第13話 ミシュの怒り

「ふ……っざけんなぁ!!」


 怒髪天を衝くとばかりに声を上げたのはミシュだ。


「さっきから、違う。ずっと、ずっとだ。この学校に入学してから、ずっと! 聞いていれば、何なの、本当に!」


「ん? 何で怒っているの? オークさんと仲良く出来るんだ、光栄だろ?『援護』クラスの雑魚貧乏人には、身に余るはずだ。人とオークさんの平和のための架け橋になるんだから」


 ベラベラとしゃべるドウレの頬を、ミシュははたく。


「っ……!」


「いいかげんにして! 『世界樹』が望む平和は、こんな形じゃない。こんな教えじゃない。アンタたちみたいなのが同郷だなんて、信じられない。恥ずかしい……!」


「同郷……? え? お前『世界樹国 ユグゴール』出身なの? いやいや、ありえないだろ。偉大なるユグゴールで育っておきながら、『援護』なんてさ」


 ミシュに頬をはたかれて、一瞬固まっていたドウレの体が、火に包まれる。

 ドウレの『アップ』は『火』

 文字通り、そのまま、火を操ることが出来る。

 ドウレの全身を覆う火はどんどん大きくなっていく。


「恥ずかしいのは……お前だろうがーーー!!ああ? 世界で最も尊く、優秀で、気高い、高潔な! 正義の国! それが『世界樹国 ユグゴール』だろうが! それなのに『援護』だぁ? ふざけんな! ユグゴール出身が、『援護』みたいな寄生虫に成り下がるんじゃねーぞ!」


「寄生虫じゃない! 習ったでしょ? 冒険者のクラスには意味がある。援護にも、役目がある」


「あるわけねーだろ、『援護』に! あるとすれば、オークさんや、ゴブリンさんたちにやれよ、その体。それだけだよ、お前達の役目なんて。本当の冒険者は『英雄』だけなんだよ!」


 ドウレの火が、彼の右手に集まり、握り拳程度の大きさになった。


「……謝れ。謝罪しろ。雑魚の分際でオレの顔を叩いたこと。寄生虫の分際でオレに意見したこと。『援護』なんて貧乏人のゴミ捨て場に入学したこと。生きていること。全てを謝れ。そうすれば、この手で殴るのだけはやめてやる」


 ドウレの右手に宿る火は真っ赤に燃えていた。

 チリチリと放たれる熱風は、触れてもいないのに焼けそうだ。

 でも、ミシュは臆さない。まっすぐにドウレを見て言う。


「謝らない。私は、本当に、心の底から。アンタみたいなヤツがユグゴール出身であることを恥じている」


「……死ね!」


 ドウレが、燃えさかる拳をミシュに向けて振り下ろす。ミシュも剣を構えたが、ドウレの方が早い。


 一応、ドウレは『英雄』クラスの出身である。

 そのため戦闘力は、やはり一般の生徒と格が違うのだ。

 もっとも、それは一般の生徒と比べて、であるが。

 静かに、音も立てずに、ドウレの拳がミシュに届く前に止まる。


 止めたのは、『援護』クラスの生徒。

 マイマだ。


「……なっ!?」


 マイマは、燃えさかるドウレの右手を握りしめている。


「な、なんだよお前。いつの間にそこに? というか、どうやってオレの炎を……」


 マイマの手は、まったく燃えていない。


「黙ってみていようと思っていたけど」


 マイマが、軽く手に力を込める。

 すると、ぎしぎしとドウレの手から骨が悲鳴を上げはじめた。


「う……あ!? 痛い痛い痛い痛い!」


 同時に、ドウレも痛みに悶絶しはじめる。

 そんなドウレの耳元で、ぽつりとマイマは言った。


「……オレの前で、誰かを傷つけることが出来ると思うなよ? 『世界樹国』出身者が」


「ぐ……あ! 折れる折れる折れる!」


「ドウレ!」


「くそ! 動くな!」


 ドウレの悲鳴に、ルウプとアウィンがそれぞれ自分の武器である鞭と弓を構える。


「攻撃するつもりか? いいぜ。やれるならやってみろ」


「くっ!」


 マイマはドウレの手を握っている。

 つまり、二人から見てマイマの前にドウレがいるのだ。

 そんな位置のマイマを攻撃できるほど、ルウプとアウィンに技術がない。


「雑魚『援護』のくせに……」


「卑怯者め!」


「女子を生け贄にしようとしているヤツが何を言っているんだが……ん?」


 ルウプとアウィンの後ろで、ロクオがハンマーを構えていた。


「フンッ!」


「きゃっ!?」


 ロクオが地面を打つと、マイマの後ろで悲鳴があがる。

 悲鳴の主はサチだ。

 ミシュの後ろにいたサチの足が、地面に埋まっていた。


「『土』の『アップ』で動きを止めた……オークさん! あの子を差し上げるので、どうぞ好きにしてください」


 ロクオの隣にいたオークは、サチを見ると満足げに口角をあげる。


「ロリジャイケ、イイ、イイ」


「はは。ほら、お前等どけ。それとも、オークさんの邪魔をする気か? 疲れているドウレを相手にして調子に乗っているようだけど、雑魚の『援護』が勝てる相手じゃない!」


 オークがズンズンと足音を鳴らして近づいていくる。


「うっ……!」


 その迫力にミシュがたじろいだ。


 そうだろう。

 ランク『D』のオークは、普通の学生ならおびえる対象だ。

 相手をしてはいけない魔物だ。

 その腕は筋肉の鎧で覆われ、重さ100キロはある棍棒を軽々と振り回せる化け物なのだ。

 だから、普通は逃げるべきだ。

 そう、普通なら。

 マイマとヒヒロなら問題ない。


「やれ、ヒヒロ」


「クケエエエエイ!」


 奇声を上げて飛び出したヒヒロが、オークの顔面を殴り飛ばした。

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