第七十二話 全国遊行・金パツ雑技団特別公演

「結構いいものでしたね、花火。なぐさめられたわ」


 意地悪げに、含蓄がんちくのある言い回しをしながらソフィーが立ち上がる。


「……帰ろうか。アルファもまぶた、下がってきてるぞ」

「少し、ネムイ……」


 目をこするアルファの頭を撫でながら僕も立ち上がると、隣に座っていた詩織しおりが「待つのよ!」と制止する。


「今行くとバカを見るわよ」


 彼女はそう言うと、クイ、とアゴで土手道の方を示した。花火が終わったため、観客がひと方向――当然、駅の方角だ――に向けて流れている。


「あの死者の列に、キサマたちも加わりたいのか?」

「確かに、とんでもない人だかりでありますな。しおりん隊長っ!」

「なにか妙策があるのでありますか? 詩織隊長?!」


 詩織はニヤリと笑うと、携えていたビニール袋から「これを用意している……」といって何かを取り出す。


「戦地におもむくからには最後の食事と思って、味わうがいい……」

「た、隊長……。このニオイは……」

「食いモンだ! 食い物のニオイやで!」


 すいが早速に、詩織の腕にとりつく。その手に持つは、白いポリ容器。割りばしつき。ニオイの発生源は当然コレです。


「ちょっと冷めてるとは思うけど、みんなの分、買っといたから帰るのはちょっと食べてからにしよ。その頃には少しは混雑はゆるまると思うし。はい、強。ソフィーちゃんも」

「ありがと」


 用意がいいな……。

 詩織から受け取った容器のふたを開ける。中はまるまるとしたお好み焼き……。確かに温かくはないけど――。


「助かるな……。よく考えたら昼から何も食べてないし」

「着いてからも、いろいろありましたしね」


 またもソフィーのイジワル。

 ちょっと反発のつもりで、口を尖らせながら彼女を見ると、ソフィーもソフィーで口元をにやけさせながら僕を見る。


「それにしても、変わったお好み焼きだな……」

「かわっは? ほひひいひょ?」

「すい、口に入れながらしゃべらないで……」


 このお好み焼き。形はまあ、一般的な「丸型」なんだけど、上面に塗られているソースが少し黒味が強いような気がする。加えて、その上のマヨネーズ。明らかに、意図的に、マヨネーズで何かの形が描かれている。これは……「Ωオメガ」か?


「アタシと拳一けんいちたちも食べたけど、すごいおいしかったよ。自家製の特別ソース使ってるんだって!」

「へえ。マヨネーズはこれ、オメガと何か関係あるの?」


 詩織はキョトンとして「オメガさん?」と首を傾げる。僕は手を振って、「オメガさんじゃなくて、このマーク」とマヨネーズの「Ω」を指差した。


「ああ……。それ、オメガじゃなくて……ほら」


 詩織が僕から容器を取り上げ、くるりと回す。反転したマークは……「ひ」。


「ひーみん印のお好み焼きって出店で、ぜんぶのお好み焼きに『ひ』って描いてるらしいよ?」


 ひーみん印……。ひーみん……。


「ひーみんっ?!」


 僕はガバッと立ち上がる。その勢いに詩織はお好み焼きを落としてしまいそうになって、慌てて両手で持ち直した。


「ちょっ、強! どうしたのいきなり?」

「いや……、ひーみんっていったら永盛ながもりさんでしょ!」

「永盛さん……?」

「永盛氷見ひみさん! 僕が「ダイチ」の子だって記事を書いた人! みんなで探そうって、なったじゃないか!」


 詩織がまたも、キョトンとする。すい、ソフィーにも目を向けるけど――なんでみんなキョトン顔なの?


「あぁ……。そうだね……。永盛さん、永盛さん……」

「そういえば、そんな目的がこの花火大会に……」

「あったような? なかったような?」


 三人とも、茫洋ぼうようとしている……。

 このカンジ……。僕は一度味わったことがある。永盛さんに会うため、カルチャーランドのエントランスをふたたび訪れたときのスタッフの対応。 あのどうにも要領を得ないカンジが今、彼女たちにも起きている。


「『究極の脇役体質』……。おっそろしいな……」


 僕はロボットのきわにまで駆け、そこで振り返ると、詩織に「出店の場所、どこ?!」と訊いた。


「ひーみん印のお好み焼き? そこの道の並んでいる出店の……一番奥。端っこだったから、判りやすいと思うけど……」

「判った! ありがと!」


 ロボットから川原かわらに降り立つと、続けざまに隣に降り立った人影があった。


「ヨッシー! ワタシも!」

「すい……。よし、行こう!」


 僕とすいは一刻も早く「ひーみん印の――」に向かうため、人混みを避けて土手を駆けた。


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「ここか?!」

「ひーみん印……ないね」


 詩織が教えてくれた「ひーみん印の――」があったという場所――出店の並びの一番端っこは、ただの「綿あめ屋」だった。


「お好み焼きのお店は……ここにあったっぽいよ?」


 すいが「綿あめ屋」の横で鼻をすんすんとさせて言う。


「まさか、もう撤収てっしゅうしたのか?」

「花火終わったからかな……」

「すいは永盛さん――カルチャーランドで会ったひーみんの気配って、覚えてないの?」

「ごめん……。マジで、ぜんっぜん……覚えてない」


 これも「脇役体質」か……? くそう……。カルチャーランドのときみたいに、またも見失うのか……?


「――ッ!」


 このとき僕は、「一計」を思いついた。彼女の「脇役体質」を逆に利用しての、「一計」……。

 けど、この「計」には……すいの手助けが絶対に要る。


 まだ近くにいないものかとキョロキョロしていたすいに、僕は耳打ちをする。彼女は目をみはりながら僕の「計」を聞いていた。


「……ヨッシー、いいの?」


 すべてを聞き終え、心配そうに見返すすいに、僕はゆっくりとうなずいた。


遺憾いかんだけど、止むを得ない」


 ホント―に! 非常に遺憾ですよ!


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「さぁさぁ、世にもおかしなショウの始まりでヤンスよ!」


 長い髪をフワフワと浮かせたすい――「輪魂りんこん」をかけている――が、人波に向かって口上こうじょうを述べる。


「なに、あの子の髪、浮いてる~」

「……カワイイ子だな……」


 まずは、すいの容貌と、彼女の髪が不思議に浮遊していることで観客をツカむ。駅に向かう混雑で、足を止めがち、暇を持て余しがちの人たちをツカむ。すいのアドリブの「ヤンス」語尾キャラはオーディエンスへの照れ隠しもあるんだろう。微妙なキャラ付けだけども。


「ここにりますは、その名も『人間オーストラ』のヨッシーくんでヤンス!」


 そう言ってすいが仰々しく紹介するのは、もちろん僕、逢瀬おうせつよしである。


 ……。

 すいのことをとやかく言えないな。結構な人数が注目してて、恥ずかしい……。


「なんだろ? 『人間オーストラ』って?」

「……普通のガキだな……」


 僕の至って普通な容貌のせいで、せっかく注目してくれた観客が興味を失いかける。だがその前に、すいはおおぎょう仰に「そこのアナタ!」とひとりの女性を指差した。


「え? え? 私?」

「そう、綺麗なお召し物のアナタでヤンス! アナタのお好きな曲やお歌、なにかないでヤンスか?」

「きょ、曲? 『タナトス』とか……」

「『タナトス』!」


 すいが僕に片目でウインクをする。これは「彼女は知らない曲」の合図だ。だけど――「タナトス」が有名な曲で幸いした。


(すい、その曲、僕は知ってる)

『マジでマママジ?』

(マジでマママジ)


 そう。すでに、すいには僕に「操魂そうこん」をかけてもらっている。

 「鳴らし山」以降、僕とすいが習得した「操魂によるテレパシー」。僕もそんなに音楽には明るくないけど、すいが曲を知らなくて僕がカバーできる場合、この「テレパシー」で曲の「カンニング」をする。どういうわけだか、僕とすい以外の人には「テレパシー」のあいだの時間が一瞬なのが、「カンニング」にも都合がよかった。


『オッケー、オッケー! 「タナトス」の雰囲気、つかんだ!』


 鼻歌で「タナトス」のメロディをひととおりすいに伝えると、彼女は一回でそれを学びとったみたいだ。「カラオケ」の時、一度聞いた曲を詩織と完璧に歌い上げた例のとおり、やはりすいは「音楽」のセンスも高そうだ。ホント、「ダイチ」の子……チートだろ。


(そっか。じゃあ、頼む……)

『ヨッシー……。ホントに、いいんだよね?』

(……うん)


 「テレパシー」が終わるとすいはわざとらしく、コホン、と咳ばらいをし、両腕を掲げ上げる。彼女はひと呼吸おくと、その腕を……一気に振り下ろす――。


プププゥ~プププ、プププップゥププ~プ~♪


「えっ? 何コレ? これって『タナトス』の……イントロ?」


 周囲の人々が、突如鳴り出したメロディにざわめく。


「おい、こ、この音色って……まさか……」


 そう、オナラです。

 すいの指揮と、彼女が誘発させた僕のオナラによる――名曲「タナトス」の演奏です! 公衆の面前で……、非常に遺憾です!

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