7話.ゴブリンとの対決
森の奥にひっそりとある洞窟。
入り口には見張りと思われるゴブリンが二人。
カタリーナ達は離れの茂みに身を潜め、様子を伺っていた。
生暖かい風がゴブリン達のアジトの方から吹いてくる。
見張りの声が風に乗って聞こえてきた。
「オイ! 様子ハドウダ?」
「問題ナイ。気ニシ過ギジャナイカ?」
「最近ニンゲンガ、コノ辺リデ良ク目撃サレテイル。仲間、ヤラレテルンダ!」
彼らの話す言葉はカタリーナにはなんだか、変な風に聞こえた。
エスパニル語を話している様なそうでない様な、訛りとも違うし何か妙だった。頭の中にノイズの様に聞こえてくる。
鋭い眼つき、長く尖った耳、肌の色は緑色だ。
耳の形だけはどこかシンディやエリーシャと同じ感じがした。
そのゴブリンの背丈は2人とも低く、胸くらいの高さも無さそうだった。
持っている武器は棍棒と石斧。
体はがっしりしているがマッチョという程ではない。
「ふーむ、どんな化け物かと思ったけど、コイツらならあんまり大した事無いんじゃないかしら。問題は、あの洞窟にあとどれ位のゴブリン達が潜んでいるか……。デイジー、シンディちょっと良い? こういう作戦で行こうと思うの……」
陽は落ちていき、辺りはうっすら闇が差してくる。
カタリーナはいよいよ作戦を決行する事にした。
「気をつけて下さいね。無事であります様……お祈りします!」
「……やや無謀にも思えるが、お手並み拝見といくか」
「ありがと、あなた達も気付かれないようにね。じゃあシンディ、こっちはよろしく。よし、行くか!」
気配を殺しながら、そっと洞窟の脇へと遠巻きに寄るカタリーナ。
石を幾つか拾って茂みから一個を向こうのゴブリンの方へポーンと投げた。ゴブリンは石に気付き、確認に向かう。その隙に手前のゴブリンに向かって、カタリーナは石を思いっきり投げつけた。
ゴツン!
(よし、命中!)
「痛ェーーッ! ダ、誰ダ!? オレ様ニ石ヲ当テタノハーーッ!!」
石をぶつけられたゴブリンがカタリーナの潜む茂みに向かってきた。
そこは洞窟から陰となり、もう一人の見張りの姿が途切れる。
茂みの中をガサゴソと探し回るゴブリン。
カタリーナはその隙に素早くゴブリンの背後へ回り込み、踵の腱を狙いすまして切りつけた。
「ギャーーーッ! ヤラレタ、助ケテクレー!!」
もう一人のゴブリンも漸く戻ってきた。
「ダ、大丈夫カッ?! 待ッテロ! 今応援ヲ呼ンデキテヤル!」
暫くすると洞窟の中から仲間たちがぞろぞろと出て来た。
(あれで全部かしら? 出来ればそうであって欲しいけど……)
その時、背後から複数の人の気配がした。
「誰っ?!」
「おや? またお前かー! 俺だよ【ハリケーン・キャット】さ! この綽名、気に入っちまってな、頂戴したぜ! お前もあの化け物達に用事があるのか? 実は俺達もさ、手伝うぜ」
その声には聞き覚えがあった。
ポルトゥール訛りのこの声、以前セビーヤ商店街で出くわしたあのスリだ。
という事はこの後ろの連中は仲間……盗賊一味といったところか。
(手伝ってくれるって? この数なら上手く叩けるかも!)
カタリーナは手短に作戦の概要をハリケーンキャットに伝えた。
◇
「出テコーイ! ン? 人間ノ匂イ、シナイゾ?」
「作戦、ドースル?」
「風ノセイデ匂イガ、判ラナイナ。オマエタチ! 気ヲ抜クナヨ」
ゴブリンの仲間達が続々と洞窟から出てきた。
周囲を警戒している。
カタリーナ達は風と暗闇に紛れ、彼らを取り囲んでいった。
(さーて、ぶっつけ本番。カイマンの特訓で鍛えた“あれ”試してみるか……)
カタリーナは目を瞑り呼吸を整えていた。
久し振りだが自信はあった。
それには教会での訓練が、実は自信の支柱となっていたのだ。
己の内に泉の如く湧き出でる闘気。
ビュオォッ――
ひときわ強い風が森を吹き抜けた。
刹那、カタリーナは瞳を開く。
視線の先には背が高く、サーベルを手にしたリーダー格のゴブリン。
吹き抜ける風と森のざわめき、夜の闇間に気配を忍ばせ、カタリーナは跳んだ。
疾風迅速――八相の構えより放たれた漆黒霞の一刀は、袈裟一撃にして、それの体を斜め二つに両断す。
他のゴブリン達は全くそれに気付いていない。
間髪入れず、体を思いっきり捻り地面を蹴った。
タンッ!
次いでもう一人のゴブリンに向け、どけっ! と言わんばかりに水平に薙ぎ払う。
霞一閃、ゴブリンの体はまるで巻き藁の様に分か断れた。
ゴオォォッ――
風が更に強まった。
バタン!
「リ、リーダーガヤラレターーッ! グエェ!」
地面に倒れ伏すその音で漸く一人のゴブリンがそれに気付き大声を張り上げた。
しかし時既に遅し。
あちこちで一斉に盗賊一味がゴブリン達に斬りかかっていた。
カタリーナも身近にいる残りのゴブリンに斬りかかる。
木々の
――――
……風が、止んだ。
あっという間の出来事だった。
外に出てきたゴブリン共は皆、カタリーナ達によって殲滅されたのだ。
「お前、やっぱなかなか良い腕してんな。先陣切って斬り込んだあの技、その度胸も大したもんだ! どうだ、うちの“チーム”に入らないか? お前の実力なら大歓迎さ!」
「お誘いありがとう! 考えとくわ。デイジー、もう大丈夫よ。さぁ洞窟の中を探しましょう」
「あぁカタリーナさん、無事でよかった。シンディさんとはさっきお別れしたところ。それにしてもカタリーナさんって本当に強いのねー、シンディさんも感心してたわ。今度手合わせしたいって!」
◇
洞窟の中へ注意深く入って行くカタリーナ達一行。
幸い、【ハリケーン・キャット】の一味が明かりを持っていたので、中の様子はそれで確認する事が出来た。どうやらもうゴブリン達は居ない様だ。
「あ、あれじゃないかしら!?」
洞窟の一番奥、隅の方に木の枝で作られた檻の様な物をデイジーが発見した。
その中に兎らしき姿が見える。
「お前達、その兎を捕まえにわざわざここに来たのか? とんだ命がけのハントだなぁ! え、オレ達はって? 実はここ、オレ達のアジトなのさ。ちょっと『ポルトゥール』に用事があってな。帰ってきたらコイツらがいつの間にか居ついてて、さぁどうしたもんかって考えてたわけだ。あ、ここの事は秘密な。そっちのシスターも頼むぜ」
デイジーは初め、この一味に酷く警戒していたが、【ハリケーン・キャット】に“シスター”と呼ばれてまんざらでもなさそうだった。
「そ、そんな……! 私なんてまだ見習いですし、あ、でもそう呼ばれて悪い気はしないというか……」
小さな声で誰に告げるとでもなくもじもじしていた。
そんなデイジーを傍目にカタリーナは早速、檻を壊して、聖なる野兎を出してあげた。
「(か、可愛い……)おいでおいで~! 抱っこして撫で撫でしてあげる!」
そっと手を伸ばすカタリーナ。
ところが兎達は、なぜかカタリーナから逃げ、デイジーの陰に隠れてしまった。
そしてカタリーナを伺い、怯えている。
「あら~、大丈夫よ~、怖がらないで。よ~しよし」
デイジーは軽々と兎達を抱え上げる。
なぜか兎達はデイジーには怖がらず、膝の上で安心しきった様子だ。
(クックック……、ヒー……、クスクス、カンベンシテクレ-……)
洞窟の中にうっすらと、しかししっかり響く嘲笑の声。
「な、何よ! なんかおかしくない?! いやおかしいっ!!」
野兎の行動に納得がいかず洞窟に響く嘲笑に悶々としたカタリーナを傍目に、デイジーはそっと優しく、兎達を自分の皮袋の中に入れてあげていた。
こうしてカタリーナ達は無事、聖なる野兎を捕まえる事が出来たのだった。
(続く)
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