第三十七話 強くなればいいんでしょ?!

 毎度のごとく急にですけれど、こんにちは! もしくはこんばんは!

 ぼくの名前は笹原ささはら拳一けんいちです。小学四年生です。


 ここから数話はぼくがナレーション? をつとめさせていただきます。


 あ、ぼく? なんかとらわれているようだけど、大丈夫なのかって?

 大丈夫です! なんだか気持ちいいですから!


 では、今回のお話を進めましょう。

 現在より一か月以上前に時間はさかのぼります。


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 水無みずなし駅前の雑居ざっきょビルが立ち並ぶ一画。そのビルのひとつから、ひとりの少女が飛び出してきました。


「ふざけんな! バカ、バカ、バカつよし!」


 なにやら叫んでいるその少女は笹原詩織しおり。ぼくの姉ちゃんです。

 そう、ワールドワイドファイターズポストの事務所を訪ねて、つよし兄さんとすいさんに拒否された直後の場面になります。章立てで言うなら、第二章のあたりですね。


「強くなればいいんでしょ! 強くなって見返してやるから!」


 往来おうらいの人目も気にせず、姉ちゃんは叫び倒しています。

 姉ちゃんは同じようなセリフを、家でも道場でも、呪われてでもいるかのように叫ぶことが多いです。


「父さん!」


 姉ちゃんは家に帰ると、すぐさま道場内に足を向けました。

 道場内部ではひとり、道着を着て直立姿勢の男性がいるだけです。姉ちゃんが入るまで、深い呼吸を繰り返していたその人物は、ウチの父。笹原ささはら優太郎ゆうたろうです。


「父さん、ちょっと!」

「ふぅ……詩織ちゃんか。今……大事な黙想もくそう中……」


 父さんのヒゲがゆっくりと上下しています。けど、それがピタリと止まり、父さんの目がカッと見開かれます。


「だけど、詩織ちゃんの方がもっと大事ッ! どうしたの?!」


 ご覧の通り、気持ちの悪い父です。すみません。


「アタシ、もっと強くなりたいんだけど」

「もっと?」

「そう、今よりずっと強く……」

「詩織ちゃん……」


 父さんは姉ちゃんに歩み寄ると、その肩に手を置きます。姉ちゃんは即座にそれを払いのけます。


「詩織ちゃん……」


 また肩に手を置く父さん。なんだかスリスリ、動かしています。姉ちゃんは再び、先ほどよりも強い調子で払いのけます。

 本当に気持ちの悪い父です。


「詩織ちゃん、君はもう十分強いよ。強すぎて、ウチの門下の男の子、自信なくして辞めていった人数が、このあいだついに通算二十人を超えたよ」

「悪いの?!」

「悪くないよッ! いいことだッ! もっと鍛えなさいッ! 詩織ちゃんに色目を使うクソガキどもなんか追い出してしまえッ!」


 本当に気持ちの悪い父です。


「そうじゃなくて……」


姉ちゃんはもどかしげに言いよどみます。


「どうかしたのかい、詩織ちゃん?」


 うつむいた姉ちゃんをのぞき込むようにして父さんが顔色をうかがいます。異様に鼻息を荒げています。本当に気持ちの悪い……。


「まさか、強じゃないだろうね?! 強のヤロウが関係しているんじゃなかろうかね?! ヤロウ、ウチの詩織ちゃんを悩ませよって、ぶっころしてやるッ!」


 突如とつじょいきりたって今にも飛び出していきそうになった父の道着を、姉ちゃんがつかんで制止します。


「違う、強は関係ない」

「詩織ちゃん……」

「アタシ自身が強くならなきゃって、そういうことだから!」

「ふぅむ……」


 姉ちゃんの必死な様子に、ひとまずは父さんも憤りの気配を抑えます。なにやらヒゲをナデナデしながら考え事をしはじめたようです。


「このまま鍛練たんれんを続けていけば、もっと強くなれるのはわかっているね?」


 父さんの問いにコクン、とうなずく姉ちゃん。


「それでは足りないと、そういうことかな? ウチで鍛えているだけでは、足りないと」


 これにもうなずきを返します。


「ふぅむ……」


 アゴに手をえて、考え込む父さん。うなだれて立ちすくむ姉ちゃん。

 かれこれ二十分ほど、ふたりはそのままでした。長いなっ!


「父さん、お腹すいた~」


 道場の入り口にひとりの男の子が現れ、考えるヒゲに空腹を訴えます。ぼく、笹原拳一です。


「……何してんの? ふたりで突っ立って……」

「うるさい、拳一! 邪魔するなッ!」

「えっ……立ってるだけにしか見えないんだけど、何かしてんの……?」

「今、親子水入らずの最中さいちゅうなんだから邪魔すんなよ、クソガキッ!」

「……ぼくも一応、父さんの子なんだけど」


 本当に気持ちの悪い父です。


「父さん」


 姉ちゃんが口を開きます。


「わかった……いいよ。ゴメン、突然変なこと言って……」

「詩織ちゃん……」


 そういうと姉ちゃんは視線を落としたまま、道場を出ていきました。

 それを見送った父さんは、プルプルと身を震わせています。


「……父さん。ぼく、お腹すいたんだけど。お昼どうするの?」

「うっさいわ! 今は家族の危機だろうがッ!」

「……はぁ?」


 しばらくして姉ちゃんは道着に着替えて道場に戻ってきました。そして、一心不乱に鍛練っぽいことをしてました。

 あ、あやふやな言い方はすみません。ぼく、空手のこと全然興味もないし、知りもしないので、ただブンブンと、何もない空間を相手にパンチしたりキックしたりしてるようにしか見えないんです。


 とにかく、姉ちゃんは昼ご飯もとらずに、夕方までずっとそんな調子でした。

 また、父さんも夕方までずっとプルプルと震えながら、姉ちゃんを見守っていました。

 ぼくはあきらめて、お昼ご飯は自分で親子丼を作って食べました。


「詩織ちゃん……」


 夕焼けも終わろうとする頃、父さんは数時間ぶりに口を開きました。


「わかった……わかった、わかったよ。詩織ちゃんの気持ちが本気だってこと……」


 姉ちゃんは父さんの言葉が聞こえていないかのように、鍛練っぽいことを続けています。


「ひとつだけ訊かせてくれ。本当に強には関係がないんだね?」


 姉ちゃんの拳突きが、途中でピタリ、と止まります。


「……強は、関係ない」

「そうか。ならよかった」


 心底、安心したような様子の父さん。いやコレ、明らかに関係あるでしょう。ウチの父の目は節穴ふしあなか。


「父さんの知り合いにね、曖気あいきどうの先生がいてね……」

 

 満面の笑みを浮かべ、ヒゲをナデナデしながら父さんが続けます。


「詩織ちゃんがよければ、その先生に詩織ちゃんのこと、話してみようと思う。どう?」

「あいきどう……合気あいきどう? そこに行けば……強くなれるのかな?」

「強くなることにイヤにこだわるね……。とりあえず、先生はとてつもなく強いよ」

「父さんより?」

「うん。比較にならないくらい」

「……アタシ、その先生のところ……行ってみる」

「詩織ちゃん……」


 父さんは姉ちゃんに歩み寄ると、その肩に手を乗せます。姉ちゃんはすかさずその手を払いのけます。


「ひとつだけ言っておくと、『強さ』とは決して個人の身体的な強さではないんだよ」


 父さんはりずに姉ちゃんの肩に手を伸ばします。姉ちゃんは拳でその手を跳ね飛ばしました。


「仲間と一緒に形作る強さもあるんだ。とくに、娘が父親と一緒に形作る強さが最強だってのはちまたでの定説だよ」


 父さんと姉ちゃん、ふたりは向き合いながら、片や手を伸ばし、片やそれをはたき落とし、不毛ふもう応酬おうしゅうが続けられています。


「覚えておいてくれ」


 その言葉を最後に、父さんは実の娘の正拳をモロにお腹に受け、床にひざをつきました。


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 翌日、姉ちゃんは早速、父さんの言っていた先生の元を訪ねてみました。

 父さんからはすでに連絡がいっており、先方せんぽうも姉ちゃんの来訪を快諾かいだくしてくれた、とのことです。


「ここか……」


 同じ水無市内ではありますが、より山間部に入ったところでバスを降り、車が一台、やっと通れるような道を三十分かけて歩いた姉ちゃんを待ち受けていたのは、古ぼけた簡素なつくりの山門さんもんでした。門前には、木の板にかすれた墨字で「曖気道」と書かれています。


「『あいきどう』ってこんな字だったっけ……」


 姉ちゃんはいぶかしがりながらも山門をくぐります。


「ごめんくださーい……。どなたかいらっしゃいませんか」


 山門をぬけて少し行くと、これもまた古ぼけたお堂のような建物がありました。姉ちゃんは正面の開き戸の前に立ち、なかに向けて声をかけます。

 応答を待っていると、少しして、床がきしむような音が聞こえてきました。


「はいよ、はいよ、はいよ、っと~」


 伴って、だんだんと近づいてくるしわがれた声。その声がすぐ裏まで来たところで、戸が開かれました。

 現れたのは、小柄で、豊かに白ヒゲをたくわえたおじいさん。戸が開けた向こうには、板敷きの道場が広がっています。

 姉ちゃんの姿を見ると、おじいさんは顔をしわくちゃにしてニンマリ、と微笑ほほえみました。


「あの、アタシ……笹原詩織といいます。こんにちは……」

「ああ、聞いとるよ。さ、お入り」


 姉ちゃんは、どこかカビくさい匂いの漂う道場に招き入れられました。

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