4話.ミッションその2「聖なる野兎」
私はアーロンさんを引き連れて商店街の路地奥にある幻獣ショップ『ムニャル』に向かった。
アーロンさんは「こんな所にお店があったとは……」と大層驚いていたわ。
私はアーロンさんに例のペンダントを出して見せ、
「これのお陰みたいなの。一般の人には見えないんだって。アーロンさんは……そう言えばこういうの見るの得意なのよね?」
アーロンさんはニコッと微笑み返した。
窓を覗くとソファの上で体を丸めて、ムニャルが居た。
どうやら眠っている様だ。
こうして見るとほんっと、ネコみたいよねー……可愛い。
店に入ると、扉の鈴でムニャルは目を覚ました。
「こんにちは、ムニャルさん! これ返しに来たの」
ムニャルは私の顔を見るなり、思いっきりしかめっ面して返事した。
「ニャニャ! なんだお前かニャー。せっかく心地よい微睡みに浸っていたのにニャー。この前は散々な目にあったのニャ……。痛い目には会うし、梟ネコには逃げられるし、焔火ネズミも捕まえられなかったし……お前の顔を見ると思い出すニャ、気分が台無しニャ」
何よ! それって私のせいじゃなくない?!
お腹の焼け焦げた跡には包帯が巻かれており、ムニャルはそこを優しく摩りながら視線を私から隣にいたアーロンの方へと向けた。
アーロンさんは部屋中に張られた紋様を興味深く眺めまわしており、ふとムニャルと目が合い、話しかけた。
「へぇ~あなたが幻獣ですか~! 初めまして、私、教会の神父をやってますアーロンと言います。あの……お伺いしたい事があるのですよ」
「なんだ、客かニャ? 何が聞きたいんだニャ?」
「実はですねー、うちの教会にこんな物がありまして。だいぶ古くから教会にある物みたいなんですが……」
そう言うとアーロンさんは、布で包んであるその荷物をテーブルの上に置き、包みを開いた。現れたのはだいぶ古びた感じの箱。その蓋を開くと中からは、少し磨けば相当値打ちがありそうな黄金の“聖杯”があった。
私はその聖杯に何か嫌な気配を感じ取った。
「ふーむ……。これは間違いなく特殊な魔道具の一種ニャ。ただこの聖杯、かなり危険な匂いがするニャー。しかもどこかで見た事がある様な……」
「もし何か手がかりがあれば教えて頂きたいのですよ」
「よし、判ったニャ! そのかわり、ただでとはいかないのニャー。情報料はこれ位になるニャ」
するとムニャルはその辺のチラシ紙にサラサラっと値段を書いていた。
私はそっとその額を覗き込む。
「げっ! こんなに高いの? ちょっと高過ぎるんじゃない?!」
「まーたお前はそうやってー。今度という今度は駄目ニャ!」
腕を組みながら私からそっぽ向いて強い口調で言い切るムニャル。
すると何か思いついたのか、右手の拳を左の掌にポンッと打ち、再び私に視線を向けた。
「ただ……もーしあれを代わりに捕まえて来てくれるのなら話は別だがニャ?」
またか……。確かムニャルってこっちの世界に紛れちゃった幻獣を回収してるって話だったわよねー。コイツ自分じゃほとんど動いてないんじゃないかしら?
「(はぁ)……で、今度は何よ?」
「それは……“聖なる野兎”だニャ」
するとムニャルは絵の描かれた1枚の紙を差し出した。
そこには聖職者の恰好をしたとても可愛らしい兎が二人、描かれている。
「か、かわいい!」
「こいつらは穢れを知らない純粋無垢な聖獣だニャン。おれっちの様に俗っ気があると捕まえるのに苦労しそうって思ったんだけど、ニャンかお前も苦労しそうだニャー、心配だニャ……」
「……どういう意味よ」
「それなら、うちの教会の者にもお手伝いして貰いましょう!」
「それは良い考えニャ!恐らくこいつらは“北の森”に居る。この聖杯の情報についてはちゃーんと本部に連絡を入れて調べてやるニャン安心しろニャン」
ムニャルとの話を終え、店を出た私達。
「すみません、カタリーナさん。私、個人の事なのにご協力頂いてしまって。しかも本当なら私が行くべきところですが教会の仕事を休むわけにも参りません」
「良いのよ、アーロンさん。私だってアーロンさんには助けて貰ったんだから。持ちつ持たれつよ。それにね、何だか私、あの聖杯がなぜかとても気になるのよ」
それは、ただの直感。
でもこのまま放っておいてはいけない――そんな気がしたのだ。
「そうですか、カタリーナさんにもそう感じられるのですね。でも、そう言って頂けるとありがたいです。あの値段は正直、大変な額でしたからねー。そうそう、一緒のお供にはあのデイジーを行かせようと思っています」
デイジーか。戦力としては数えられなそうね。そこは私がカバーしなきゃ。
あ、でもレイナさんの例もあるしああ見えて実は相当馬鹿力だったり?
「うちの教会の者は当然ですが聖職者ですから、“穢れ無き者”である事は確かなのですが……なんというか筋力が半端無い方達ばかりでして。ほら動物だってその相手から発する気配を察して逃げるというじゃないですか。幻獣はどうか分かりませんが。その辺を考慮しても、彼女なら安心だ」
確かに、レイナさんと言いグレゴリオさんと言い滅茶苦茶強そうだ。多分普通に格闘したら下っ端の兵士より強いかもしれない。
「デイジーさんなら優しい気配に満ち溢れていますから。ひょっとしたらあっちから寄ってくるかもしれませんよ!? まぁそれは冗談としても、彼女、ああ見えてかなりのしっかり屋さんです。きっとお役に立つと思います」
◇
教会を出発する時、アーロンさんは見習い修道女デイジーを引き連れてきた。
「デイジーさん。あなたが出来る事、果たせる役割をしっかり考えて、カタリーナさんをサポートするのですよ」
「はい! 神父様。頑張ります!」
アーロンさんの隣にはグレゴリオ神父が控えていた。
その手には、鞘に入った剣。
それは私がアーロンさんに、あればと頼んでおいたのだ。
「この剣は、我ら『聖ラピス騎士団』が使っていたものだ。今はただの飾りとなっておったが、今こそ再びその役目を果たす時であろう」
グレゴリオ神父は私に「跪き、神に祈りを捧げる様」と言った。
私はグレゴリオ神父の目の前で跪き、目を閉じ頭を垂れ神に祈った。
すると私の右肩にそっと剣の平が置かれ、グレゴリオ神父が厳粛の響きを以ってこう告げたのだ。
「神と大天使ミカエルと聖ゲオルギウスの名の下に、貴殿を騎士に叙する。そして神に祝福されしこの剣を取るが良い。聖霊の賜物により、汝の前に現るあらゆる敵を撃退せよ」
なんでも
飾りになっていたとはいえ、それ程重要な意味を持つ“聖剣”なのだ。
私は神父の手でその腰に帯刀を授かると鞘から剣を抜いてみた。
陽の光を反射し眩しく輝くそれはまるで神の力が宿っている様に思えた。
これは、確かに良い剣だわ。
因みに街で万が一、帯刀を尋問されても一言、「聖騎士である」と言えば良いとの事。デイジーも一緒だからまず大丈夫だそうだ。
アーロンさんとグレゴリオ神父が私達に向け、手で十字を切る。
準備は万端だ。
こうして私とデイジーは北の森に向け出発した。
(続く)
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