第14話 明石 ドウレは国家を歌う

 明石 ドウレは、祖国を誇っている。


 NPCの支配からの脱却を果たした『灯火独立運動』の話は、誰よりも詳しく話せると自負があるほどだ。


 愛すべき祖国。

 誇るべき祖国。


『世界樹国 ユグゴール』は、ドウレにとって何よりも大切なモノである。

 そして、ユグゴールが掲げる一番の教え『人類の平和』。

 つまり、『魔人種差別撤廃』は、ドウレの夢でもあるのだ。

 その夢を叶えるためにドウレは『テンマナブ』に入学した。


『テンマナブ』で冒険者の『英雄』となり、実証する必要があるのだ。


『魔人種』との友愛を。信頼を。


 なのに、それなのに。

 ドウレの前で、オークの頭が弾けて血が飛んだ。

 よりにもよって、生きる価値もない雑魚貧乏人が集まる『援護』クラスの生徒に蹴られたことによって、親愛なるオークが傷ついている。


(……まだだ! オークさんの頑丈な皮膚はまるで岩。ちょっとやそっとじゃ傷つかない。それに、オークさんたち『魔人種』は首のあざを削られないかぎり死なない。蹴られた程度じゃ……)


「よっと」


 倒れたオークの首にあるあざを、『援護』クラスの生徒、ヒヒロが軽々と蹴り飛ばす。


「ジェエエエエイケエエエイ!」


「オークさん!?」


 ヒヒロに首のあざを削られたオークは、跡形もなく消えた。


「そ、そんな……オークさんが……」


 目の前で『魔人種』のオークが消えてしまい、ドウレは力なくその場にへたり込む。


「お、なんか落とした。これ……『焼き豚』? なぁ、マイマ。これ食べ物か?」


「ああ、オークのレアドロップの『焼き豚』だ。ゴブリンの『ウインナー』みたいなもんだな」


「おお! じゃあもしかしてウマイのかな?」


 オークが消えた時点でドウレから手を離していたマイマが、ヒヒロと会話をしている。

 しかし、その会話の内容は、あまりドウレの耳には入らなかった。


(……どうする? 学年主任のアラオは、俺と同じ『世界樹国ユグゴール』出身だ。魔物の討伐データは、全て管理されているから、当然知られる。俺たちがオークさんを倒してしまったことを知られる)


 それはマズい話だった。

 ドウレ達は、『世界樹国 ユグゴール』の貴族としてこれからの国を支えることを期待されている。

 なのに、『魔人種』を殺してしまったなんて事実が明るみに出れば、これからの人生設計に大きな狂いが生じることになる。


(いや、オークさんを倒したのは『援護』クラスの連中だ。あいつ等が卑怯にも俺たちが見ていない所でオークさんを倒したんだ。うん、そうしよう……いや、それだけじゃダメだ)


 オーク殺しの罪をなすりつけるだけでは、0にするだけだ。

 ドウレ達は、プラスでなくてはならない。

 今後『世界樹国 ユグゴール』の貴族になるということは、世界を引っ張っていくリーダーの一人になるという事でもある。

 そのためには、ドウレ達は『テンマナブ』を首席で卒業する必要がある。


(俺たちの同期には『高楊枝姫』や『精錬騎士』『総合魔導士』や『金剛合金』がいる……あと、『ヒト狩り』なんて凄腕の冒険者が入学しているって噂もある。俺たち『四大精霊』がトップになるには、プラスの何かがいる……!)


 ドウレが頭を抱えていると、ルウプたちが心配そうに集まってきた。


「……ドウレ」


「ど、どうするのさ。オークさんが、オークさんが……」


「このままだと、俺たち……」


 ルウプたちも同様に、オークさんを殺されて戸惑いを隠しきれないようだ。


「あいつらを、殺すか? そうすれば多少はマシかもしれないぞ?」


 ルウプが、オークさんを殺した『援護』クラスのヒヒロとマイマを睨みつけながら、つぶやく。


「あんな奴ら殺した所で大した加点はないでしょ。オークさんを殺した罪は、それくらいじゃ消えない」


「そうだな」


 しかし、打つ手がない。ドウレはほとほと困り果ててしまう。


(はぁ……そうだ。こんな時こそ国歌だ。国歌を歌えば……)


 ドウレは、心の中で愛する国歌を歌う。


(進めー同郷の者よー♪ 魔境の夜明けが来たー♪ 愚かなる者がー♪ 人を魔物と呼ぶー♪ 残忍で邪悪なる無知がー♪ 平和を脅かすー♪ 武器を取れー♪ 賢き英雄よー♪ 怒り狂えー♪ 

優しき英雄よー♪ 世界樹はー全てを見ているー♪ 全てをー教える♪……ふぅ、やはり国歌はいい。国歌は心を落ち着かせてくれる)


『世界樹国 ユグゴール』の国歌、『世界樹の平和』の一番を歌い、ドウレの頭が落ち着いてくる。

 まぁ、落ち着いたところでアイデアなんて何も浮かばないのだが。

 そんなドウレの袖を、ゴブリンがちょいちょいと引く。


「……どうしたんですか、ゴブリンさん?」


 ゴブリンの案内に従って歩くと、人が一人、屈んで通れるくらいの小さい穴がある。


「もしかして、秘密の場所?」


「ソウ」


 ゴブリンがうなずく。

 ついてきていたルウプ達と、ドウレは目を合わせる。


「ここを踏破すれば……」


「最初のダンジョンで未発見の場所の攻略。それに、早さは俺たちが一番だろう」


 ドウレは確信した。

 隣人の愛を。

『世界樹国 ユグゴール』の教えの正しさを。


「おい、集まれ! 今からゴブリンさん達に教えてもらった秘密の場所を踏破する!」


 ドウレは、討伐者クラスと援護クラスの雑魚を呼び出した。


「さぁ、行くぞ。ついてこい……ああ、お前達雑魚は留守番だ」


 なぜかおびえた様子の討伐者クラスの女子生徒の後ろ、援護クラスの生徒たちに、ドウレは告げる。


「邪魔ばかりされては困るからね。当然、この奥の発見の手柄は俺たちのモノだからな」


 ミシュが何か反論しようとするが、それをマイマが止める。


「別にいいが……本当にその奥に行くつもりか?」


「は? 当たり前だろ? ゴブリンさんが教えてくれたんだ。きっと奥にはスゴいモノがあるに違いない……もしかしたら『星のたまご』があるかもな!」


 ドウレは笑う。

『テンマナブ』は『星のたまご』が隠されていると目されている場所の一つではあるが、さすがのドウレもこの奥にあの『星のたまご』があるなんて思っていない。

 しかし、少しでもあの生意気な援護クラスの生徒達を焦らせることが出来ればおもしろいと思ったのだ。


 もっとも、マイマは何の反応も見せなかったが。


「……ふん。いくぞ」


 ドウレはしゃがみ、穴を通ろうとして背負っていた荷物が邪魔をして先に進めないことに気がつく。


「ニモツ、モツ」


「おお。ありがとうございます」


 すると、ゴブリンさんがドウレ達の荷物を預かってくれると願い出てきた。


「どこかの使えない『援護』より、よほどありがたい。さあ! 行こう」


 さすがに剣は手に持ち、それ以外の荷物はおいて再び穴を進んでいく。

 とても狭い。

 ずりずりと体を進めていくと、一メートルほどで広い空間に出た。


「おお」


 そこは、一段と光が明るく降り注ぐ場所だった。

 川が流れ、木々が実っている。

 討伐者クラスの女子生徒達も含めて全員が通り抜けるのを待ち、奥に進む。

 すると、そこには一見王座のように見える岩がおいてあり、何かが座っていた。


「白い……オーク、さん?」


 座っていたのは、白いオークだ。

 金属の装飾品を身につけ、人目でさきほどの普通のオークと格が違うことがわかる。


「おおおお! すばらしい。こんなに美しいオークさんがいるなん……」


「グォオオオオオオオオオオオオオオオ!」


 ドウレが白いオークをほめたたえていると、その声を打ち消すように白いオークが吠える。


「……え?」


 白いオークの咆哮を耳で防いでいると、いつのまにか白いオークがドウレの目の前にいた。


「……なんで?」


 白いオークが、金属の棍棒を振り上げている。

 それが振り下ろされて、そこでドウレの記憶は途切れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る