幕間四 LOVE FOR ALL. ALL FOR LOVE

「どチクショウが! その金パツ引っこ抜いてこのマウンドに植えたろか!」


 すいがマウンド上に戻ったソフィーの胸ぐらをつかんで吠えている。


「ゴチャゴチャ言うな! 勝つんでしょうが!」

「勝つ! 勝つが、その前にテメェの金パツの収穫祭りしたるわぃ!」

「もうっ! すいさんにウチの兄さんとキスする権利をあげるわ!」

「要らんわ、あんなシスコン野郎!」


 二人の不毛ふもうな口喧嘩がマウンド上で続く……。


「ねえ、今、香久池かぐいけさん消えてなかった?」

「うん。そう見えたような……。でも……あれぇ?」


 僕の周囲の観客がいぶかしがっている……。が、校庭の隅だったのが幸いしたのか、どうやら僕とソフィーの行為をハッキリと目撃した者はいないようだ……。よかった……。本当に……。


「いい加減うるっさいわね! 代わりにつよしくんがアナタのために応援の言葉をくれるってさ! 行け!」

「え! マ?!」


 ちょ、ちょっとソフィー。何を勝手なことを……。

 僕が戸惑っている間に、すいはもう目の前に来ていた。


「むふふ……。ヨッシー……応援ってなあに? それとも……キス?」


 ヤメろ。唇に指先をあてるな。

 でも……このままじゃあ試合が進まないのも確かだ。


「が、頑張って……」

「う~ん……。もう一声!」


 セリ市かよ。


「頑張れ、すい」

「もいっちょ!」

「すいの活躍がみたい!」

「まだまだぁ!!」

「すい、僕のために勝ってくれ!」

「合点承知!!」


 満足の笑みを浮かべて腕まくりすると、すいはセカンドの位置に戻っていった。


「すいちゃん、カレシ大好きだね~。カレシも丸出しだし」


 近くの観客さまからのうれしいお声。なにも丸出ししてませんよ……とほほ。

 と、気づくと、なぜか詩織も僕に駆け寄ってきており……。


「詩織、どうした?」

「強、アタシにも何か……一言!」

「え? なんで……?」

「いいから!」

「え……じゃあ……勝ちなよ、詩織」

「……うん!」


 これまた満足気まんぞくげにうなずくと、詩織もポジションに駆け戻っていく。先ほどの観客さまも、こちらをチラ見しながらクスクス笑っている。

 何だってんだ……一体。


「チッ、やっとゲーム再開か。投げるわよ」


 マウンド上のソフィーは毒づくと、投球フォームに入る。目にもとまらぬ早さのウィンドミル。そこから、ボールが(もうボールとしての形は見えないんだけど)飛び出した。

 ボックス上の相手バッター、ドーピングされた女子はその球をとらえきれず、空振りをする。強化キス甲斐かいはあったみたいだ……が。


「うわぁぁぁ!」


 キャッチャーをつとめていた荒井さんが捕球の衝撃で五メートルほど地を滑った。巻き込まれた審判はすっころんでる。

 よく考えればそうだ。

 あの状態のソフィーの球なんか、一般の方に任せちゃいけない。幸い、荒井さんはソフトボール部所属でボールさばきに慣れていたのか、ケガにまでは至らなかったようだ。審判は知らん。


「ちょっと、え、なに? ソフィーちゃん! これムリ、無理だってば!」

「ヤワな女豹めひょうめ! キャッチャー交代!」


 代わりにキャッチャーポジションについたのは、もちろんすいである。


「おらぁ、金パツゥ! しっかり投げねえとこの校庭、金の麦畑にするぞっ!」

「し、て、み、ろ、や!」


バスッ!


 さすがにすいは問題なく捕球ができている。空前絶後のバッテリーが完成した。

 その後のソフィーの快投かいとう……いや、「怪投」はすさまじく、ドーピング軍団を三振で抑えることができた。


「い、意外とやるわね、香久池さんに阿武隈あぶくまさん! だけど点数はウチのリードよ!」


 鬼ババアの威勢にかげりが見え始めている。

 そりゃそうだ。アッチからすれば普通の女子生徒と思っていたソフィーとすいが、あんなポテンシャルで投球するとは思っていなかったのだろう。


「真打ち、登……場ッ!」


 再び、我がチームの攻撃。バッターボックスには四番、すいが立つ。

 すいもソフトボールは初体験だったらしくて、これまではフォームやタイミングがひどいものだったが、当たってさえしまえばほとんどが二塁打以上となるバッティングを見せていた。

 さて、ドーピングピッチャー相手では……。


キン!


 初球、大きくフライを打ち上げた。

 タイミングは合っていたみたいでセンターに飛んだが、相手方守備の移動速度が早く、すでに捕球位置で構えている。


操魂そうこんッ!」


 一塁で立ち止まったすいが叫ぶ。

 うわぁ……すいもやらかし始めちゃったよ……。


ブッ!


 遠く、相手方センターの方向から聞こえるこの音……。


 そう、オナラです。


「え、ヨーコ。いま、もしかして……」


 お近くの観客にも聞こえたようだ。


 そうか……。センターはヨーコさんっていう女子なのか。

 ごめん、ヨーコさん。キミはまず、今の君の姿にしてしまった担任を恨むといい。あとキミ、そんなナリになっていてもほほを赤らめるんだね。……乙女なんだな。なんだか愛おしいよ。


 センターのヨーコさんはフラフラとよろめき、フライの捕球を逃した。すいの操作もそれまでだったようで、ヨーコさんはすかさず捕球、三塁に送球するも、スライディングですいはセーフ。三塁打。


「真の真打、登場よ」


 つづくバッター、ソフィー。輝く金色の髪をなびかせながらバッターボックスに入る。

 ドーピングピッチャーからの第一球……。


「チャー……シュー……メンッ!」


 違う、それゴルフのやつ!


キィン!


 ソフィーの打球は、悠々ゆうゆうと校庭のフェンスを飛び越えていった。


「ふっ……負けを知りたいものだわ」


 すいを含むツーランホームラン。これで、二点差。


 以降の我がクラスのバッターはドーピングピッチャーにすべなく、あえなくスリーアウトチェンジ。そしてその後の三回の表裏は、投手戦で両チームに点の動きはなく、いよいよ最終回、四回表、我がチームの攻撃を迎えた。


「えっ?! 同点終了だと引き分けで同率優勝? マジで? あっちゃん」

「うん。時間の都合でね」

「ってことは……単独優勝には、ここで三点が必要ってことね」

「ワッシはヨッシーに勝利を献上せねば! 献上せねばならぬのですよ!」


 ベンチの声をなんとかこちらでも聴きとることができた。

 すいとソフィーは点をとれるだろうけど、完全勝利にはあと一点が必要……。


「ど、どど、同率だとしても優勝は優勝だもんね! 私の薬の成果は証明されるもんね!」


 なんだか可哀そうになってきた鬼ババアの虚勢きょせい

 もう二点とられるの覚悟しちゃってるじゃん。あと、僕出場してるわけじゃないから、目的達成がどうやっても不可な戦いだからね? コレ。優勝すれば僕に勝ったことになるっていうはじめのアレ、どう考えても虚言きょげんよ?


「よし……」


 この回の先頭バッターは詩織だ。

 前回の打席では為す術なく三振。筋肉少女の意地か、ひとつカスりを見せていたものの、そのままキャッチャーのグラブに捕球され、ファール扱い。

 さて、この回は……?


「あの構えは……」


 詩織はバットを両手で持ち、バントの構えを見せた。

 そうか。アレなら軌道上にバットを配置して打つこと自体はしやすくなる……。けど、あの球速だぞ? 大丈夫か……?


 ピッチャーがウィンドミルからボールを放つ。詩織に風と化したボールが迫る。


「うっ!」


キン!


 詩織にインパクトの衝撃がモロに襲ったものの、彼女はそれを耐え、かつバットコントロールが上手くいったらしく、サード側にボールは転がっていった。絶好位置だ!


「っりゃあ!」


 すかさず、詩織が一塁を狙いに走る。

 彼女を刺すべくサードが素早くボールを捕球し、流れるようにしてファーストに投げる。すさまじい速度の送球。

 同時……いや、詩織が一歩遅れるか……?!


 そのとき、詩織は頭からファーストベースに飛び込んだ。


「……セーフ!」

「いよっしゃあああ! ナイスしおりん!!」


 「あはは」と照れ笑いを浮かべながら、詩織は体操服についたドロを払う。

 僕はホッと一息ついて、もうこの試合の行く末を確信した。


「正式な真の真打、参上!」


 続くすいは、ここに来て完全にソフトボールに慣れたのか、詩織も返すツーランホームラン。


「そこはかとなく正式な真の真打、爆誕ばくたん!」


 さらにソフィーもホームラン。


 五対四――逆転成る!


 ホームに戻ってベンチに戻るソフィーに、チームメイトからハイタッチの嵐。

 ひときわ高い音を鳴らして、すいもソフィーとハイタッチ。仲いい時はホント仲いいよね、このふたり。


 我がチームの残りの打者のスリーアウトのあと、最終回裏のドーピング軍団の攻撃に入ったが、二者はこれまでどおり、三振させることができた。そして……。


「ストライッ! アウト! ゲームセット!」

「ぃやったぁッ!」


 こうして、我がクラスのチームは最終回に見事な逆転劇を見せ、女子ソフトボール総合優勝を勝ち取った……。


「どうして……どうしてよ……。私はこれから、どうしたらいいのよぉ……」


 夕暮れの校庭。

 鬼ババアがグラウンドにひざまずいて嗚咽おえつをあげている。きっと、彼女の頬には黒い涙が流れているんだろう。


「先生……」

「逢瀬くん……」


 針田先生が顔を上げる。

 ほら、やっぱり黒い涙のあと。


「そんなに悲観しないでくださいよ、先生。ホラ、アレ見てください」


 僕は、校庭に並ぶいくつもの影を彼女に指し示した。

 針田先生のクラスの生徒たちだ。


「センセー!」

「おにば……ハリクミ!」


 その呼び名は鬼ババアのフルネーム、針田久美子、から来ているのだろうか。いずれにせよ、何か言いかけたよな? 今。


「そんなにしょげんなよ、ハリクミ!」

「さ、準優勝の表彰、受けにいこーよッ!」

「お前たち……」


 僕は、より一層黒い涙を流すおにば……針田先生に向かって、語りかける。


「……先生のクラスのみんな、先生のこと大好きじゃないですか。この三か月、先生がちゃんとぶつかっていったから、生徒たちも感じ取ってたんですよ、その心を。先生はマッドアルケミストなんかじゃなく、先生に向いているんですよ、きっと」

「逢瀬くん……」


 鬼ババ……ハリクミは立ち上がると、黒い涙を夕日にふりまきながら、自分の生徒たちのもとへと駆け寄っていった。


「お前たち~! 私と一緒に青春の汗を、流そうよ~!」

「わぁー!」

「あはは! あはは!」


 ……。

 なんだ、コレ。


 そして、僕は見た。

 鬼ババア……じゃなくてハリクミを取り囲む生徒の輪から外れて、ひとりの女生徒がすさまじい形相ぎょうそうでハリクミをニラんでいるのを。

 僕は、アレがきっとヨーコなのだと確信した。

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