第七十三話 この音色に耳をすませば

プププゥ~プププ、プフプップゥプププ~プププゥ~♪


「えぇ?! お……オナラで曲を……『タナトス』を弾いてる?」


 そうです。世にも奇怪きかいな、オナラによる路上演奏ですっ!


「すげぇ……、ちゃんと音階おんかいとれてんじゃん……」


 それは完全にすいの「誘発」と「音楽センス」任せ。 僕は正直立ってるだけ。

 周囲の花火大会の観客は足を止め、突然にはじまった演奏に注目をし出す。


プププププ~プ~プ~♪


「なになに、なんの騒ぎ?」

「へえ……。オナラだけに」


 永盛さんを見つけ出すための、僕の「一計」――僕たちがこんなことをしている理由わけ。それは、即興そっきょうで「パフォーマンス」をし、この場を「人が集まる賑やかな場所」にすること!

 「脇役体質」のせいで「賑やかな場所」に引き寄せられてしまう彼女がまだこの近くにいるのなら、この場を人でいっぱいにすれば、きっと現れる! というわけで、僕は公衆の面前でオナラをしているッ! とめどなくオナラをしているッ!


プププププ~プ~プ~、プ~ププ~♪


「でもなあ、オナラだしな……」

「ちょっと……キタナイよね……」


 うぅ! 観客の心が離れていってる……? オナラでの演奏――たしかに物珍しいけど、出オチ感が強いし、下品の代表みたいなオナラだし、可愛らしいすいが、可愛らしく指揮の手振りをしているとはいえ、演者は地味すぎる僕だし……。このパフォーマンスじゃあ求心力が足りないか……?


 そのとき、「あら」と声を出し、観客の中から一歩前に出てきた者がいた。


「なんだか楽しそうなことしてるじゃないですか」


 りんと背筋を伸ばし、大輪の向日葵を足元に引っ提げて、周囲の注目を浴びていることを自覚しながらの悠然ゆうぜんとしたウォーキング(あえてウォーキングと呼ぶ)で僕たちに近づいてきた人物は――。


「ソフィー!」

「こんな楽しそうなこと、私を混ぜないなんて野暮やぼの極みよ?」


 僕の前に立ってそう言うと、彼女はおもむろに浴衣の帯を解きはじめた。


「な、なにしてンの? ソフィー!」


 「ふふ」と僕に目を向けて微笑したソフィーは、浴衣にも手を掛ける。まさか、脱ぐ気? ま、まま、マズいんじゃないでしょうか……?

 僕はおもわず手で顔を覆った。


「強くん……。浴衣の下、裸だと思った?」


 その声に、おそるおそる指の間を拡げる。


「あ……。キャミとペチコート……?」


 ソフィーはベージュのキャミソールと、同色のペチコート姿になっていた。下に着ていたのか……。

 してやったりみたいな笑みを浮かべてるけど、それでも充分、露出高いからね……?


 彼女はリズムをつけて手を振り続けているすいに視線を送った。すいが渋々といった様子でコクン、とうなずく。


「ソフィー……、まさか……、アレ?」

「もちろん。強くんの『答え』とコレは……別物だからね?」


 ソフィーは僕の頬に手を添え……顔を近づけ……。


「うひゃあ! あの子たち、キスしてるよ~」

「片方はオナラしながら……、片方は下着になってキスって、なにコレ? どんな状況?」


 うん。おかしいですよね。立派な、奇怪なパフォーマンスですよね。

 だが、ソフィーの思惑が「強化」でなく、別のところにあったことは、次の瞬間のオーディエンスの反応からしても明らかだった。


「どういうこと? ……キレイ」

「髪が……光ってる……」


 僕たちのパフォーマンスの場、出店の列の最端さいはじ。花火大会の主要な場からは少し遠いこの場所は、光源が比較的少ない暗がりだ。

 そんなこの場に、新たな効果が――強化キスしたソフィーの髪が金色に、瞬くように光る「照明」効果が加わった。ソフィーの異国的な美貌も相まって、場を一気に幻想的にしつらえる。

 さらに……。


ププププ プププ ププ~プププ~♪

 ピピップ ピピップ プッピプ~♪


「あ、これ『タナトス』のピアノ旋律も入った? あ……でも、アレンジっぽい?」


 ソフィーも加わっての、オナラの二重奏。「テレパシー」では主旋律以外伝えきれてないから、すいの音楽センス全開のアレンジだろう。

 あれ、でも確か……。


(すい……、ソフィーって、吸唇鬼きゅうしんきって、「屁吸術」効きづらいんじゃなかったっけ……?)

『うん。でも、やりづらいのは「御霊みたま神髄しんずいとらえる」こと。「失魂しっこん」とか「操魂そうこん」だね。オナラの誘発はやりづらくないし、ワタシ自身もパワーアップしてる。問題ないよ』

(そっか)


「キレイな子だね……」

「あの子、夕方くらいに変なロボットと戦ってた子じゃね?」


 観客の注目を浴びながら、胸を張り、美麗な微笑を浮かべるソフィー。けど、彼女の真髄はここからだった。

 凛と直立していたかと思うと、不意に彼女は流麗に手をしならせながら、腕を頭上に掲げる。オナラ演奏と同調して、流れるようなステップで足を運ぶ――。


 だ、ダンスしてる……? バレエか?


 しなやかに腕を振り、たおやかに足を折り、悠然と跳び、軽やかに回る……。彼女がターンをすると、髪の輝きが散らされた光の粒となって円を描く――。


「なに、あの子……。スゴッ」


 ソフィー、バレエダンスなんて出来たのか……。

 観客たちも息を呑んで、目をみはって、蝶のように跳びまわる彼女を見つめている。今やオナラの演奏はBGMとなり、ほとんどソフィーが主役のようになって観客の目を釘付けにしている。

 僕たちの「パフォーマンス」の、ビジュアル面はソフィーの登場により完璧となった。


 だが、ソフィーだけでは済まない。僕たちには、まだまだ仲間がいる――。


「アタシたちを忘れてもらったら困るよ?」


 観客の輪からまたも飛び出してきた人物。今度は……三人。


詩織しおり! 拳一けんいち、アルファ!」

「仲間外れなんて、今日の隊長としては説教ものね」


 し、詩織隊長……。かっけぇっす!


「えぇ?! ちょっと姉ちゃん! この変態ワールドミュージカルに参加するの?!」

「やろうヨ! ケンイチ! 楽しそうだヨ!」

「むろん、参加で!」


 チョロいな、拳一……。


 詩織、拳一、アルファが僕の横に並びたつ。その少し前に、指揮の手振りのマネをしているすい。僕たちを取り囲むように、ソフィーが光を振り撒きながら、踊り回る。

 すいが両の手を、一段高いところから振り下ろす――。


ププププ プププ ププ~プププ~♪

 ピピップ ピピップ プッピプ~♪

プ ポ プ ポ プ ポ プ ポ~♪

 ペペ ぺプ ペペ プッ プぺ~♪

プ プンポンプ プンポンプ プ~♪


 二重奏に詩織たちのオナラも加わり、演奏は五重奏となった。夜空に響き渡る、重厚な「タナトス」。


「す、すげぇ……。オーケストラバージョン……」

「……これホントにオナラだよね? ライブ聴いてるみたい……」

「なになに?!」

「なんかってんの?!」


 人が、熱気が、急速に集まってくる。ここはもう、「賑やかな場所」だ。僕たちは、この「牟尼むにどう川演奏会」の演者に成り上がった。さらに、「彼女」が加わったということは――。


「うるさいくらいの日常に――」


 我らが歌姫、詩織の「歌」がダメ押しで加えられるということ。


 彼女の美声に、観客たちは一斉に言葉を失っていた。

 それは、僕たちの「パフォーマンス」を、「オナラ演奏」というキワモノを越え、「完成された」ものにする、最後のピースだった。


「……やば。なんか、涙、出てきた……」

「……すげぇぞ! スゴすぎる!」


 僕たちを、観客の大歓声が包む。

 この状況……。すい、詩織、ソフィーがいなかったら、出来ていないな。僕、オナラしてるだけだし。


 僕はあらためて彼女たちを見る。ソフィー、詩織、すい。

 本当に素晴らしい、僕の仲間たち。……君たちと過ごせるこの夏は、特別すぎる。


 と、すいの方に目を向けていた僕は、その視界の端、観客の後ろの方に見覚えのある人物の顔を……見つけた。


(いたっ! ひーみん――永盛さんだ!)

『ホント? ワタシ、連れてこようか?』

(いや……すいが抜けたら、せっかくこんなに盛り上がってるのを中断させてしまう。なんか、もったいない……)

『もったいないか~? よくわかんない……』


 弱キャラだからかな? こんなに歓声を浴びて、注目されてる状況を簡単に手放すことに気後れがしているのだよ。


(僕が行くっ! 主旋律のオナラは誰かに移して!)

『わかったっ!』


 僕は場を離れ、永盛さんに向かって駆け出す。観客の誰一人、僕が抜けたことはさほど気にしていないご様子。とほほ……。まあ、パフォーマンスのメインはもう完全に、すい、詩織、ソフィーだしね……。


「ちょっと、失礼します、失礼します!」


 永盛さんに向けて、一直線に人混みをかき分けて進んでいく。と、パフォーマンスに見惚みとれていたらしき彼女が、近づいていく僕に気が付いた様子で目を向けてきた。

 僕と目が合った途端、彼女は顔を青ざめさせ、すぐさま後ろを向いた。その頭が――遠ざかっていく。

 に、逃げた?!


「ええっ?! なんで?!」

「ごめんなさいっス! ごめんなさいっス~!」


 人の波の中、僕は彼女を追いかける。


「ちょっと、永盛さんッ! なんで逃げるんですかッ!」

「許してくださいっス! 反省してるっス! だから、殺さないで~ッ!!」


 熱狂の歓声が取り巻く中、僕の耳が捉えた、彼女の「殺さないで」という言葉が僕の足を止める。その一瞬の躊躇ちゅうちょあいだに、僕は彼女の姿を完全に見失ってしまった。

 僕はひとり、観衆の熱気の中で立ちすくむ。


 どういうこと? 僕が永盛さんを「殺す」?

 なんで彼女はそんなことを言ったんだ? なんでそう思うんだ?

 まさか……永盛さんが行方をくらましたのって、逃げているのって――「僕から」逃げているのか?

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