第五十一話 ババンバ、バンバン番狂わせ、わせ!

『いけ~! ハート・スートくん! やっちゃえ~!』

『強兄さん、頑張って~。あ、ジュースおかわりください』


 僕は迫りくる剣をけるでもなく、むしろ自らの腕をその軌道上に突き出した。


 あの剣の先端に「生身なまみ」で触れたらアウトだ! 先端の突起とっきに触れた途端とたん、スタンガンのような電気ショックを受けてしまうのはすぐそばに倒れている切田きりたのときにの当たりにした。かといって、ハートのピエロの攻撃をすべて避けきれる自信はない。だから……。


 手にはめた靴……。その靴底を剣先にぶつけるように、僕は手を突き出したのだ。


パチン!


「ッ?!」

『おぉ? 「エレクトリカル・ショック」が効いてない?!』

「やっぱり思った通りだ! ゴム底が絶縁体ぜつえんたいの役目をしてくれる!」


 母さんに言われるがままに購入して、もうすっかりき慣れたこの靴。ムダに底が厚くて、野暮やぼったい気がしていたこの靴。それがこんな土壇場どたんばで、こんなふうに役立つとは、思ってもみなかった。

 そして、ダサいネーミングだな、「エレクトリカル・ショック」。素直に電気ショックとかでいいじゃん。


小賢こざかしいマネをするものですね! 『ダイチ』のお子様は!」

「何とでも言えッ!」


パチンッ


 さらなる一撃もはじく。

 ピエロは一歩後ずさると、呼吸を整えた。


「あんまり調子に乗り過ぎると、痛い目をみますよ?」

「ここ三カ月あたり、痛い目には慣れきっちゃったよ」


 僕は、ニヤリ、と笑顔をみせてやった。ええ、強がりではあります。


『いやあ、姉ちゃんもすいさんも狂喜きょうき乱舞らんぶしてますね! たかが強兄さんごときに……。あ、姉ちゃん! 怒らんといて!』


 そうか。拳一は僕と、さっきまで僕がいた空間――すいたちがいるであろう空間の両方の様子が見れるし、どっちにも声が聞こえるんだ。今回は好待遇だな、拳一……。

 それはともかく、あとで覚えておけよ。


「むぅんッ! むんッ!」

「ぐッ! う!」


 一足いっそくびでピエロは間合いを詰めてきて、連続の突きを放ってくる。だが、それらも僕は靴底でさばく。

 ピエロの剣はさすが闇世界の襲撃者、息もつかせぬ怒涛どとうの速さだけれど、結局は相手の剣はひとつ。僕は両手ともに盾――靴を手にしている。文字通り、なんとかかんとか手数てかずで対応できている状態。


 そして……それだけじゃなく、僕の中でひとつの昂奮こうふんが高まっていた。

 想像以上に自分で思った通りの動きができている。身体からだが言うことを聞く! 呿入きょにゅうけん鍛練たんれんの成果か?!


「みぽりんさまさまだッ!」


バッチン


 勢いをつけて剣の突きをはじくと、ハートのピエロは少し身体をよろめかせた。

 またも一歩下がり、ひとまずは剣先を下ろすピエロ。


「ふぅ、なるほど。動体どうたい視力しりょくはいいものをお持ちのようです。ですが、その手にはめていらっしゃるものをご覧になったほうがいいですよ?」

「……?」


 言われて、僕は靴底に目を落とす。


「穴が開いてる……?!」


 まだ小さなものだが、左の靴底にはかすかにけ目ができていた。


「腐っても一介いっかいの剣士です。そんなシューズの裏などで防ぎきれる生易なまやさしい剣技ではないとの自負はありますよ」

「……一介の剣士はそんな格好してないと思うけど」

「……それは言わないでください」


 自分でもおかしいと思ってんのかよ。


『え?! ハート・スートくん、乗り気じゃなかったの?!』

『あんな格好させられて決闘とか、同情しますね。ぼくなら発狂はっきょうします』

「……発狂はしませんが……茶番は終わりにさせてもらいますよ!」


 言うや否や、ピエロの突きが僕に目がけてきた。


「クソッ!」


パチン!


 僕は、裂け目ができていない方――右の靴底で一撃目を受けた。少しでも時間を稼ぐため、押し戻すようにして弾く。


「そうら、そっちもオシャカになりましたよ!」


 二撃目の構えをピエロが作ろうとする一瞬のすきをつき、僕は右手の靴底を確認した。

 マズい。こっちにも裂け目が!


「これで終わりです!」


 ピエロの二撃目が迫る。

 どうする?! もう僕に、あの突きを防ぐ手立ては……。


――ヨッシー!


 すい……?


――ヨッシーは勝てるッ! 向かっていけば、必ず勝てる!


 すいの声が……聞こえる!

 

「……向かっていけば!」


 僕はほとんど無意識にだけど、両腕を横に広げていた。真っ直ぐに、僕の胸めがけて迫りくる剣先。


「観念しましたか! お受けなさい!」

「これは観念じゃない! 悪あがきだ!」


 ピエロの剣の切っ先が身体に触れるまであと一寸ちょっと、というところで、僕は広げていた両腕を引き戻した。


ガシッ


「何ッ? 白刃取り?!」


 電撃を受けない、先端より少し奥の刀身。僕はその部分を靴底で挟んだ。そして……。


「ぬぉぉおぉッ!」


 力を込めて、剣を挟んだ両腕を頭上に引き上げる!


「うぅッ?!」


 剣の自由をとられたせいか、ピエロは足元をふらつかせ、よろめく……。僕の方に向かって……。

 あせった表情の白塗り顔。そこに浮かぶ、赤いハートのマーク。僕はそのマーク目がけて自らの頭を振りかぶる。


「……食らえッ!」


グァンッ


「くぅあッ?!」


 僕の頭突きはピエロの顔面をモロにとらえた。赤い、丸々とした鼻の装飾そうしょく――クラウン・ノーズがこぼれ落ちる。

 正直、痛い。僕のひたいもめっちゃ痛い。けど……。


「もう……いっぱぁぁつッ!」


ゴォンッ


 二撃目をお見舞いした。

 むき出しになった鼻はひしゃげ、身体はのけ反り、足はガクガクと震え、ハート・ピエロはふらついて二、三歩後ずさった。

 僕は額を腕で抑えながら、彼に目を向ける。


「くぅ……どうだ? やれたか……?」

「お……お、おみごと……」


 ピエロはその言葉を最後に、ぐにゃりとその場に崩れ落ちた。


『えぇ? ハート・スートくん、やられちゃったよ~』

『思わぬ番狂ばんくるわせでしたね。これは大穴おおあなだったな~』


 拳一、マジであとで覚えてろ。


 ズキズキとうずきがやまない額に、僕は靴を外して手を当てた。

 骨みたいな固い物に直撃した感触はあったが……血は出ていないようだ。すいの言った通り、痛みの感覚はあるけど、実際に受傷じゅしょうはない。幻術のせいだろう。


「う……う~ん」


 うなりが聞こえたので、ふと、足元を見る。

 興奮してて気づかなかったけど、何度か剣撃けんげきを受けたりして移動しているうち、いつのまにか僕とピエロは倒れた切田のすぐ傍で戦っていたらしい。それにしてもこの位置、投げ出されたような足……。

 ピエロのあの最後のよろめき、どうやら切田の足にひっかかった……というのもありそうだ。


「う……。あれ……? ツヨポン?」


 まぶたを開いた切田の視線が、僕に焦点を合わせる。


「あ、気が付いた?」

「ピエロの……アトラクションは?」

「終わった。今回はお前に助けられたよ」

「?」


 僕は、切田に手を差し出し、助け起こした。


『ちぇ。ハート・スートくんがやられたので、「ダイチ」のお子さん、いったん観客席にもどりま~す……』

『一気にやる気なくなってますね。ジョーカーさん』


 ジョーカーのアナウンスの声のあと、暗闇の空間の中に、四角いふちりが浮かび上がった。その先には、すいと詩織の姿。

 すいがへばりついている。何もないように見えるけど。あちらの空間からはこちらに来れないみたいだ。


「行こう、切田。ほら、肩……」

「おう、サンキュ……」


 僕と切田は縁取りをくぐった。


「強!」

「ヨッシー! よかったよぉ! ええヘッドバットやったで~!」

「いて、いたた。すい、今は頭、でないで!」


 「観客席」に戻るなり、すいがむしゃぶりついてくる。


「大丈夫なの? ケガとか」

「ああ、大丈夫だよ、詩織。まあ痛いけど、この幻術の空間だとケガはしないみたいだからね……。すい」

「んん~?」


 僕は、「ヤメて」と言ったのに、いくらか勢いが減っただけでまだ僕の頭を撫でまわしてるすいの手をとった。


「ありがと、すい」

「……ありがと? もっと撫でようか?」

「いや、それはいい。……戦ってる最中さいちゅうさ。すいの声が聞こえたんだ」

「ワタシの……声?」

「そう。すいが……僕を『必ず勝てる』ってはげましてくれる声。僕の気のせいかもしれないけど……すごい力になった」

「そんなこと、ワタシ言ったかな……?」

「ううん……」


 すいはキョトンとしたが、詩織が首を振った。


「すいちゃん、何度も何度も鏡を叩きながら叫んでたよ。『強なら勝てる』、『絶対負けない』って。きっと、それが届いたんだよ。ワタシに強の声が聞こえたのと……おんなじ」

「……あちゃペロ~」


 いや、この場面、それの使い方合ってるのか?

 それと、舌を出すな。


『さてさて、あと残ってる手駒てごまはダイヤ・スートさんだけっスわ~。また「ダイチ」のお子さんを放り込みたいので、早くあの金髪さんを倒しちゃうことにしましょうかね』

「え? なに、なに? さっきから、戦うとか、倒すとかどういう……」


プゥ~


 戸惑いの声をあげていた切田は、オナラの音をその身から発すると、首をガクリ、とれてしまった。僕の肩に、意識を失ったらしい彼の体重が一気にのし掛かる。


「すい。切田を寝かせたの?」

「うん。説明するのもややこしいしね。寝ててもらお」


 切田を横たえさせて顔を上げると、残るひとつの鏡面の奥、ソフィーに向けてライトの光が浴びせられていた。


『ダイヤさん、さっさとやっちゃってね~。四回戦、開始~』

『……やっと私の出番ってことね』


 僕でもなんとか勝てたんだから、たぶん、ソフィーへの心配は無用かとは思うけど……。

 僕はソフィーが映る鏡面に近づくと、ドン、と一発、拳をいれた。


「ソフィー、頑張って」


 鏡の中のソフィーは、クンクン、と鼻をヒクつかせる。


『……強くんのオイニーがする!』


 どんだけだよ、キミの嗅覚きゅうかく。どんだけだよ、そのボキャブラリー。

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