2話.ここって教会?1

「ではでは次次~!打ち込み100回、行きますよ~!」

「はい!」


 私は修道女シスターの一人<レイナ>さんと面向かって“正拳突き”を始めていた。

 もう一度言おう、“正拳突き”を100回である。


 因みにさっき腕立て100回、腹筋100回やったばかりである。

 更に言えば、私は昨日目覚めたばかりである。


 あれ? 私何しにここに来たんだっけ……ここって教会よね?


「はい! 終わり~。あなた、なかなか見どころありますよー!」

「あ、ありがとうございましたー!」


 レイナさんは一つ年上のお姉さんだ。

 ピンク色の綺麗なロングヘアに大きな茜色の瞳、童顔で私より若く見える。普段はゆったりとした修道服を纏っているが、訓練の時には白や黒を基調としたロングパンツに裾丈が太ももまでしかない短めの特製修道服を着込んでいる。


 驚いたのは彼女、結構華奢な体つきにも関わらず、息一つ切らせず同じ訓練をこなしている!


 腕立てを共にこなした時には、(私の他にも“似た者同士”の女性が居たのね!)と、初めて会う本格的肉体派女性に感動したのだけれど、その思いは次々とメニューを軽くこなしていく彼女を見ているうちに、段々“異物”を見る目へと変わっていった。闘気を使っているわけでもなさそうだ。


 おかしい……彼女の体は一体全体どうなっているのかしら?


 へとへとになって息を切らしている私の所へアーロンさんがやってきた。


「おや、“底無し”のレイナさんの特訓についてきてるとは、やりますねー」

「アーロンさん、教会ってなかなかハードな特訓をする所なんですね」


「いいえ~、皆がああいう特訓ばかりしているわけではありません。実はこの教会特有の事情がありまして……」


 この聖ラピス教会で修めた者は大抵どこかしらの国の教会で、それなりの地位で迎えられたり任せられたりするそうだ。それは神学の修行が充実しているだけでなく他の技術教養も数多く学べるというこの教会の特異性も関係している。要はここでしっかり修めると優れた人材として認められるのだ。

 そんな評判から修道志願者の中には志の低い者もあとを絶たないのだという。


「それでああいう厳しい特訓で“ふるい”にかけてるわけですよ。ほら、あちらでも丁度やっています」


「必要なのは強き肉体! 神の加護とは健全なる身体にのみ宿るのだ! 故に今の貴様らに物を考える資格はないッッ!! 走れッ! 走れッ! 声を出せーッ! 鍛えて鍛えて鍛え抜けッ! 己を信じ、妥協を許さなかった者にのみ、正しい神の教えを授ける!」


 あ、私が目覚めた時、一人変な事言ってた神父だわ。

 すごい筋肉ね、鍛え抜かれてる。ちょっと引く……。

 なんで神父様なのに軍人並に鍛えてんのよ?!


「ただ……単に篩としてだけでなく、彼、<グレゴリオ>の言う事も一理あるのです。私達は異国の地へ布教に務める事もします。そこでは素直に我々の教えが受け入れられず、人々の疑心、無理解、中傷……、それらにも辛抱強く耐える必要が出てくる。己の信念を曲げず、正しい教えを広めるのに、強き肉体と健全なる精神、そして神を信ずる強さが必要になるんです」


 アーロンさんは力強く言い切って立ち上がると、少し悲しげな表情をしてグレゴリオ神父達の鍛錬の様子に目を向けた。


「残念な話、同士の中には途中で心が折れ、邪神崇拝へと迷った者達もいるもんですから……二の轍を踏まぬ様、日々強き精神を鍛え上げる、そういう意味も込められているのですよ」


 へぇ……でもあれは鍛えすぎよね。まるで戦場に向かう体付きよ?


「じゃあ、私の特訓は……」


「えぇ、あなたの場合はその“呪い”に打ち克つ強靭な肉体と精神を作り上げる為ですね。それと……こちらの都合もありましてね。それは追い追い話すとしましょうか」


 そう言えばレイナさんは自ら稽古をこなしている。

 化け物じみた体力から“底無しのレイナ”と呼ばれるのも納得だわ。

 あのグレゴリオ神父もみんなと一緒になって走ってる。 

 決して篩としての訓練だけじゃなく日々、己を磨き上げる為の訓練ってわけね。


 あーでもここの訓練ってカイマンとの特訓を思い出すわー、やってて良かった。

 ついていけないわよ? 普通こんなの。

 私がお淑やかな女性だったらどうしたつもりなのかしら?


「あの……シスターテレサやデイジーも同じ訓練を?」


「ああ、デイジーさんは手こずっている様です。今でも特訓を続けてますよ。ただ声だけは彼女が一番張り切って出しています。シスターテレサは……どうなんでしょう、私にも判りません」


 そう言ってアーロン神父は微笑んでいた。

 なんか、逆に怖いわね……。


「まぁグレゴリオ神父はラピス聖騎士団の団長でしたから実力は申し分ない。そしてレイナさんはラピス聖騎士団最後の入団者になります。まあ団自体は今の世にもう必要ないと解散しましたがね」


 兄達2人が私に勧めたのってひょっとして聖騎士を目指す道だったのかしら?

 まさかねー。


 しっかし、少し笑っちゃうわ。なんで私はこう稽古や訓練と縁が多いのかしら。  

 ある意味、父と同じ天運を持ってる気がするわ……ベクトルは違うけど。


 少し汗ばむ体、心地よい疲れに、私は喉の渇きを覚えていた。

 だからというのもある。私にはとっても良いアイデアが閃いていた。


「そういえばアーロンさん。ここでは赤ワインの製造もやっているんですよね?」

「おや、興味があるのですか? どうぞどうぞ、ご案内致しますよ」


 そう言ってアーロンさんは私を修道院の地下へと誘ってくれた。


 フフ……思った通りだわ。

 さ~て少し御馳走になろうかしら。

 神様だって、きっとお許しになって下さるわ。



(続く)

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