚か者の沙汰であろうな」
グサ、グサグサ……!
コイツ、私の心を読んでわざと言ってない?
「と、とりあえずそのゴブリンって奴らがどんなだか確認しなきゃ。強さとか人数とか全然判らないし。出来れば目視だけじゃなく少し仕掛けてみたいけどね。もちろん無理はしないけど。デイジーはその間は静かに見てて頂戴」
「わ、判りました! 何かあったら大声で叫びますね」
「いや、それはまずいわよ!」
その場の皆が苦笑した。
「ではシンディをご一緒させましょう。 危険がせまったら一旦私達の森に戻るといいわ。シンディどう?」
「えっ!ひ、姫様のご命令とあらば……」
シンディはびっくりしていた。
確かに敵対心で一杯のシンディを見張りのお供に付けるなんてちょっと訳ありね。
「ではゴブリンの巣窟まで案内して差し上げなさい。シンディ、よろしく頼むわね。くれぐれも気をつけてね」
(続く)
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