第18話 討伐者クラス クロル
謹慎があけて、最初の登校日の放課後。
マイマは捕まっていた。
「なぁなぁ。どこのダンジョンに潜る? やっぱり『レベル9』だろ? なぁ」
「いきなりそんな難しいところはダメよ。一度『5』で様子を見ましょう。4人で入ったことないんだし」
「どこでもいいけど」
マイマを捕らえているのは、ヒヒロとミシュとサチである。
テンマナブの授業は基本的に午前中のみで、午後は生徒たちの自主訓練にあてられる。
自主訓練は何をしても自由なのだが、一番の人気はやはり小さな魔境を実際に体験できる『ダンジョン訓練』である。
前回、『レベル5』のダンジョン試験をクリアしたため、マイマ達は『レベル9』までのダンジョンに挑むことができるようになった。
なお、最高レベルは『30』であり、レベル『30』は現役トップの冒険者でも踏破は困難とされている。
「あの、俺は別にダンジョン訓練なんて行かないぞ?」
「え? なんで?」
「じゃあ、午後は何をするんだよ?」
ミシュとヒヒロが不思議そうに聞いていた。
「色々あるからなぁ。じゃ、そういうことで」
マイマは立ち上がり、その場を離れようとする。
ちなみに、ヒヒロはマイマがダンジョンで生活していることを二人にも言っていない。
意外と口は堅いタイプのようだ。
「でも……ダンジョン訓練はパーティーで挑まないと」
ミシュが、立ち去ろうとするマイマの袖を握っている。
「試験のときは臨時で組んでいただけだ。それにヒヒロがいれば3人でも『レベル5』なら余裕だろ。『ホワイトオーク』なんてそうそう出るもんじゃないしな」
マイマは袖を引いていたミシュの手を離すと、そのまま教室の扉に向かう。
「じゃあ、そういうわけで。あんまり俺とかかわ……」
「ひゃうんっ!?」
退室する前に振り返り、ヒヒロ達に言葉をかけようとしたときだ。
マイマの手のひらが、やけに柔らかくて温かいモノにムニュっとぶつかる。
「うおっ!? スマン」
とっさに何にぶつかったのか判断して、マイマは慌てて手を引く。
「い、いや。大丈夫です」
そこにいたのは、胸を押さえ顔を赤くしたメガネをかけたおとなしめの女子生徒だった。
その女子生徒に見覚えがあって、マイマは少し考える。
「……アンタ、ダンジョン試験の時に一緒だった討伐者クラスの?」
「はい。あの、実は相談があって……聞いてもらえますか?」
色々と気まずい状況もあり、マイマはおとなしく彼女の話を聞くことにした。
「で、相談って何?」
教室にはもうマイマ達以外誰もいなかったので、そこで討伐者クラスのおとなしめ女子生徒クロルの話を聞くことにした。
なお、彼女の希望でヒヒロ達三人も同席している。
「そのまえに……この前の試験の時はごめんなさい。色々、不愉快な気持ちにさせてしまって……」
「あなたは何も言ってなかったし、気にしてないから大丈夫」
ミシュがみんなの様子を見て、代わりに答える。
実際、クロルだけはほかの生徒と違い、マイマ達『援護』クラスの悪口は言っていなかった。
クロルはミシュの返答に胸をなで下ろすと、相談を始めた。
「……ありがとうございます。それで、相談というのは、私と一緒にダンジョン訓練してほしくって」
「なんで? わざわざ『貧乏人の雑魚』援護クラスと訓練する必要はないよな?」
マイマは、あえて強調して『貧乏人の雑魚』の部分を言った。
ドウレ達英雄クラスもそうだが、討伐者クラスでも似たようなことは平然と言われているのだ。
クロルは、伏し目がちになりながら、重い口をゆっくり開く。
「その……少々気まずい状況になっていまして」
クロルの話だと、『ホワイトオーク』に遭遇したとき、ロクオがクロルを生け贄にして『ホワイトオーク』を懐柔しようとしたらしい。
もちろん、『ホワイトオーク』の生け贄なんイヤに決まっている。
ロクオのセクハラは甘んじて受け入れていたクロルもさすがに抵抗したらしく、そのことで試験後にドウレ達4馬鹿から苦情があったとのことだ。
「討伐者クラスの女の子たちは『四大精霊』のファンも多くて、クラスに居場所が……」
「『四大精霊』って?」
「4馬鹿達が名乗っているチーム名よ」
ヒヒロの質問に、ミシュが答える。
「へーそんなカッコいい名前名乗っているんだ」
「外面を取り繕うのは上手なんでしょうね。中身はゴミみたいだけど」
「で、なんでチームを組みたいだ?自主訓練なんだし、組む相手がいないなら、ダンジョン訓練なんてしなくてもいいだろ?」
マイマのクロルに対する質問に、ヒヒロが首を傾げる。
「ん? なんで組む相手がいないとダンジョン訓練しちゃいけないんだ? 別に一人でもいいだろ」
「アンタね……普通、どんなダンジョンでも1人で入ったりしないのよ。前後左右、どこから魔物が現れるか分からないのに。最低でも3人が基本よ」
「いや、気配くらい読むだろ?」
「……アンタに普通を期待した私が馬鹿だった」
ミシュが諦めて肩を落とす。
「……え、っと」
「まぁ、ヒヒロは置いておくとして、質問を戻すけど、正直な話『援護』クラス……特に、俺たちはアイツ等に嫌われている。そんな俺たちと組んでダンジョン訓練なんかしたら、より『討伐者』クラスに居場所なんてなくなるだろ?」
「……ノルマがあるんです」
「ノルマ?」
「はい。『援護』クラスにはないようですが、『討伐者』クラス」と『英雄』クラスには自主訓練にノルマがあって、まぁ宿題みたいなものなんですが、一月に一回はダンジョン訓練をクリアしておく必要があってですね……」
「そういえば、そんな話もあったわね」
ミシュが思い返すように言う。
「なので、お願いします。私とダンジョン訓練をしてください。試験の時は失礼なこともしてあつかましいと思いますが……」
クロルが必死に頭を下げる。
そんなクロルの手を、ミシュはしっかりと握った。
「大丈夫だよ。さっきも言ったけど気にしてないから。私たちも『討伐者』クラスの子と訓練できるのはありがたいし……ね?」
ミシュは再び確認するように皆を見ていく。
ヒヒロも、サチも、無言でうなずいた。
「じゃ、話はまとまったな。お疲れ様」
マイマだけは、荷物を持って帰ろうとする。
「え? 今の流れで帰るの?マイマくんも一緒にダンジョン訓練に参加するんじゃないの?」
「いや、さっきも言ったけど訓練するつもりないし。別に『援護』クラスにノルマはないからな」
「なんでよー」
ミシュが不満げに声を上げる。
「『討伐者』クラスのクロルさんがいれば問題ないだろ。というか、そもそもヒヒロがいれば『レベル9』のダンジョンでも余裕だと思うぞ?」
「そういう問題じゃなくて!」
「俺、マイマがこないなら、訓練に行かないぞ?」
ヒヒロが唐突に言う。
「なんでだよ」
「だってマイマがいないとつまらないだろ? どうせ魔物は弱いだろうし……」
きゃいきゃいと3人で言い合いをしていると、突然クロルが立ち上がり、マイマの腕を取った。
ムニュン。
と、マイマの腕がやわらかいモノに包まれる。
「へ?」
「お、お願いします。マイマさんもダンジョン訓練に参加してください」
クロルは、マイマの腕になにが当たっているのか気づいていないのか、両手でさらにがっちりとマイマの手を握る……というか、抱き込む。
ムニュムニュンとさらに深く入り込む腕に、さすがのマイマも焦りを隠せない。
「あの……その……」
「……っは。お願い、します。マイマさんが必要なんです。私には、マイマさんがいないと……」
ぎゅーぎゅーぎゅーと。
ムニャンムニャンムニュンと。
激しくなるクロルのやわらかいモノの感触に、マイマはとうとう観念し、一緒にダンジョン訓練に参加することになった。
「……サイテー」
「……うん」
しかし、ミシュとサチはなぜか参加したがらなくなり、結局マイマとヒヒロとクロルの3人でダンジョン訓練を行うことになった。
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