第15話 『援護』の役目

「……なんなの、アイツ等」


 ゴブリンから教えられたという穴の奥に入っていった者達に、ミシュが悪態をつく。

 ついさっきまで殺そうとまでしていたのに、あっさりといなくなってしまった。


「なぁ、ついていかなくてよかったのか?」


「ゴブリンが誘った場所にわざわざ行くなんて正気じゃないからな」


 ヒヒロとマイマは、オークが落としたドロップ品を回収しながら話している。

 ミシュは、少しだけ息をのみ、深呼吸を繰り返したあとにマイマに話しかける


「……あの、ありがとう」


「ん? ああ、どういたしまして。怪我はない?」


「おかげさまで、まったく。そういえばマイマくんは、大丈夫なの? アイツの燃えていた手を握っていたけど」


 マイマはミシュに右手を広げてみせる。

 そこには、やけどどころか傷一つない手のひらがあった。


「問題ないね。あの程度で焼けるほど、やわな手をしてないよ」


「問題ないって……」


 あっさりと言ってのけるマイマに、ミシュは少し引いてしまう。

 あの程度、とマイマは言っていたが、ドウレの炎は普通に熱かったのだ。

 おそらく、ミシュがあの手で殴られていたらひどいやけどになっていただろう。


「そういえば、サチさんは大丈夫? ちょっと荒っぽく助けちゃったけど」


 ロクオに地面に埋められていたサチは、無言でコクリとうなずく。

 ちなみに、助けた方法はシンプルに引っこ抜いただけだ。


「暇だなぁ。もうこれ手に入れたから試験はクリアなんだよな? 帰っちゃダメか?」


 ヒヒロは、オークの後ろにあった宝箱をもってきていた。


「そういえば、その中には何があったの?」


「あけてみるか」


 ヒヒロが宝箱をあけると、中には金色のメダルが入っていた。


「『これを持って帰れば試験は合格だ。冒険は帰るまでが冒険。気を抜くな』か」


 メダルと一緒に入っていた紙に書かれていた言葉をマイマは読む。


「まぁ、当たり前の話だな」


「そうね」


「そういえば……ミシュさん。さっき、『援護』にも役目があるって言っていたよね?」


「え、ええ」


 ドウレと言い合いをしていたときに、そのようなことをミシュは言っていた。


「『援護』の役目って、なんだと思う?」


 そんな、なんでもないような質問なのに、やけにマイマの言葉は重かった。

 ミシュは、慎重に、マイマに質問の答えを返す。


「『援護』の役目は……」



「グォオオオオオオオオオオオオオオオ!」


 答えを返そうとした瞬間、大きな咆哮にミシュの言葉が遮られる。


「お、おお! なんだこの声!」


 なぜか嬉しそうにヒヒロが声を上げる。


「わかりきっていたことだが……罠か」


「キキキキ」


「っ! ゴブリンが!」


 ドウレたちの道案内をしていたはずのゴブリンが、明らかに敵意を持ってマイマ達を笑っている。


 ドウレ達の荷物も、確保するように移動していた。


「さてと……で、ミシュさん。さっきの質問の答えは?」


「今聞くの!? そんな状況!? ゴブリンが……」


「ジェイケイ! イエーイ!」


 ゴブリン達が襲いかかってくる。


「心配ない」


「クケェイ!」


 ヒヒロが、三匹のゴブリンを一瞬のうちに倒してしまう。

 ヒヒロはウィンナーのドロップがなくて悔しそうだ。


「……やっぱり、強すぎない? なんなのアンタ達」


「で、答えは? 俺たちは今から何をすればいいと思う?」


 ミシュは、ゆっくりと辺りを見回す。


「たぶん、今あの4馬鹿達は、向こうで強い敵と戦っている」


「4馬鹿か」


 軽くミシュはうなずくと、続ける。


「ダンジョンでの『討伐者』の役目は、弱い魔物を倒すこと。『英雄』の役目はボスとか、強い魔物を倒すこと」


 ミシュは、溜まったモノを吐き出すように言う。


「『援護』の役目は、パーティを生還させること。だったら一番大切なことは、退路の確保。私たちは、これから一度、入り口まで戻るべきだと思う。試験の目的であるメダルは手に入れたんだから」


「正解だ」


「えー戦わないのか? あの声のやつちょっと面白そうなんだけどなぁ」


 ヒヒロは、じーっと声が聞こえた壁の方を見ている。


「『討伐者』と『英雄』が強敵と戦っているんだ。なら俺たちが退路を確保するために戻るのは、状況としては、何も間違っていない」


 マイマが歩きだすと、ミシュとサチが後に続く。

 ヒヒロも、少し残念そうにしながらも追いかけてきた。


「……ん? 退路を確保ってことは、もしかして」


「ああ。ゴブリンたちは罠を仕掛けた。より強い魔物がいる場所へ、4馬鹿達を誘導した」


 狭い通路を抜け、3階から2階へ向かう。


「4馬鹿達がそのまま穴の向こうの強い魔物に負ければ、それはそれ。あとでおこぼれをいただくつもりだろう。そして、もし勝てたとしても疲弊しているはず」


「キキキキキ! キターーーー!!」


「うわっ……何これ」


 2階に出ると、一面ゴブリンだらけだった。

 100匹はいるだろう。


「疲れた奴らをここで叩くつもりだったってことか? あいかわらずやることがセコいよな。ゴブリンって」


 ミシュとサチはあまりに多いゴブリンの群にたじろいでいるが、マイマとヒヒロには余裕がある。


「にしても、結構倒していたと思ったけど、まだこんだけいたんだな」


「2階だけじゃなくて、3階のゴブリンもいるんだろうな」


「なるほど……じゃあ、とりあえず」


 マイマとヒヒロが、ゴブリンの群を前にかまえる。


「やるか」


「ああ」


 マイマの縄がゴブリンの首にからまり、ヒヒロはゴブリンの弱点である首のあざを的確に削っていく。


「キギャァアアアア!?」


 その姿は、蹂躙とよぶにふさわしいだろう。

 5分ほどで、マイマとヒヒロは全てのゴブリンを倒してしまった。


「……強すぎるでしょ」


 二人の戦いっぷりに、ミシュは一周回って呆れてしまった。

 マイマとヒヒロは、異様なまでに強すぎる。


「ちえっ。こんだけ落ちるとウィンナーを拾いきれないな」


 落ちているドロップ品のウインナーを拾いながらヒヒロが、残念そうに肩を落とす。

 バックにもうウィンナーを入れる余裕がないのだ。


「なぁ、ここで食べていいか?」


「馬鹿なこというな。そんな余裕ないだろ。それに、そんだけあれば十分だろ。先を急ぐぞ」


「ちぇっ」


 少々ふてくされながらも、ヒヒロは素直に従う。


 そのまま、駆けるように2階から1階への階段まで進んだ。

 道中ほとんど魔物が出なかった。

 来るときに、ドウレ達が無計画に倒していたからだ。

 

 結果として、帰りが楽なので良かったが。


「それは『援護』の仕事なんだけどな」


 皮肉なものだと、マイマは苦笑した。



 そして、1階の広場まで到着する。


「さすがに、1階の魔物たちはリポップするか」


 魔境では、魔物は倒してもどこからか復活する。

 時間はまちまちで、長いところだとリポップまでに1年以上かかる場所もある。

『レベル5 A』は試験用のダンジョンなので、ボスであるオークを倒したらリポップするような仕組みになっているのかもしれない。


 少なくない魔物達が復活しているのをみて、ミシュは覚悟を決めたようにいう。


「ここから先は、私たちだけで行くから、マイマくん達はアイツ等の所に戻ってあげて」


「ミシュさん?」


 ミシュは剣を作り出すと、構えて魔物達の方を向く。

 その目は、もっと先を見据えていた。


「アイツ等は……許せないけど、あのままじゃ危ない気がするの。それに、討伐者クラスの子も、巻き添えは可哀想だし」


 特に、ロクオにセクハラされていたおとなしめの子は、ほかの討伐者クラスの女子達が『援護』クラスの悪口を言っているときも、何も言っていなかった。


「マイマくんも、はじめからそのつもりだったでしょ? なんか急いでいたし」


「まぁ、アイツ等を『援護』したくはないが、『救出』は別だからな」


「なにそれ? 違うの?」


 ミシュは軽く笑う。

 マイマは戻る方向へ振り向きながら言う。


「ああ、違う。と、いうわけで俺は『救出』に戻るけど、ほかの皆もいいかな?」


「……うん」


「俺はマイマについていくか」


 サチはうなずき、ヒヒロはマイマの隣にいく。


「お前もこっちか?」


「あの穴の奥にいた魔物も興味あるし」


 ヒヒロはなぜかニヤついてる。


「……変なこと企んでないよな?」


「べっつにー?」


「あ、そう」


「コロコロコロ……」


『コロコロタケ』が近づいてきた。


「二人だけで大丈夫か?」


「大丈夫。『F』ランクの魔物なら討伐訓練で倒してきたし、これでも『援護』クラスで一番優秀だから学級委員に選ばれたのよ?」


 ミシュが、軽く笑いながら言う。


「まぁ、とんでもない化け物が二人いたんだけど」


「化け物とはヒドいな。サチさんは……」


 マイマがサチの方を向くと、サチは大きなパチンコ、スリングを構えていた。


「『ショット』」


 サチが放った金属の弾丸は、『コロコロタケ』の眉間を貫く。

 問題なさそうだ。


「……じゃあ、あと任せた」


「うん。行って!」


 マイマとヒヒロは、穴のあった3階を目指し走り始めた。

 目的は、ドウレたちの『救出』だ。





「なぁ、このまま走っていくのか?」


 ヒヒロは、階段を下りて2階についた時にマイマに聞いた。


「ああ、ソレ以外ないだろ? 歩いていったら、さすがにアウトだろうし」


 歩けばまっすぐ行っても1時間以上はかかるだろうが、マイマたちなら15分もかからない。

 すでにあの咆哮が聞こえて30分以上経過している。

 悠長にしていたら、本当に4馬鹿含むあの穴の先に進んでいった者達は全滅してしまうだろう。


「まだ『緊急脱出装置』を作動させていないってことは、戦えているってことだろうしな」


 マイマは、右腕につけているブレスレットをみる。


『緊急脱出装置』は、生成された人工ダンジョンのみで使用できる緊急用の脱出アイテムだ。

 ブレスレットに埋め込まれている宝玉を破壊することで使用でき、使うとその時点でダンジョンの入り口まで戻される。

 訓練などでダンジョンを使用している場合は、『緊急脱出装置』で帰還しても問題ないが(状況により高額な使用料が取られる)、さすがに試験中に使えば、その試験は失格になってしまう。

 その際、パーティとして登録したメンバー全員が入り口にまで戻されるのでわかりやすい。


「でも、なるべく急いで向かったほうがいいだろ?」


「何が言いたいだ?」


「ふふふ……見せてやろう。『動物の呼吸法』『ウマの法』!」


 ヒヒロが、突然四つん這いになる。


「……さあ! 乗れ!!」


 ヒヒロの目はキラキラと輝いている。


「誰が乗るか。アホ。さっさと行くぞ」


「乗れよぉおおお!」


「おわっ!? お前、無理矢理のせるんじゃねーよ」


 ヒヒロがマイマの腕をつかみ、無理矢理背中に乗せる。


「うっしゃ! いくぜええ! ウマァアアアアアイ!」


「そこは『ヒヒーン』とかじゃないのか!? うおっ!? 早っ!?」


 急激に加速したヒヒロに、マイマは捕まる。

 どういう原理か分からないが、4足歩行なのにマイマが全力で走るよりも確実に速い。


「空気中の『ウマ分』を取り込むことにより、俺は馬になる!!」


「だからなんだよ!『ウマ分』って!! うおおおお!?」


 あっというまに2階を抜け、3階に降りる。


「……なぁ。これこっからどうするんだ?」


 マイマの前には、小さな穴のあいた壁。

 ドウレたちが這い蹲って通ったように、穴の大きさはそのまま通れるようなサイズではない。


「突っ込むぞぉお! ウマァアアアアアア!」


「やめろ馬鹿!!」


 大きな音を立てて、壁が崩れる。

 ヒヒロの頭突きで壊れた壁の瓦礫が、パラパラと落ちていく。


「……くそ。無茶苦茶しやがって」


「へへ。どうだ。俺の『ホースインパクト』は」


「ただの頭突きだろ」


 マイマは瓦礫を押しのけて立ち上がる。

 広い空間。明かりの強い部屋。

 その部屋の主は、白いオーク。


「……へー、珍しい。『ホワイトオーク』か」


『ホワイトオーク』を視認すると、マイマは、臆することなく、腕に荒縄を巻いた。

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