第六十六話 「高校生が早すぎる?昔は元服っていってな~」(定型句)
「あ、あは。マジか~? マジか~……」
すいは表情を輝かせたけれど、それは一瞬だけで、僕の直視から逃げるようにして花火のポスターへとふたたび顔を向ける。
……あれ? 自分で言うのもなんだけど、すいなら文字通り、跳び上がって喜ぶものかと……思ったんだけどな……。
彼女はポスターに目を張り付かせながら、「あ」と何かに気付いたように声を上げる。
「これアレか。すっごい人が混むヤツ?」
「うん。そうだけど……」
「ふ~ん……。ヨッシー、デートなんて言っといて、ここでひーみんを探すつもりだったんでしょ?」
あ、なるほど。正直……全然考えてなかった……。
みぽりんによると、「ひーみん」――永盛さんは「『
「いや、純粋に――すいと……行きたいな、って……」
「……」
すいはポスターのほうに顔を向けたまま、押し黙ってしまった。
僕はいたたまれなくなって、「いや」と
「すいがイヤなら、ムリにとは……」
「……イヤなわけ……」
すいはつぶやいたが、またも黙ってしまう。僕は今度こそ、繕う言葉さえも
少しして、彼女はポスターから僕に顔を向け直す。ニッコリと、楽しそうな笑みを浮かべて。
「よーし! 季節の風物詩を
彼女のその勢いに、僕は思わず「うん」とうなずいてしまっていた。
僕の返答に「だよね」と笑うと、すいはゆっくりと、輪を描くように歩きだした。
「花火かぁ~。
笑顔のままうつむきがちに歩く彼女のその顔は、なんだか泣いているようにも見えた。
やっぱり何か――すいがおかしい。
いや、これまでも彼女の言動はある意味、おかしかったのはおかしかったんだけど……。それとはまた違って……おかしい。
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「たっだいま~」
「すいちー、つよぽん、おか~」
母さんが気だるげに僕たちの帰宅を出迎えてくれる。もうすぐ夕方だけど、どうやら寝起き直後らしい。
「も~。あいちん、髪ボッサボサやで~。どれ……おいでませ~」
そう言ってすいは、母さんの手を引いていく。化粧台の前に母さんを座らせると、すいは
僕は今日の夕食を作ることにして、ひとり台所に向かう。
「あいちん、今日も
「うん。そうだよ~」
狭いアパートだから、ふたりのやりとりはすりガラス一枚
「ね。お仕事って大変?」
「大変じゃないよ~。楽しいことばっかりだよ~。あ、でも~……」
「でも?」
「お酒を飲みすぎるのは、あいちんそろそろキツいかな~……なんて」
「あいちん、おうちでは全然飲まないもんね」
そうなんだよね。話を聞く分には、母さんは結構「うわばみ」のようなんだけど、僕も母さんがお酒を家で飲んでいるところ、見たことないな……。
「うふふ。それはね、つよぽんが小さい頃にね~。お仕事終わって帰ってきて、つよぽんをぎゅ~ってしたら、『ママクサい』って寝言で言われたことがあってね。もうあいちん、超ショックで~」
「ああ……、だからおうちで飲まないんだね」
僕も初耳……。そういえば、仕事から帰ってきた直後の母さんから、お酒のニオイってあんまりしないよな……。まさか気遣ってくれてたのかな……。
「ね、あいちん。子育てって大変?」
僕は、聞こえてきたすいの言葉に、ネギを
すいは……なんでもないように振舞いながら、自分が「ダイチ」の子だということを気にしている――僕はそう直感した。
「大変だよ~」
母さんは先ほどの質問とは逆の答えを返したけれど、先ほどの答えよりもその声色は楽しそうだった。
「つよぽんは少ないほうだったみたいだけど、夜泣きもするし、なににグズッてるのかわからないし、
なんだか……恥ずかしいです。申し訳ない。
「でも~。あいちんは全部楽しかったな~。あいちんひとりでつよぽんが成長するところを見るのが、すごく
「詩織ちゃんちや大家さんにもいっぱいお世話になったけどね」と母さんは笑って付け足した。
「すごく立派に育ってくれて、あいちんは大満足」
押し黙ったままの様子のすいに、母さんは「もしかして」と言葉をかけたようだった。
「すいちー、そんなこと気になるなんて、つよぽんとの……「なにもないからね!」
ガラス戸越しに、僕は叫んだ。
「な~んだ。あとはつよぽんにカワイイお嫁さんが来てくれて、カワイイ孫ちゃんとカワイイひ孫ちゃんが見られれば、さらにあいちん大満足なんだけどなぁ」
「……僕まだ、高校生だから。早すぎるから」
「あらら。そんなことないわよ~。あいちんは十代で子ども産んだわけだし~」
僕と母さんのやりとりに、「花火って」とすいが言葉を挟んできた。
「花火って、人がいっぱい来るんだよね? テレビとかも来るのかな?」
突然のすいの話題の変化に、僕がついていけないでいると、母さんが「そうね」とすぐに返した。
「そろそろやる『花火』っていったら、
母さんは結びに「ありがと」と礼を言った。髪のセットが済んだようだ。
「つよぽんと花火行くの? すいちー」
「うん!」
このすいの返答の声は、とても嬉しそうなのが僕にも判って、なんとなく……安心した。
「じゃあ
「浴衣! あの伝説の、ずっきゅんトキめかせ三種の神器がひとつ……浴衣ですかい?」
「そう。うんとカワイイの買っちゃお~」
また始まった母さんの「甘やかし」にため息を
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強『というわけだから、牟尼堂川花火、どうかな?』
夕食を済ませ、すいがお風呂に入っている間、僕は、すい、詩織、ソフィーとのグループトークに、花火に行こうかという話題を投げた。
ソフィー『行からいでか』
詩織『上に同じ』
彼女たちの、変に飾らない返答メッセージ。
僕のメッセージに既読がついてから、速攻のソフィーの返答に僕が苦笑していると、まさにそのソフィーからのコールで僕のスマホが震えた。
「……はい。……ソフィー?」
『はい。ソフィーでございます』
とぼけた言葉の割には、どことなく真剣な声音の彼女……。
「……どうしたの?」
『花火のときなんですが……かねてよりのお約束を果たしたく……』
さらに続く彼女の深刻な声に、彼女が何を伝えたいのかを察せた僕は、「待って」と言葉を切った。
「僕から言うべきことだよね……」
『……』
「ソフィー……、花火のとき……どこかでふたりになれないかな?」
『……さすがは女好き。堂に
「訳のわかんない二つ名はやめて」
ソフィーの『ふふ』と優しく笑う声が耳元でこだまする。
『参考までに』
「ん?」
『強くんの好きな色とかってあります?』
「色? 色かぁ……。緑とか結構好きだな」
『ニェプ! 私の公式パーソナルカラーは一応、
「いや、知らん。どこの公式だよ、それは」
『もう一度聞くけど、金では……』
「ない。なかなか、『好きな色、金です』って人、見たことないね」
『……わかりました。とにかく、緑ですね』
「おやすみ」と言葉を交わし合うと、僕たちは電話を切る。
彼女に……ちゃんと伝える――僕は覚悟を決めた。
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