第19話 『レベル7 I』
翌日、ダンジョン訓練の施設の前で、ペコペコとクロルが頭を下げている。
「な、なんかすみません。私のせいで」
今は鎧を着ているので分からないが、制服の姿なら、やわらかいモノが素晴らしい動きを見せていることだろう。
「いいよ。別に、元々ミシュさんたちと行動するつもりはなかったし」
「冷たいなぁ、マイマは」
「ところで、お二人は鎧を着ないのですか?」
制服姿のままのマイマとヒヒロに、クロルは首を傾げる。
「俺は縄があるからな。必要な時は縄を纏うさ」
「鎧って動きにくいから嫌いだ」
「そ、そうですか……」
クロルは二人の発言に苦笑いを返す。
二人とも、当然のように言ってのけるあたりがスゴい。
「それで、今日は『レベル7』のダンジョンに挑むんだっけ?」
「は、はい! 『討伐者』クラスの月の課題が合計レベル7以上のダンジョン訓練攻略なので……」
「じゃあ行こうぜ。どっちだ?」
「こちらです」
クロルが、少しぎこちない動きでマイマ達を誘導する。
「……そっちでいいの?」
「は、はい」
「ふーん、ところで、今日向かうダンジョンってどんな場所なの?」
「えっと、『レベル7 I』は、ゴブリンが沢山出るダンジョンです。ボスはゴブリンレンジャー」
ゴブリンレンジャーは『D』ランクの魔物で、通常のゴブリンに比べて弓や槍など、比較的良い武器を使ってくることの多い魔物である。
強さで言えばオークの方が強いが、ゴブリンレンジャーは不意打ちなどもしてくるため、油断のならない相手である。
「『魔人』種が多いダンジョンか。『世界樹国 ユグゴール』出身の人には不人気な場所じゃないか?」
「そうですけど……私は『世界樹国』出身ではないので」
「そうなのか?」
「はい。『犬国 マガツドク』の出身で……あ、着きました」
クロルがなにやらダンジョンの管理者と話をし、そして中に入っていく。
今回はミツヒではないようだ。
「行きましょう」
クロルがマイマ達を呼んだので、あとを着いていく。
最後に、ちらりとマイマはダンジョンの管理者を見た。
真面目そうな彼は、笑顔でマイマ達を見送っていた。
「うわぁ! マジでゴブリンばっかだな!」
『レベル7 I』は、草原のような場所のダンジョンだった。
『レベル9』までは明るい場所のダンジョンが多く、進むのに問題はない。
草原の至る所にゴブリンたちがいて、こちらを監視している。
「今回は俺が『討伐者』なんだよな!」
ヒヒロが興奮している。
「はい。でも、3人なので魔物は協力して……」
「うおおおおしゃあああ! 『鳥の法』クケエエエエエ!」
意気揚々とヒヒロがゴブリンに飛びかかる。
すぐにゴブリン達の悲鳴が聞こえた。
「……ええ、というか、強い」
圧倒的力でゴブリンを蹂躙していくヒヒロに、クロルが唖然とするしかない。
「まぁ、ヒヒロに任せておけばゴブリンなんて楽勝だろうけど……『討伐者』クラスには魔物を倒す課題はないの?」
「あ、あります。今月は『F』ランクを50匹以上か、『E』を10匹以上です」
「やっぱりか。おーい、ヒヒロ。ゴブリンは狩りやすいやつは残しておいてくれ」
「ん? オッケーオッケー」
ヒヒロは軽く手を振ると、また奇声を発しながらゴブリンめがけて突撃していく。
「あれとか攻撃しやすいんじゃない?」
「え……あ、本当ですね」
ヒヒロにビビったのか、20メートルほど先に、岩の陰から頭を出して怯えているゴブリンが一匹いた。
「行きます……」
クロルは弓を引き、放つ。
飛んだ矢は、ゴブリンの頭部に命中した。
「よし!」
「……まだだ」
「え?」
「…………グギャアアア!!」
喜んだのもつかの間、頭を打たれたゴブリンは起きあがると、クロルに向かって襲いかかってくる。
「え、なんで……」
クロルは慌てて次の矢を放つ。
二本目の矢は、胸に当たる。
しかし、ゴブリンはクロルに向かってくるのをやめない。
「なんで……」
3本目は、間に合わない。
ゴブリンは、錆だらけの小型のナイフをクロルに向けて突き刺そうとした。
「グギャギャギャ!」
「そこまでだな」
「グギャン!?」
ゴブリンがマイマの縄に足を取られ、こけてしまう。
「た、助かりました……」
「『援護』だからな。それより、ゴブリンの討伐はしてないのか? 倒し方ぜんぜん分かってなかったみたいだけど。ゴブリンは首もとのアザを削らないと死なない。常識だろ?」
「その……知識としては知っているんですけど」
「けど?」
「実際に戦うのは、はじめてで」
「は? なんで? ゴブリンとか討伐の基本だろ?」
実際に冒険者になろうとしたら、戦うのはほとんどゴブリンだといっても過言ではない。
それほどにメジャーで、どこにでもいて、人にとって害をなす魔物なのだ。
「ゴブリンを倒すと……一部の人たちが怒るので」
「……マジか」
マイマは思わず額に手を当ててしまった。
一部の人たちとは、当然『世界樹国』の人間だろう。
ゴブリンの討伐さえ訓練しないなんて、この学校に意味があるのだろうか。
「じゃあ、どうする? このゴブリンを倒したら、その一部の人が怒るんじゃないか? 討伐記録は残るだろ」
「え? あ、そうか! えっと、どうしよう」
「どうしようって」
「その……やっぱり倒してもらっていいですか? 課題は別の魔物でするので」
「なにしに来たんだよ、ここに」
マイマは呆れながらも、ゴブリンの首もとのアザを縄で削りきる。
「すみません。ありがとうございます」
「あと、もう一つ。なんで『アップ』を使わないんだ?」
「え?」
「あんたの『アップ』は『誘導』なんだろ」
クロルの『アップ』『誘導』は、見える範囲のモノを5センチ動かす力だ。
そこまで珍しいモノではないが、冒険者にとっては色々便利な力である。
「えっと、矢は当たったし、使う必要はないかなって」
「いや、当てた後も……というか」
「なんですか?」
「いや、いい。義理もないしな」
マイマはそこで会話を打ち切る。
「ヒヒロもここら辺の魔物は刈り尽くしたみたいだな。さっさと終わらせよう」
「……はい」
そのままマイマ達は奥まで進む。
結局クロルはゴブリン達の討伐はせずに、ヒヒロがひたすらに倒していくだけだった。
ただの姫プレイである。
そして、ボスがいる3階までたどり着いた。
「で、ボスはゴブリンソルジャーだったな」
「はい、この部屋の奥にいるはずです」
前回の試験の時は宝箱を見つけることが目的だったため、ボスの部屋などなかったが、今回はボスを倒すのが目的のダンジョンのため、ボスの部屋が用意されている。
「よーし。じゃあ行くか」
「あの、休憩などはよろしいんですか?」
「問題ないだろ」
ここまで、マイマ達は休みなく歩いてきた。
時間は2時間ほど。
広さは試験の時と大差ないので、前回の試験がどれだけ進むのが遅かったのか分かるだろう。
重厚な扉を、ヒヒロが開ける。
「……なにもいなくないか?」
「ゴブリンソルジャーは不意打ちもしてくるからな」
中に進んでいくと、扉がゆっくりと閉まった。
「さてと、どうするか……ん?」
「あれ? クロルは?」
一緒に入ってきたはずなのに、クロルの姿が見当たらない。
「どこ……」
「ウフフフフフ……オトコノダ、カワイイ」
クロルを探していると、上の方からやけに甘ったるい声が聞こえてきた。
「……サキュバス?」
上を見上げると、豊満な体型の、きわどい衣装を着た女性の姿の魔物がいた。
「あれがゴブリンソルジャーか?」
「そんなわけはあるか! サキュバスって言っただろ!」
「強いのか?」
「……ランクは『D』でも、それは女性が戦うときだ。男性の冒険者が戦う場合のランクは『B』一流の冒険者でも、うかつには手を出さないランクの魔物だ」
そして、本来なら『レベル7』のダンジョンには、出現しないはずの魔物である。
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