第七十四話 ジャンピン・ガール・ジャンピン
周囲が起こす、耳を覆いたくなるほどの拍手の音の波で僕は我に返った。
「な、永盛さん……?」
僕はふたたび、周りを見渡す。
顔、顔、顔……。見知らぬ顔、見知らぬ人が、スマホを掲げたり、感心して目をみはっているばかり。
永盛さんはもうこの「パフォーマンス」の「脇役」としては現れないだろう。僕にはそれが、充分すぎるほどに判った。
(すい……、ごめん、見失った……)
『えぇ……?!』
「テレパシー」で僕は、すいに報告をした。彼女はしばらく黙ったままだったが、やがて「仕方ないね!」と励ますように言った。
『ワタシたちのところに戻ってきなよ。ヨッシーが「もったいない」って思う、この大喝采。とんと浴びんしゃい』
(うん……)
拍手やスマホのライトが浴びせかけられている中心――すいたちのところに足を向ける。
「オーケストラパフォーマンス」での「タナトス」演奏は終わったところらしい。ソフィーは
騒ぎの中心に来ると、あらためてその大喝采に圧倒される……。その中から「アンコール」の声が始まったかと思うと、それはすぐに観客の大合唱となった。
「ご静粛に、ご静粛にでヤンス~! アンコールは……」
盛り上がってることだし、もう一曲くらいなら……。
僕たちはお互いに顔を見合わせ、うなずいた。みんな、思いは同じようだ。
「アンコール……最後に披露いたしヤンス!」
すいの声に、わぁっと歓声が上がる。
しかし、こんなに完成された「パフォーマンス」の中、その「ヤンス」キャラだけはハズレだと思うぞ?
すいは観客のひとりを捕まえ、アンコール曲のリクエストを求める。
「とびっきりのお得意のヤツを! お願い!」
逆にお任せされてしまった……。
「さてどうしよう」と僕が悩んでいる横で、すいと
ああ、なるほど……。アレをやるつもりか……。なら、「テレパシー」での「カンニング」は要らないな……。
すいが顔の前に両手を振り上げてピタリと止めると、それに同調するかのように周囲も静まった。たっぷりと、焦らすような
プ~プゥププ~ププププ~♪
まずは僕のオナラ――単旋律のイントロで始まったこの曲は、デュエットのアニメソング。すいと詩織、ふたりの歌姫がカラオケボックスで披露した曲だ。次第に
「星を回せ~♪」
観客が水を打ったような静けさで彼女の声に耳を傾ける。やがて、歌い手パートが……変わる――。
「君が守る~♪」
今度はすいの歌声に観客が息を呑む番だった。
一方は指揮の手振りをしながら、一方はオナラでの演奏を担いながら、それでも彼女たちの重なる美声は聴くものの胸を打ち、心を震わせていく――。
こうして、僕たちの「パフォーマンス」はふたたびの喝采を浴びての終演となった。
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「はぁ……」
「いつまで落ち込んでんのよ、強!」
詩織がポン、ポンと僕の肩を叩く。
「そうよ、強くん。
ソフィーの言い回しはだんだん日本人を越えてきてるよね……。
僕たちは水無駅で電車を降り、今はワワフポ事務所に向けて並んで歩いているところ。アルファはすっかり疲れてしまって、僕の背中で寝てしまった。
「パフォーマンス」のあと、みんなに事後で永盛さんのことを説明、見失ってしまったことも話していたら、なんだか気分が沈んできてしまった僕だった。
「それにしても……お尻……イタイわね」
「ちょっと……調子に乗り過ぎたかな……。結構……気持ちよくて……」
すい以外の全員がうなずく。彼女は「あちゃペロ」と短くごまかした。舌を出すな。
「ホント、今日は楽しかったわね」
ソフィーが
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「やぁやぁ、おかえり。カレシカノジョたち~」
ワワフポ事務所でみぽりんは、いつものとおり机に突っ伏していた。彼にしては珍しく、パーカーでなく、着流し格好。「花火大会に永盛さんを探しに行く」ことには行ったみたい。
「おうおう、みぽりんさんよぉ……」
すいが肩をいからせ、がに股でみぽりんへと近づいていく。なんでアゴしゃくらせてんの?
「ひーみん、ちゃんと捕まえとかんかい! やっこさん、ワッチらの周り、ウロチョロしとったで!」
すいたちには永盛さんが「僕に殺されると思って逃げている」ことは伝えていない。単に「目の前で逃げられた」とだけ告げたのだ。僕自身、どう呑み込んだらいいのか、まだ判断がついていない――。
「え~? 永盛くん、いたの~?」
「おったもおったで! 堂々と屋台だしてお好み焼き焼いてるわ、花火のあとの、ワッチらのナイス歌謡ショーに顔出すやら、今回は絶賛出演しまくっとったぞ! ショバ代も、観覧料も払わんとなぁ! みぽりんは何しとったんじゃいっ」
「いや~。ボク、観客にいるかな~って探してたんだけど、まさか提供側だとは……。花火も終わったらもう『賑やか』でもなくなるからって、ボクも引き上げてくるのが早すぎたかな~……」
そういえばカルチャーランドでも永盛さんはバイトしてたんだったな、と、オメガさんにアルファを渡しながら僕は思った。逃亡の資金でもなくなったんだろうか。「殺す」なんてしないから、素直に出てきてくれれば話は早いのに……。
すい、詩織、ソフィーから変わるがわるに「歌謡ショー」の詳細を聞いていたみぽりんは「ほぉ」と感心した様子を見せる。
「まさかそんな手があったとは。探すのでなくて、引き寄せるなんてねえ……。ホント、面白い子たちだね~、キミタチは」
「参考にしよう」と言って、みぽりんの「寝入り」は深くなった。あ、コレ、寝るモードだ……。
みぽりんを
案の定、切田からのメッセージが来ていた。
切田『ツヨポンたちってもしかして、「
三時間ほど前のこのメッセージが最初で、あとは切田からしつこく「ねえ」、「答えてよ」と続いていた。
強『行ってきたよ。今帰ってきたところ。どうして判った?』
僕が打ち込んですぐ、スマホが震えた。
切田『テレビに映ってたぜ』
て、テレビ……? ええっ?!
……あ。もしかして、ロボットと戦ってた時とか、「歌謡ショー」の時とか、撮られてたのか? 「ショー」のほうならまだしも、戦闘はちょっと……マズいかもな……。
切田『ホラ、コレ』
今度の彼のメッセージには動画が添付されていた。僕はサムネイルをタップし、その動画を再生する。
携帯自体をミュートにしていたから音は流れないが、流れ出した画像は、中央にマイクをもった人が立ち、その周囲を浴衣や涼し気な格好をした人たちが囲んでいる、といったものだった。おそらく、花火大会の賑わいぶりを伝えるニュース映像だろう。
とりあえず、戦闘そのものの瞬間ではなさそうなのでほっとひと安心すると、画面の中、人垣の奥で、ピンクの「何か」が上下しているのがイヤでも目についた。上下していたのは浴衣姿の――すいだった。
切田『
切田のメッセージには、すぐには返信が出来なかった。動画の中のすいに、僕は気をとられすぎていたのだ。
画面の中ですいは、カメラのほうを見ながら、常人ではなしえない高さで何度も飛び跳ねているようだった。明らかに注目を集めようとしている。彼女は手に画用紙を持ち、そこにはこう書かれていた――。
【私、「阿武隈すい」がダイチの子!!】
「んまい」と何度も言いながら焼きそばを頬張っているすいに僕は目を向ける。
いつの間に……こんなことを……?
ロボットと戦っていた時、すいが
動画の中の背景、日の暮れ具合からも、ちょうどあの頃のようだ。
でもなんで、すいはこんなことを……? わざわざこんな目立つやり方で、彼女が「ダイチ」の子だって広める必要があるか? しかも、前にも後にも、僕たちにこのことを一言も伝えてこない。
胸の奥のほうで、つかみどころのないモヤモヤが染みこんでいくのを、僕は感じた。
ふたたび、スマホに目を落とす。
画面の中ですいは、ピョンピョンと頭を跳ねさせている。その表情は……泣いてでもいるかのように、僕には見えた。
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