第十一話 新キャラ登場!その名はみぽりん!

「はぁ……はぁ……。ちょ、すい、待って……」


 街中まちなかを数ブロック走り続けた僕は体力の限界を迎え、立ち止まった。


「大丈夫、ヨッシー?」

「はぁ……。横腹よこばら、痛い……」


 すいがけわしい目つきで辺りの様子をうかがう。作務衣さむえ男が追ってきていないか、確かめているのだろう。そのひたいに汗が伝っている。すいも走り疲れたのだろうか。


「ごめんね、ヨッシー。ワタシがしっかりしてれば、あんなサムウェイ野郎、近づけさせやしなかった」

「いや……すいのせいじゃ……ないよ」

「でも大丈夫! サムウェイの気配は覚えたから、もう二度とちょっかい出させないようにするからね」

「う、うん……」


 近づけさせない……。

 もしかしてすいは、ソフィーよりも前からずっと……僕に近づく不穏なモノを全て対処してくれていたんじゃないか? そんなことに今になって気が付いた。


「……すい」

「ん?」

「すいは、人を殺したこと、ないよね?」

「……」


 すいの顔つきから光が消えた。まるで時が止まったかのように張り付いた、冷めた表情。


「ないよ」

「……本当に?」

「ない、というか、ワタシの術では人を殺せないの」

「殺せないって……屁吸へすいじゅつは暗殺術じゃないの?」

「ワタシの術は不完全だから……」


 不完全?

 あんなに奇想きそう天外てんがいな術でもまだ完成形じゃないというのだろうか。


「さっ、デートの続きしよー! オー!」


 僕が逡巡しゅんじゅんしてる間にすいは、いつものおちゃらけた顔に戻っていた。


「デートじゃないってば……。ココ!」


 僕は例の紙片を取り出す。ポケットに突っ込んだまま走ったせいか、グチャグチャになってしまっている。


「えぇ~。今日はもうそんな気分じゃなかと~」

「いいや、行くね! もう近いよ」

「あちゃペロ~」


 だから、そのあちゃペロって何? マイブームなの? 使い方、多様たようすぎない?


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 紙片に記された住所のビルは、ひとつ目のビルに負けず劣らずのボロさだった。


「さっきの二の舞だったりしちゃったりして」

「そうならないことを願うよ……。ホラ、入ろう。今度はエレベーターあるよ」


 目的の五階は、扉がふたつほどあるフロアだった。

 一方はドアにも、ドアそばにも何も掲げられていない。空き室なのだろう。

 もう一方にはドアに黒字で、「ワールドワイドファイターズポスト 日本支部」と印字された紙が貼られている。しかもドア窓からは明かりが漏れている。

 どうやら、すいの予見よけんは外れてくれそうだ。


コン、コン


 インターホン等が見当たらないので、ノック。


「へ~い、開いてるよ~」


 応答だ。なんとも間延まのびした男の声。


「失礼しまー……」


 ドアを開くとまず、間仕切りの衝立ついたてが目の前にあった。部屋は十畳くらいの広さだろうか……。


「入ってきていいよ~」

「……ヨッシー」


 すいは、先に行ってくれ、とうながしているらしい。

 そういえば、この子、僕との初対面は照れが強かったな。実は人見知りなのかもしれない。


 間仕切りを回り込むとその向こう側に、二人掛けのソファー。両脇は一個ずつのオフィスデスク。ソファーの向かい側にもオフィスデスク。

 室内には、そのオフィスデスクに座る人物がひとりのみ。声のぬしはこの人だろう。

 室内だというのに、テレビで見るカウボーイハットのような帽子を斜め気味に被っている。その帽子とはおおいに不釣り合いのグレイのパーカー。不精ヒゲが不衛生な印象の、三十くらいの男。

 帽子被ってるのにフード付きパーカーとか、どういうこと?


「やあやあ、これはお若いお客様たちだ。我がワワフポ社に何か用かね」


 ワワフポ……社? あ、ワールドなんちゃらのかしら文字の略……か?


「あ、はい、あのう……実は」


 僕はひとつ目のビルで見つけた紙片を差し出す。


「あら? それ持ってきちゃったの?」

「え、まずかったですか?」

「いんや、まずくはないよ~。一応置いといたけど、それ見て来たのはキミタチが初めてだからさ~。たぶんもう不要でしょ。戻しに行くのメンドクサイからそこにポイしといて」


 そう言って彼は、ソファー横のくず入れを指差す。

 なんか、初対面でアレだけど、いい加減な調子の人だな……。


「んじゃあ、アレ見てきたんだ~……。びっくりしたでしょ? あ、そこに座って、座って」


 促されて、僕とすいはソファーに腰を下ろした。


「あ、お茶はセルフサービスね~」


 セルフ、とはソファーの前の卓上の湯飲みとポットで、自分で入れろってことだろうか……。やっぱり、いい加減だ。

 僕は、すいの分と合わせてふたつ、お茶を作りはじめる。


「ふぁあ」


 うわ……。子どもとはいえ、一応は客の僕たちを前にあくびしちゃってるよ。


「いやぁ……あの時には参ったねぇ。マシンガン持ったギャングが乗り込んでくるんだもの」


 マシンガン? ギャング?

 そんな気だるげな声音こわねで出てくる単語じゃないぞ?


「あんなん久しぶりだったわ~。うぇっへっへ……」

「あのボロボロの部屋の話? あそこには弾痕だんこんなんて見当たらなかったけど?」


 すいが初めて口を開く。どうやら、彼の軽い調子に慣れてきたようだ。


「ん~? だって一発も撃たせてないも~ん」

「あれだけ荒れてたのに一発も撃たなかったの? そのギャング」

得物えものだした瞬間、みんな伸びてもらったからね~。荒れてたのは、ボクが暴れた跡」

「あなたが……暴れた?」

「そうそ。あ、ボク、こういうもん……」


 何をどうすればそうなるのか、ついには机の上にだれてしまった彼が指をピ、ピ、とはじくと、僕とすいの目の前に名刺が飛んできた。


「ワールドワイドファイターズポスト日本支部局長……三穂田みほたひろし……」

「そうそ。みぽりんでいいよ?」


 みぽりんって風貌ふうぼうじゃあないぞ……! 全国のみぽりんに謝れ……!


「みぽりん……みぽりん!」


 だが、すいは気に入ったらしい。確かに、君の好きそうな語感ごかんだよね。


「で、アベックは何の用なのかな?」


 僕は、みぽりん(全然しっくりこないな、ホントに)に自身のこと、「ダイチ」の記事のこと、それでおちいった現況、記事の真偽しんぎについて確かめたいこと……。諸々もろもろを伝えた。


「あ~ん、なるほど、なるほど~」


 そんな相づちをあいだに挟みながら、みぽりんの机上でのダレ方はより深まっていった。


「残念ながら、ダイチの記事については何にも答えられないね~」


 僕が話し終えると、みぽりんはほとんど机に突っ伏した状態で言った。


「……どういうことですか? この記事を書いたのは、ここじゃ……」

「ここだけど、書いたのはボクじゃない。永盛ながもり氷見ひみって子でね。いまは行方不明」

「行方不明?!」

「そうそ。四か月くらい前からね。あ、たぶん生きてはいるからダイジョブ~」

「ダイジョブって……」


 同じ職場の仲間だろうに、そんなことでいいんだろうか……。


「だから、ボクからはあの記事に関して、何にも教えてあげられることはない」

「そう……ですか……」


 これで、すいが言うところの糸が切れたことになる。

 僕は落胆らくたんの色を隠しきれなかった。


「あの……記事を撤回てっかいする内容の、別の記事みたいなのは……」

「出してもいいけど、あんまり効果ないんじゃないかな~。もう世に出回っちゃった情報だからね~」


 確かに、みぽりんの言う通りな気がする。


「あぁん?! ちょっと無責任すぎやしないかい! みぽりんさんよぉ!」


 しばらく(珍しく)黙っていたすいの、何かしらのスイッチが入ったらしい。

 片足をテーブルに勢いよく乗せ(おかげでお茶がこぼれたじゃないか)、立て膝で啖呵たんかを切る。


「ヨッシーはあんたんとこのせいでエラく迷惑してんだよ、べらぼうめ!」


 とりあえず、現在までの迷惑の四十パーセントくらいはすいにかけられてるんだけどね。


「この落とし前どう、あ……あ、ふぁぁ」


 アレ、すい?

 今、あくびが出るような状況?


「ふぁぁ、アレ、なんであくびが……か、体も……」

「暴れないでね~」

「ど、どうした? すい」


 すいが立て膝の格好のまま硬直こうちょくしている。


「動かない……。これ……ワタシと同じ……」

呿入きょにゅうけん。知ってるかな~。知らないだろうな~」


 あのすいが、いとも簡単に……。

 何が起こってるんだ?

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