第21話 クロルは『ニンジャ』になりたい

「……ごめんなさい」


 ことのあらましを説明したクロルは、マイマとヒヒロに頭を下げる。


「撮影、ねぇ」


 マイマは、落ちていた『世界樹』製のタブレットを、ゴミを触るように持ち上げていた。


「なぁなぁ。撮影ってなにを撮るつもりだったんだ?」


「……そこを掘り下げるな」


「え、えっと、その……」


「クロルさんも答えようとしなくていいから」


 赤面しているクロルがヒヒロの質問に答えようとしているのをマイマが止める。


「そんなことより、これからどうしたい?」


「どう……って」


「『ニンジャ』になりたい、だっけ?」


「え……き、聞いていたんですか!? 『チャーム』がかかっていたんじゃ……」


 クロルの質問にマイマは、自身の左手をみる。

 人差し指が、若干腫れていた。


「折れているのか、それ?」


「ああ、これくらいしないと『チャーム』は解除出来ないからな。時間差で折るように縄に命令していた」


「お、折るって……」


 クロルは、顔を青ざめている。


「ご、ごめんなさい。私のせいで、こんな……」


「何か勘違いしてないか?」


 額を地面にぶつける勢いで再び謝りだしたクロルに、マイマは呆れるように言う。


「俺たちは冒険者なんだ。これくらいのケガ当たり前だろ?」


「で、でも、私が嘘の情報を……ボスがゴブリンソルジャーだなんて」


「それを勘違いって言っている」


 マイマは、きっぱりと、はっきりと、強い口調で言った。


「あのな、実際の魔境は決まった魔物が決まった場所に出てくれるほどヌルくないんだよ。ランク『F』のコロコロタケの隣で、ランクも分からないようなドラゴンが暴れているなんて、ありふれた光景だ」


 マイマは折れた人差し指に縄を巻いて固定していく。


「ゴブリンソルジャーじゃなくて、サキュバスが現れた。これくらい、対処できないと冒険者じゃない」


 クロルは息をのむ。

 そして、同時に理解した。


(本当に強い冒険者は、きっとこういう人なんだろう……)


 炎も、水の竜も、風の刃も土の壁も関係ない。

 クロルがじっとマイマを見つめていると、少し困ったような顔でマイマが言う。


「でも、『麻痺』はするなよ?」


「え、ま?」


「冒険者はケガをするのは当たり前。でも『覚悟』と『麻痺』は違うって話だ」


「……はぁ」


 よく分からなかったが、クロルはとりあえずうなずいた。


「……で、『ニンジャ』になりたい、だっけ?」


「そこを掘り返すんですか!?」


 あまり他人に自分の夢を触れられたくない。

 しかも、忘れかけていた夢だ。


「ふーん、『ニンジャ』ってなんだ?」


 ヒヒロの質問に、なぜかマイマが答える。


「元々は『ニッポン』って所の諜報員のことらしい」


「チョウホウイン?」


「……とりあえず、スゴい強い人たちだ」


 へー、とヒヒロは関心したように声を出す。

 きっと、理解はしていない。


「あの、マイマさんは『ニンジャ』を知っているんですか?」


「師匠に教えてもらったからな。参考になるって。それで、『ニンジャ』になりたいんだよな?」


 マイマの質問に、クロルは恥ずかしそうにしながらも答える。


「……はい。私は『ニンジャ』みたいに強くなりたいです」


「わかった。じゃあ、先へ進むか」


 そういって、マイマは立ち上がる。


「え? えっと、進むってどこへ?」


 今いる場所はボスの部屋だ。

 つまり、人工的に作られたダンジョンの到達点。

 これ以上進む先はない。


「あのな、サキュバスは『レベル7』程度に出てくるような設定はされていないんだよ。テンマナブじゃな」


 マイマが歩いた先には、入ってきた扉とは違う扉が開いている。


「……じゃあ、ここは」


「おそらくレベル20台。『英雄』クラスの生徒でも、最上級生になってやっと挑むレベルのダンジョンだ」


 クロルは息を飲む。

 テンマナブの最上級生、しかも『英雄』クラスとなるとその時点でそこら辺のプロの冒険者よりも実力は上になる。


 ランクでいえば最低でもCランク。

 一般人からしたら、化け物と呼ばれても不思議ではない人たちだ。

 そんなレベルの人たちが挑むダンジョンに、自分がいる。


 その事実を突きつけられ、クロルは自分の身を守るように手で自分自身を抱きしめる。


「へーじゃあ、さっきのサキュバスは何だったんだ?」


「あれはいわゆる中ボスだな」


「おお、じゃあ本当のボスがいるのか」


 なのに、マイマとヒヒロは、のんきに会話をしている。

 まるで散歩のようだ。

 わくわくとゆったりと。


「……私は、ここがそんな危険なダンジョンだなんて聞いていませんでした。本当に『レベル7』のサキュバスが出るダンジョンだと」


「うん?」


「なんで、こんなことに……」


「あの管理者が『世界樹国』の出身で、4馬鹿……4大精霊だっけ? まぁ、4馬鹿で。4馬鹿に頼まれたんだろ。こっそりとレベル20台のダンジョンに入れるように」


「そんな危険なこと……!」


「手慣れていた感じがあったからな。しょっちゅうしているんだろ。こんなことは。4馬鹿以外の『世界樹国』出身の連中で」


 マイマの予想に、クロルは口を閉ざした。

 寒気がするほどにおぞましい話だ。

 そして、そんなことに協力していたことに、涙が出そうになる。


「……まぁ、こんなくだらないことを気にする前に、もっと重要なことを考えた方がいいぞ?」


「くだらないって、そんなことじゃ……」


「ここのボスを倒すのはおまえの役目だぞ?」


「……………………え?」


 マイマの言っていることが一瞬、いや、数秒、クロルは理解できなかった。


「今日の俺たちの役目。ヒヒロが討伐者。俺が援護。クロルが『英雄』だろ? だから、ボスを倒すのはクロルの役目。たぶんサキュバスよりも強いボスの」


「えええええええええええ!?」


 クロルの絶叫がダンジョンに響いた。

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