5話.北の森

 

 森までの道中、私とデイジーはお互いの事を話し合った。

 なんと彼女は同い年だった。


 栗色で艶のあるショートヘア、そのぱっちりとした大きな瞳も栗色だ。

 笑顔の似合うとてもかわいい顔立ち。

 服装は黒を基調とした修道服、いつもと違うのはその裾や腰、ベールに銀製の装具が付いている。胸には割と大き目な銀の十字架の首飾りが輝いていた。


「その装具、重たくない?」


「教会の皆さんが“魔除け”だと言って付けてくれたんです、心配だからって。神父様が言うには、聖なる野兎も聖職者の姿をしてたからこれを付けた方が良いでしょうって。これには祈りの力が込められてるの。でも正直、ちょっと重いです。付け過ぎですよね」


 私達は顔を見合わせ笑いあった。


 

 セビーヤの街の北側には大きな森が広がっている。


 自然が手つかずで残されており、中に入った者はどういうわけか迷いやすく、怪しげな輩だとか何か恐ろしいものの目撃情報もあったりで、踏み込む者はもちろん近寄る者もあまり居ない。

 

 私達はそんな森の入り口まで、辿り着いた。


「こ、これからこの中を探索するんですね。なんか緊張してきました」


「ま、私もそこそこ剣の腕には自信があるから、何とかなるわよ。さて……とりあえず行こっか」


 森は至って普通だった。


 特に険しい道のりは無く、適度に日差しも入り、森の緑と鳥達のさえずりが心地良い。噂は一体何だったのかと思える位だ。


「ところでカタリーナさんは、シスターレイナとグレゴリオ神父の特訓に、もうついていけてるんですよね?」


「えぇ、まぁ。最初は辛かったけど、だいぶ慣れてきたかしら」


「すごいわー! だから聖騎士の叙任も受けれたのよ、とても名誉な事だわ。私なんてすぐ途中でへばってしまうの」


 あ、デイジー。それがだから……。


「でもね、アーロン神父が言ってくれたの。教会に勤める者には3つの器があるって。一つは教える器、一つは護る器、一つは働く器だって。シスターレイナやグレゴリオ神父はちょっと護る器が大きいのであって、あなたは一生懸命勉強して教える器を目指せば良いって」


「デイジーは働く器はもう十分大きそうよね」


「あら、そんな事無いわ。でも実は私も最初はそう思ってたの、教会の雑用は結構こなしてきてたから。そしたらアーロン神父曰く働く器が一番大変なんですって。それは教会で一日の儀式を済ませるだとか雑務をやるとかではなく、教えを広める事、つまり異国へ布教の道を行く者に求められるものだって。アーロン神父は、自分はもっと働く器を大きくしたいと言ってたわ」


 ふーん、布教の道かー。


 ……と、私は不意に周囲の景色を凝視した。


 どこからだろう……景色はまるで変わら無いのに全く別の世界に踏み込んだ様な錯覚。目に見えぬ霧に覆われた感じ。方向感覚が麻痺して同じところを回ってる様な、誰かにじっと見張られている様な……それは“違和感”としか言い様の無い何か。


 私の勘は危険を感じ取っていた。


「なんかちょっとしたピクニックみたいですわねー!」

「何かが変よ、デイジー。ちょっと用心して頂戴」


 私の言葉に彼女の笑顔は強張った。


カサカサッ、カサカサッ……


「ん? 誰だ!」

「落ち葉のかすれる音ですわ」

「そう……」


 地面には落ち葉が積もっている。

 時折、それは風に揺られていた。

 だけど私にはなぜか、誰かがカサカサっと口で呟いた様に聞こえたのだ。


カサカサッ、カサカサッ、カサカサッ、カサカサッ、……


 ちょ、ちょっとこれって……絶対何か居る!


「どうも! お散歩ですか?」

「「!!!」」


 落ち葉ではない。でも話しかけてきたのはそれだった。


 どこからどう見てもただの落ち葉。

 ところがよーく見ると葉っぱで出来た手と足をばたつかせ、それが私達に話しかけてきたのだ!


 な、なんなのコイツ!?


「水、探してます。くれませんか?」

「て、天の道が……見えます……」


「ちょ、ちょっとデイジー! 大丈夫よ、落ち着いて! えーーっと水が欲しいの? ハイ、これ!」


 デイジーはその落ち葉が語る様にすっかり動転し気を失おうとしてる。

 後ろによろよろっと倒れかけた彼女を私は慌てて支えながら、水筒を出し、その葉っぱくんに振りかけた。


 ところが水筒から出てきたのは真っ赤な液体、水ではなかった。


「デ、デイジー! この水って……」

「ええ、水よりこっちの方が飲み易いと思って」


 なんと、デイジーが用意したのは水ではなく、修道院で作った赤ワインだった。


 確かにラピスワインなら普通と違い“聖水”の効果も期待できる。

 でも、デイジーはそうと知っててそうしたのかしら?


 それにしても……この中身はワイン!

 ……じゅるり。


「あれ? これ、水じゃない。でも、とても美味しいです! ありがとう! 驚く程しっとりしました! ところであなた達は何しにこの“妖精の森”に来たのですか?」


「え? 妖精の森?……私達、この野兎を探しに来たのよ」


 そう言ってその葉っぱくんに聖なる野兎の絵を見せた。


「あー! 知ってます。最近入って来た新しいお客さんですね。不思議な水のお礼に僕が案内しますよ」


 葉っぱくんはそう言うとトコトコ駆け出したので、私達は慌てて後を追いかけた。


「カタリーナさんが一緒で、本当に心強いですわ!」

「あら、よーく見ると可愛いじゃない!? この子」


 その葉っぱくんがトテトテと走る様子はあまりにも可愛らしく、私達はつい「いや~ん可愛い~!」と見とれながら、それの正体が何なのか深く疑いもせずトコトコと後をついて行ってしまった。


 しばらくついて行くと頭上から声が聞こえてきた。


「にゃふふ~! あそこにネズミがいますのー!」

「遊んであげますの!」


 葉っぱくんの後を追いかけながら声のした方へ顔を向ける。しかし生い茂る木々の枝と葉っぱで声の主は確認出来ない。私は視線を葉っぱくんに戻した。

 

 その時……!


「キャー! な、何ですかっ、あなた達は!? ネ、ネコ娘?! あ! 攻撃してきましたよー! あぶないっ!!」


「「猫パンチですのー!」」(ボカボカッ!)

「くっ!」


 突如現れたこのネコ娘の姉妹達に不意を突かれた私はパンチを喰らい、茂みの中に転げ込んだ。あの葉っぱくんを見失わない様、気をそちらに向けた瞬間だったのだ。


 彼女(?)達は頭にネコ耳、お尻に尻尾があり、手足がネコのそれだった。しかし着ているのは人間の服だったし、パッと見は人間の娘の様だ。まさに“ネコ娘”としか言い様がなかった。 


「にゃはー!」

「こっちの獲物はじっくりやりますの!」

「あぁっ! カタリーナさん!! わ、わ、私はどうすれば……」


 早くデイジーを助けに行かなきゃ!

 

 ネコ娘の姉妹がデイジーににじり寄る。

 デイジーは胸の十字架を握りしめ、迫るネコ娘達を見ながらガタガタ震えている。

 

 その時だ。


『や め て く だ さ ーーーーー い っ っ ! !』


「「うにゃっっ……!?」」


 周りの木々が揺れ、鳥達は一斉に飛び立った。

 ネコ姉妹はその馬鹿でかい“声”に驚き、耳を抑えている。


「私達を襲うのならば、もう一度叫びますよ!(スゥ)」

「い、イヤですのー!」

「キライですのー!」


 驚いた!


 あのネコ姉妹を“声”だけで追い払うとは……おそるべき破壊ボイス!

 あーでも耳キーンしてる……。( ̄∇ ̄;)


「大丈夫ですかっ、カタリーナさん!!」

「……あ、うん、大丈夫。それにしても、凄い“声”ね」


「そ、そうですね。私もビックリ! 教会の訓練で良く“声を出せっ! ”ってグレゴリオ神父様に鍛えられたから…かな」


 恐るべし聖ラピス教会……なんだかんだ皆知らぬ間に体を強化しているんじゃないかしら。


 私達は、お互い顔を見合わせ笑いあった。


 ホッとしたのも束の間、辺りを見回すと葉っぱくんの姿はない。

 しかも大分、森の奥の様だ。


 それにここは“妖精の森”って、確か言ってたっけ……。


(続く)

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