第十二話 過言ではなかった

「きょ、きょにゅうけん……?」


 弱キャラ気味とはいえ健全な男子である僕としては、この語感ごかんにはあの……キョのニュウを思い浮かべざるを得ない。


「そうそ。呿入きょにゅうけん。男なのに巨乳とはこれいかに……。うぇっへっへっ」


 あ、言いやがった。この人。せっかくボカしたのに。


きょってのは……あくび……。ワタシの屁吸へすいじゅつと同系統の、暗殺拳……」


 すいが硬直こうちょくしながら驚きの表情を見せている。

 同系統、ということは、すいみたいにオナラ……でなくあくびを吸って、屁吸術と同じようなことができるってことか? だとしたら、みぽりんは何も動いていなかったのに、正面切って向かっていったすいを、こうも簡単に……。

 もしかしてみぽりんは、すいよりも……断然強い?


「へえ、知ってたか~。というか、屁吸術か~。使い手には僕も初めてお目にかかるね」

「うるしゃあ! 早くコレを解きやがれ!」

「まあまあ……。落ち着いてくれるなら解除してあげよう」

「テメェの尻ぬぐいもせず知りませんなんてぬかしやがって! これが落ち着いていられるかってんだ、べらぼうめ!!」


 すいのこの様子だと、ただ体を拘束こうそくされているだけで、今のところ大きな実害はなさそうだ。


「そんなに荒ぶらないでくれよ。ボクは『ダイチの記事について』と言っただけで、ボクが持っているダイチの情報なら教えてあげられるよ~」

「ダイチの情報? あるんですか?」

「うん。逢瀬おうせくんがおちいった状況についてはこれでも悪いな~と思ってるんだもの」


 机の上でそんな寝そべりながら言うなんて、とても説得力のある言葉ですねッ!

 コレ、もう寝てるんじゃないの? 顔、完全にこっち見てないよね? そのオシャンティなカウボーイハットもずり落ちそうだよ?


「ダイチが十五年前、最後にその姿を確認された場所。そこに現れてから以降、ダイチは消息しょうそくを絶った」

「ダイチの最後の目撃箇所……」

「早く教えやがれ! すっとこどっこい!」

「キミ、口が悪いね~。そういえば、彼女のほう、お名前聞いてなかったねえ」


 確かに、なんだかんだで自己紹介もしていなかった。

 僕のことは、まあ、あの記事にスッキリとフルネームがったものだから知っていて当然か。


「聞いて驚け! 天上天下、至高しこうにめちゃカワ! 至高にめちゃツヨ! 阿武隈あぶくますいとはアタイのことさ! さぁ、ダイチの情報、きやがれ! おたんこナス!」


 めちゃツヨな人は制服で、オフィスのテーブルの上に片足乗っけた姿で固定されたりしませんよ、すいさん。


千代せんだい市のバー、『マリア』」

「バー?」

「そうそ。お酒をたしなむ大人の社交場。キミタチにはちょっと早いところだね~。そういえば、久しくバーなんて行ってないな~」


 千代といえば隣県の主要都市で、この地方でも最大級の規模を誇る町だ。

 そこに、「ダイチ」が十五年前に現れた……。


「そんな情報、クソのもとにもならんわ! 十五年も前のことなぞ、すいちゃんが可愛らしく育つほどの年月だぞ! 古いわ!」


 確かに。

 あ、いや。「すいが可愛らしく育つ」の点には、性格面でいささか疑問が残る。


「その点は安心してよ。ボクがこの話を永盛ながもりくんにしたら、あの記事を書いてきたんだよ? 行けば何かつかめるんじゃないかな~」

「記事が書かれたキッカケ……なんですね」

「そうそ」


 なら、みぽりんの言う通り、手がかりがありそうだ。糸は、まだ切れていない。


「っしゃあっ! 今度はヨッシーと千代デートじゃあ! ……で、千代ってどこ?」

「……すい。君は、ホントに……」

「残念な子じゃないよ! ちっちゃくもないよ!」

「もうね、その格好が残念なんだよ。制服姿でテーブルに足乗っけて……。一周まわって可笑おかしくなってきたよ」

「そだね~。うら若き少女にいつまでもそんな格好させてちゃね~。ハイ、解除」


 みぽりんがそう言うと、すいはテーブルに乗っけていた足を下ろした。硬直が解除されたんだ。

 だが次の瞬間、彼女は顔を上げ、ニタリと笑う。そして、デスクの向こうのみぽりんに向かって跳んだ。


「この恨みはらさでおくべきかぁあああぁ……うっ、ふぁぁあ」


 空中ですいは、ふたたびあくびをし、バタンと床に倒れた。

 またみぽりんに硬直させられたらしい。

 ってか……。


「ちょっと……すい。スカートがその……」

「めくれてるってかぁ!」

「……そう」

「いいよ、見て! 今日デートだから、おニューの勝負のにしたから!」

「いや、こんな状態で見せられてるおニューが可哀そうだよ……」

「ある意味、不可抗力で強制的なヨッシーへのおニューサービスタイム。これはこれでいい」


 目のやり場に困るのと、すいが調子づいているので、彼女には飛びかからないようにと厳命げんめいした上で、僕の方から解除をお願いした。


「とにかく、次の目的地は千代か……。詳しい住所とか教えてもらえますか?」

「住所? 知らな~い」

「ケチンボみぽりん!」

「ボクは人伝ひとづてにダイチのうわさを聞いただけだからね。そういうのを調査するのが新聞記者だよ~」

「記者になった覚えはないんですが……」

「永盛くんの分、空きがあるからボクはいつでも大歓迎。掃除してくれる人が欲しいしね」

「あぁ~……」


 なんとなく判る。

 ちょっと気になってはいたんだけど、このオフィス、書類やらファイルやらが雑多に散らばっているのだ。

 永盛さんが行方不明なのって、そういう雑用仕事がイヤになったからじゃないの?


「あ、そうだ。できたら前の事務所、キミタチ、掃除しといてくれないかな? そろそろ引き払わないと、家賃の払いムダだしね~。あのケチャップの染みなんか、ボクがオムライス盛大にぶちまけて付けちゃったんだけど、取れるかな~。取れないだろうな~。あれ、キミタチ、帰っちゃうの? ちょっと……。ねえ、無言? お茶椀ちゃわんくらい洗ってくれてもバチは当たらないよ? おじさん、哀しいな~」


 とにかく、次は千代のバー、「マリア」だ!


------------------------------------------------


「阿武隈……聞いたことのある名だね~。なんだったかなぁ~。でも、思い出すの、メンドクサイな~」


------------------------------------------------


「ねぇねぇ、ヨッシー。このあと千代に行くの?」

「千代は今からじゃあ……」


 腕時計を見る。午後二時を少しまわったところだ。

 千代までは距離にして百キロ以上はあったはず。

 時間も、所持金も心許こころもとない。「マリア」の正確な場所も知らない。


「今日は無理かなぁ……」

「じゃあさ、ご飯! お昼まだだったでしょ! ご飯行こうよ!」


 すいの顔が輝く。そう言われて、僕も空腹気味なことに気が付いた。朝ご飯は食べれてないようなものだし。


「そうだね。じゃあその後、行こうか」

「その後って?」

「すいがお望みだったところ」


------------------------------------------------


 少し遅めの昼食。ただのファミレスだというのに、すいのはしゃぎようは尋常じんじょうではなかった。しきりとチーズドリアを僕にあ~んさせようとする手を振り払い、振り払い……。それを他の客がチラチラと、ほほえましげに見てきたり……。正直、食べた気がしなかった……。


 帰りのバス、僕たちは家まで直行せず、途中の停留所ていりゅうじょで降りた。


「はい、すいのお望みの場所」

「あぁ! しまくらだ!」


 そう、ファッションの中心地、しまくらです。

 すいの制服はよく見ると、糸のほつれが多かったり、不自然な破けがところどころにあったり、さっきも床に寝転がったせいかホコリっぽかったり、と、入学して二か月も経たないというのに散々な有様だったのだ。

 すいのズボラそうな性格もあるのだろうけど、少なからず、ソフィーとの一戦や、それ以外の、僕の知らない戦いで重ねられてきた傷みなのだろう。

 そう思うと、自然とすいをしまくらに連れていく気になっていたのだ。


「ほら、ヨッシー! 早く、早く!」


 すい、今日一番のはしゃぎっぷり。しまくら、初めて来たのかな。

 ……。

 そういえば、おニューのなんちゃらはどこで買ったんだ?!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る