第四話 あなたの×××を吸います!
ソフィーの鋭い蹴りが、真っ直ぐに僕の顔面を目掛けて来る。
当たるッ!
インパクトの寸前、僕がしたことは、恐怖のために目をつむるのみだった。もちろん防御の体勢なんてとれているわけがない。避けることもできない。棒立ちが、後ろの倒れている詩織のことを
蹴りの風圧が僕の
「……ン?」
僕の身体はどこも痛くないし、何の衝撃も……なかったぞ?
おそるおそる目を開く。
まず視界に入ったのは格技場の板張りの床だ……。黒ずんで、年季が入った板。
カタ、カタン
その視界内。落ちてきた「何か」が床を鳴らす……。
これは……メガネ……?
レンズは割れ散り、フレームが曲がったメガネだ。
顔を上げる。
僕とソフィーとの間に人が立ち
彼女の顔のスレスレには、ソフィーの蹴りが伸びている。正面がソフィーに向いているため、その顔は見えない。
彼女が僕を庇ってくれたのか? 一体、誰だ?
「よかった。ヨッシーにケガはないようね。もしケガなんてさせてたら、ソフィー嬢即ぶっころ確定事案」
そう言うと、彼女は振り返って、僕にニッコリと
え……。本当に……誰?!
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同時刻――とある病院の診察室で、切田拓実は中年の医師と向かい合って問診を受けていた。
「うーん……。検査では特に脳の問題や外傷はないみたいだねぇ。もっと精密な検査はしなくても大丈夫だとは思うんだけれども……。切田くん、倒れる前の記憶ってどこまで覚えているかな?」
「倒れる前……?」
切田は、苦笑いを浮かべる
切田が話しかけると、逢瀬強はいかにも「面倒です」といった顔をする。いつもだ。切田にはそれが余計に気に食わない。余計にカラんでやりたくなる。
今日も、
けれども、本当は切田は……。
ブン、ブン、と切田は頭を振った。
――そうだ。そして俺は、ヨワシを小突いてた。
最後の一振り。そのかぶりが大きすぎて、クラスメイトの地味女子にぶつかったことを切田は思い出す。
――黒髪、三つ編み、メタルフレームメガネ。三
「ありゃあ、確か……
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そうだ! この落ちているメガネ、三つ編みお下げ……。クラスメイトの……阿武隈さんじゃないだろうか。
阿武隈、阿武隈、阿武隈……。
ごめん。下の名前は覚えてない。名字が珍しくて、ごめん、その名字しか思い出せていない。
「チッ、ニェプ!」
蹴りの不発に舌打ちで
対する阿武隈さんも、フォォォ、とすさまじい呼吸をしながら構えを作る。
左腕は脇を
僕は、背後で倒れている詩織の両脇に腕を入れ、引き
窓からの陽光が、キラキラと粒になって阿武隈さんに降り注いでいる。
阿武隈さんはソフィーとは違って見事に黒髪だけど、光を浴びて、今は全身が金色に光り輝いているようだった。
彼女の身長は決して高くはなく、ソフィーの方が一回りくらい大きいのだろう。向かい合って構え立っている今、それが明確だ。それでも、当人には体格の差などに
退避した位置からは彼女の顔が見える。
長いまつ毛、クリクリとした瞳。小作りで丸みのある鼻に、これもまた小さめの
彼女は呼吸を止めるとその唇をキッと結び、射るような
阿武隈さんって……メガネを取ると……こんなに可愛かったのか。
「あなた、只者じゃないですね」
ソフィーが口を開く。
「いえいえ、只の人よ。ただし、ヨッシーを世界一愛している、只の人だけどね」
ふぅん……。へえ。
あの緑色の
「ふぅん……あなたも『ダイチ』の血統目当てってことね」
「関係ない。関係なく、ヨッシーが大好きなの」
そんなにか! そんなになのか! いくら国民的キャラだからって今日びの女子高生にはそんなに人気があるのか、あの
「あっそ。どっちにしても強くんは渡さないわ」
「いいえ! ヨッシーはワタシだけのもの!」
ってもうッ! なんなの、もうッ!
やっぱりだよ! やっぱり僕のことだよ! ヨッシーってつよしの「よし」だよ! あるいは「ヨワシ」の短縮形だよ!
今日は一体何なの、もうッ! おうち帰りたい!
「ウラァッ!!」
掛け声とともに、ソフィーは凄まじい速さの蹴りを連発した。彼女は蹴り技に自信を持っているのだろう。詩織のときとは違い、一発一発に力が込められていることが素人目にも判る。
だが、阿武隈さんがまともに食らった蹴りはない。数発をかすめた程度で、その度に阿武隈さんは小さくうめき声を漏らすだけだ。
「だ、大丈夫なのかな、阿武隈……さん」
僕がつぶやくと、阿武隈さんは戦闘中にも関わらず、チラリ、とこちらを
「あ~あ。全然だわ~。全然効いてないわ~」
……? 何だ? 何か言ってる?
「これ、アレだわ~。メガネ壊れちゃって
阿武隈さんは何を言っているんだ? あと、なに? その取ってつけたような関西弁。
「これ、あれやし。見えてたら即ドボンやでワレ~」
あ! つよがってるの、コレ?! ドボンって何?!
意味わかんない! このつよがりの終着点が見えないよ!
「な! に! を! ふ! ざ! け! て! るんだあッ!」
ソフィーの怒号と共に、より一層キレのある蹴りが阿武隈さんを刺そうと乱れ撃ちされる。が、それらは今度は、かすりさえもしなかった。
阿武隈さんの強がりもまんざらではなく、時が経つごとに回避の精度が上がっているようなのだ。
「マジ、全然余裕だし。全避け達成電鉄だし!」
いや、全避けはしていないと……思いますよ。先ほどはいくらかかすってましたし。
有効打を与えられずのソフィーは肩で息をつき、
一方、阿武隈さんの表情には笑みを浮かべるほどに余裕が見られる。
「クソアマがッ!」
「あらら、お言葉遣いがお悪くてよ。ソフィーお嬢さまッ!」
ソフィーの
「うっ……ん……?」
声がしたので振り返る。詩織が目を覚ましたようだ。
「詩織、大丈夫?!」
彼女は側頭部を抑えながら体を起こそうとする。僕はそれを支えた。
「無理しないほうがいいよ」
「え、ええ……大丈夫よ。アタシ……?」
「ソフィー……さんにやられたんだ。頭を蹴られた。無理しちゃいけない」
「ダイジョブだって。覚えてる。全部覚えてるよ……」
詩織は上体を起こしきると、ソフィーと阿武隈さんの二人に目をみはった。
「ソフィーちゃんと、あれは……すいちゃんね……?」
すいちゃん……? ああ! 阿武隈すい!
阿武隈さんの下の名前、すいだ! 思い出した!
クラスメイト甲斐のないやつだな、と自省しておこう……。
「すいちゃん……すごい。アタシ、ソフィーちゃんには全然
詩織が身を乗り出す。ソフィーの蹴りが飛び、阿武隈さんが避ける――ふたりが作る
「ソフィーちゃんが、まるで子供のようにすいちゃんにあしらわれている……。こんな世界が……あったんだ」
勢いのなくなってきた蹴りを阿武隈さんが片手でスルリ、と払うと、ソフィーはついに、大きく体勢を
「そろそろ終わりにしていいかなん? ソフィーお嬢」
阿武隈さんが声を掛ける。
「本当はヨッシーのをタップリと吸いたいのだけど、あなたので我慢してあげる」
「なにを……。はぁ……何のことを……言っているの?」
「あなたのオナラ、吸わせてもらうわね」
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