第3章.回り出す歯車

1話.カラボスの呪い

 私ね、その人の運命に、とっても影響を与えてるのって“出会い”だと思う。

 

 だって、私の歩んだ道ってまさに“出会い”が私に与えてくれたようなもんだから。


 そうあれは、激動な運命という歯車が回り出す頃だったと思うわ。


~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~


「神父様っ!! 大変です!」


 見習い修道女シスター<デイジー>の発したその声には緊張と焦燥が含まれていた。


 バンッと開かれた扉、床を叩きつける火急の跫音きょうおん、静かな広い教会の聖堂に響き渡るそれが風雲急を告げている。 

 彼女の後にはカタリーナを担ぐアルルヤース、そしてカイマン、グレースが急ぎ続くのだった。


 聖堂で一人佇んでいたのは神父<アーロン>。


 彼は瞑想していた。


 信者達との儀式を無事に終え、若さゆえの不覚や未熟が無かったか、更なる精進を目指しての言わばルーティン。

 彼にとって、今日一日を締め括る大事な作業だった。 

 

「どうしたのです? 騒々しいですよ。シスターを目指したる者、常に落ち着きと清純を持って行動なさい。おや……」 


 大事な瞑想を遮られ、やれやれと振り返る。

 だがその人影のただならぬ様子を察し、眼鏡の位置を人差し指で合わせると、腕に抱いた少女に必死に声をかけている姿があった。


 身近にまで来たデイジーは祈る様に手を胸の前で組みこちらを見つめている。

 アーロンは急ぎ来訪者達の元へ駆け寄った。


 男に抱かれたその少女は、まるで死んでいるかの様に目を閉じ静かでいた。

 そして首筋には赤い斑点が2つ。


(これは……随分と複雑な刻印ですねぇ。しかもなかなか強力だ)


 そっと傷口に触れるとバチンと見えない力で指が弾かれた。


(ふぅむ……)


 口に手を当て思案に耽るアーロン。

 その様子にアルルヤースは思わず問うた。


「今のは一体なんです? 只の咬傷では無いのですか?! 大事な、大事な妹なんです! どうか助けて下さい!!」


「まあまあ、落ち着いて。これはただの咬傷ではありません。だから今、思い出しているところなのですよ」


 アーロンはそう言って自分の頭を指差した。


「教会というところはなかなか知識の宝庫でして。私はそれらを学び、吸収しこの頭の中に網羅しているのです」


 ◇


 ここ聖ラピス教会には、国内外問わず様々な所から色々な職種の者達が、修道士を目指し集まってくる。そうして自然と知識の集積所となったのだ。


 修道志願者の中には魔術士も多い。そして彼らは魔術書を携えてやって来る。だからここは、隠れた魔術書の宝庫でもあった。

 

 アーロンは、幼い頃この教会に引き取られた時から、魔術書を読み漁っていた。

 それに観光や礼拝に訪れた魔術士に個人的に伺い書き留めていた物もあり、いつしか彼の印に関する知識量はエウロペでも随一となっていたのである。


(しかしこれは……今はもう絶えたはずの“ヴラド家”の魔術に似ています。しかもかなり強力だ) 


 カタリーナに施された様な、効果を持続させる類の魔術には“刻印”が不可欠。

 文字通り“印”を刻むのである。


 だから、アーロンはカタリーナの首筋に残された“刻印”を注視していたのだ。

 それはアルルヤース達には見えない。

 修業を積んだ一部の聖職者のみが視る事が出来る特殊技能だ。


 しかも触れると弾かれる。これは典型的な邪気の反応、ここの聖職者なら常識だ。

 だからこれは魔術と邪気を高度に複合した強力な術式――乃ち“呪い”である。


 アーロンは問うた。


「それにしても……この呪いはどこで受けたんです? これは普通の人間が施せる術じゃあない」

 

「その呪い、<カラボス>に拠るものよ」


 アーロンは、返答したその声の主に目を見張る。


 その者は、薄暗い教会の夜闇に溶けてしまいそうな濃紺色のローブを纏い、その顔は大きく深いフードに覆われ口元しか見えない。その口元は、真っ赤な紅を差しとても印象的で、妖しげな雰囲気を醸している――如何にも魔術士らしい。

 

「成る程……」


 カラボスと言えばヴァラキアのお伽話。

 しかも、ヴァラキア公国はヴラド公爵が治めていた国だ。


 アーロンの頭の中で点と点が繋がった。


「ところであなたは?」


「私はグレース。そいつと会った者よ。彼女はまだ完全復活でないと言っていた。だからその呪いも完全では無いはず」


「いえいえ、十分強力ですよー。この娘、早くしなければこのまま永遠の眠りから目を覚ます事は出来なくなってしまう」

 

「た、助からないのか?!」


 アルルヤースの問いに、アーロンは否定してみせた。

 助ける鍵はヴラド魔術にある、と見込みが付けたからだ。


「今は急いだ方が良さそうです! デイジーさん、他の皆にも呼び掛けて、ありったけの聖水を集めて下さい! さーて忙しくなりますよー!」



 ここはテミス修道院。

 聖ラピス教会に隣接する修道士達の修行の館。


 カタリーナはその修道院の一室で寝かされていた。


 まだ意識が朧な頭の中に、どこからか聞き覚えのある声が聞こえていた。


(おい……おい、お嬢ちゃん! 大丈夫か?! 随分と強い呪いを受けちまったなー、これじゃあ眠り姫だ。だが安心しな、また俺様が助けてやる! 眠りの呪いを解くにはコレが一番……)


(い、嫌ぁーーーっ!!)


 途端、カタリーナはベッドからガバッと飛び起きた。


 辺りを見回すと一晩中看病してくれていたのだろうか、いつぞや見た修道女シスターがベッドの足元で、付いた手を枕にうつ伏せて寝ていた。


「こ、ここは、教会……? “夢”だったのかな……いやきっと“夢”よね」


 カタリーナは体中からジットリする嫌ーな脂汗をかいていた。

 今もまだ心臓が高鳴っている。


 すると漸くカタリーナに気付いた修道女は、胸の前で手を組み、パッと明るい笑顔で話しかけた。


「まあ! ようやく目が覚めたのですね! 良かったぁー。ここはテミス修道院、私は見習い修道女シスターのデイジーですわ。今までずっとあなたの看病をしていたの」


「あ、あの、どうもありがとうございました。ところでこの部屋ってあなたの他に誰か今日、来たかしら? 声が聞こえたんだけど……」


「今日ですか? いいえー、他の皆は教会へ行ってるし、今この修道院に残っているのは私達だけのはずですわ。多分夢じゃないかしら。あら、汗をかいていますのね。では今、お着替えお持ちしますね」


(やっぱり夢か……。あー良かった)


 カタリーナは、焔火ネズミがチューしようとする夢を見て飛び起きたのだ。

 

 デイジーの報せを受け、神父はじめ教会の皆がカタリーナの下にやって来た。

 そこでアーロン神父から、アルルヤース達がここへ運び、教会の皆の懸命の介護によって眠りの呪いを解いた事をカタリーナは知った。


 アーロンは尚もカタリーナの首元にそっと手を当てながらじっと見つめている。


「本当に目覚めて良かったですね。ただあなたの受けた呪いはまだ完全には消えてない様です。恐らくこれは眠りとは別の呪い、私も見た事が無い。どうです? 様子を見る為にもしばらくこの修道院で私達と一緒に過ごされては。もちろん、あなたのご家族にも了解のうえで」


「あら、では新しい仲間ですね!」

「これも神のお導き……」

「必要なのは強き肉体!」


 集まった神父やシスターがカタリーナに向かって激励の声を掛ける。

 ……一人変な神父がいる様ではあったが。


「おやおや、みなさんあなたとの生活を楽しみにしているようですね。お手柔らかに頼みますよ。では早速、ご家族のもとに使いをやりましょう」



(続く)

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