第七十一話 ぶっちゃけさぁ、花火とか見てる場合じゃないよね?隣の子が気になって気になって!

「え? 場所取りミスった?」

「めんご! マジめんご!」


 すいが合掌がっしょうを作ってペコペコと頭を下げ続ける。

 ロボットを打ち倒すのに加勢に来てくれたためか、すいが橋の上を留守にしている間に、僕たちの観賞スポットと見越していた場所はすでに別の観衆が埋めていたのだという。


「腹切ってびる所存しょぞんであります!」

「いやいやいや、地ベタで座らないほうがいいよ。せっかくの浴衣、汚れちゃうぞ?」


 すいが「くぅう」と、下駄で地団駄じだんだを踏む。


「一生の不覚ぅぅうう!」

「この土手だと人の流れが激しいから、落ち着いて花火見るには不向きだしなぁ……」


 詩織しおりがキョロキョロと、別の観賞ポイントのアテを考えている間、ソフィーが一点を見つめていることに僕は気が付いた。


「ソフィー? どうかした?」

「ふふ……。いい場所ポジションがあそこに浮かんでるじゃないですか」


 彼女はそのまま、見つめていた場所を指差す。

 そう、川に浮かぶ……ロボットの本体です。


「いいね……。あの位置ならホント、特等席だよ!」


 詩織以下、みんなは喜ぶ様子だけど、僕としてはほろ苦い思い出を作ったばかりなので、あの場所はちょっと……。

 ソフィーは……悪い笑顔をこっちに向けてる……。わざと、だな。


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パン パパパン


「うわぁお!」

「キレイだネ~」


 赤、緑、黄色……。続けざまに、夜空に花火が開いていく。

 ピョンピョンとアルファと拳一がね、感嘆かんたんの声を上げる。


「そういえばこのロボット、怪しすぎるのに、大会運営の人はなにも言ってこないのかな……?」


 僕が不思議がっていると、背後のソフィーが「ふふふ」と笑う。

 

「なに、その……意味深な笑い……」

「オゥ、ワタシタチ~、タビノゲイニンネ~。オワタラ~テッシュウスルヨ~。シンパイ、ナシナシヨ~」

「まさか……外国人感で丸め込んだカンジ?」

「……将来の予行演習ね」


 彼女は本気で「アクション演劇」、やるつもりなのだろうか……。


「強くんなら我が劇団にいつでも大歓迎よ?」


 心を読むな。

 しかし、すっかりいつもの役回りポジションになってるあたり、ソフィーはやっぱり強いよな……。

 僕の方が参ってしまいそうになったので、夜空を見上げる。


パン パァン


 しだれるように咲いた花火が、まるで僕たちに降りかかってくるよう。この場所は空に近い。


「強クン、ハグしようヨ!」

 

 アルファがやってきて僕の前にちょこんと座ると、その小さな両腕を広げた。光のシャワーを浴びて、屈託くったくない笑顔も広げている。


「え? ちょっとやだ、なにこの天使……」


 「アルファちゃん、みんなとハグしたいんだってさ」と、拳一けんいちが笑う。


「そうなの? アルファ」

「ウン!」


 はぁ……。その笑顔だけでも充分だけども……。


「では、お言葉に甘えて……」


 僕は、アルファをぎゅっと抱きしめた。


「アハハ。強クン、強い」


 だって、いやされるんですもの。


「強クン。哀しいの、治った?」

「哀しいの……?」

「いっぱい泣いたんデショ? 目が赤い」


 うぅ。やっぱり、そうなってますかね……。

 僕は、照れ隠しもあって、空を見上げた。すると――。


パァン


 ちょうど、何重にも花弁を重ねた、真っ赤な花火が上がったところだった。


「うん。アルファのおかげで哀しいの、治ったよ。ありがとう。それと、目が赤いのは泣いたんじゃなくて、ほら。あの花火が赤いからだよ」

「ちょっと、何言ってるかわかんないデス」


 ……見事ないなし術。どこの誰にそんなテクニック教わったの?

 アルファから体を離すと、僕はもうひとつ「ありがとね」とお礼を言った。


「強兄さん、ロリコンは、手を出したら犯罪だよ?」

「すまん……。あと、ロリコンではないから、そういうこと言いふらすなよ、拳一」

「強兄さん次第だね」


 小憎たらしい子だね、この子は。


「ロリコンって、何?」


 比較的、おとなしくして花火を見上げていたすいが割り込んできた。


「すいさん。ロリコンというのは、この世の絶対悪です。悪魔に魂を売った人外じんがいです」


 拳一、そこまで言うか?


「ロリコンってのは、アルファみたいな、幼い子を好きになってしまう人のことだよ、すい」

「ふぅん……。シスコンと似たようなモン?」


 ああ、そういえば……。ソフィーあにのときも、「シスコン」で同じようなやりとりしたな。知らないことは徹底的に知らないってスタイルを貫くんだな、すいは。


「そうだね。『コン』はどっちも『コンプレックス』の略だし」

「ね、ヨッシー。シスコンは金パツシスコン兄貴のことだけど、逆ってあるの?」

「逆?」

「金パツが、シスコン兄貴を好きでしょうがなくなる、みたいな」


 背後のソフィーはさすがにこれは聞き捨てならないのか、「ちょっと」と口を挟んでくる。


「すいさん、変な誤解してないでしょうね。あんなクソ兄貴、私が好きになると思います?」

「もののはずみとひとつ屋根の下という状況が作用すれば、なきにしもあらず! 金パツは欲情まみれのド淫乱だし!」

「ニェプの嵐!」


 なんだ? 「ニェプの嵐」って……。新必殺技か?


「『ニェプ』を五億万回くらい言ったと理解していただければ」


 心を読むなっての。

 僕は、すいに面と向かった。


「そういうのは、ブラコンって言うかな。男兄弟を好きになる……」

「それも、ダメなこと?」

「うん。結婚もできないしね」


ヒュ~……パパパン、パァン


 すいが「ふぅん」と言ったところで花火が上がり、彼女はふたたび、空を見上げる。それで、話は途切れた。


 「強」と小声で、隣の詩織がつぶやいたのが聞こえたので、僕は彼女に向き直った。


パパパパァン


 見慣れた彼女の顔が、真っ直ぐに空を見上げる彼女の横顔が、極彩色の光で照らし出される。


「この変なロボット出てきて、騒ぎになっちゃってたけど、『話』って……ちゃんとできたんだよね?」


 詩織は空から目を離さずに言った。

 顔は僕に向けていないけど、彼女なら判ると思って、僕は小さく何度もうなずいた。


「なら、よかった……」


パァン


 僕の幼馴染おさななじみは、花火に照らされたその顔をほんの少しだけこちらに向けながら、小さく笑った。


「ずっと夏休みならいいのにって、いっつも思うよね」


 切り替えたように、詩織は満面の笑みを浮かべて、僕に目をくれる。いきなりの彼女の変化に戸惑った僕は、「そ、そうだなぁ」と、なんとも間の抜けた答えをしてしまった。


「今年は、特にそう思うな!」

「そっかぁ……」


 これも、間の抜けた返事。実際――昨日までの日々がずっと続いていれば、どんなにか楽しいことだろうとは、思う。

 でも、今日はもう、スタートを切ってしまった。後ろの、僕に向けて般若はんにゃのような表情を寄越してきているソフィーに、宣言をしてしまった。僕は変わらないといけない。


「そういえばさ! すいちゃんも、ソフィーちゃんも、知ってた?!」


 明るいテンションのまま、詩織が僕を挟んだ先にいるすい、背後のソフィーにと顔を向ける。ソフィーの般若オーラはとりあえず引っ込んだ。


「知ってたって……?」

「なになに? しおりん」

「強の誕生日、もうすぐ……八月八日なんだよ!」


 あ……。そうだ。自分でも忘れてた。もう、来週なんだな……。


「なんと、ヨッシー降誕祭! 記念日のなかの記念日、フルメタルアニバーサリーじゃなかとですか!」

「さすが名探偵の助手ね。いい情報持ってくるわ!」


 すいとソフィーが一気に色めき立つ。あと、その設定、まだ生きてるんだね。


「パーティーしようよ! またカラオケとか……おばさんも入れて、強の家とかでさ!」

「じゃあ、私はとっておきのワインを……」

「みせいねーん! ソフィーさん! 僕たちみんな、みせいねーん!」


 ソフィーは「冗談ですよ」と言うが、いまだに君の冗談は判りづらいんだってば。


「ソフィーさん! アルコール、飲んだことあるんですか?!」


 「ふふ」と笑って、拳一に耳打ちしだすソフィー……。このふたり、悪いこと考えてそうだな……。


「詩織チャン! パーティーってなにやるの?」


 アルファに、パーティーの楽しさを嬉々として語りだす詩織。昔からそういうの好きで、盛り上がるからな、詩織は。


パパァン パパパン


「ヨッシー、お誕生日、おめでとう」


 ニッコリと微笑んで首をかたむけながら、すいが言う。ちょうどその言葉に合わせて、彼女の頭上で色とりどりの花火が咲いたものだから、祝福感、バッチリ。けど、誕生日は来週――。


「早くない?」

「早いもん勝ちよ、こういうのは! 今年は絶対、ワタシが一番に言ったでしょ?」

「そりゃそうだ……」


 すいは、「八月八日まで毎日言ったろう」と笑った。


「毎日誕生日になっちゃうじゃないか……」

「誕生日じゃなくたって……。今、ふと思ったけど……、素敵なことだよね。毎日、おめでとう、ありがとう……」


 すいは顔を天に向けた。今は花火は上がっていない。大会アナウンスの声が、何をかを話しているけど、僕の耳には遠い。


「お山でも星はキレイだった。けど、今このときの星が、一番キレイ……」


 僕も空を見上げる。花火を失くした夜空には、誰かが零して散らばったような、綺羅きらぼしまたたく――。


ヒュゥゥゥゥ……


 花火の上昇音が響く。これはきっと、今夜の最後の花火だ。


バァァァン


 空気が震えるような音、煌々こうこうと明るむ空。これまでより一段高い空で、これまでで一番の広がりを見せた大輪の花火。


「……」


 すいが、その花火に目を奪われながら何かを言ったようだったけど、花火の音がうるさくて、僕には聴きとることができなかった。

 長く尾を引く花火の残滓ざんしが、夜空から落ちた星のように降り注いできて綺麗だった。幾筋もの流れ星は、手が届くまであと少しというところで……消えてくなる。


牟尼むにどう川花火大会、皆様、ご観覧ありがとうございましたぁ!』


 アナウンスの声が、花火大会の終わりを告げた。

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