第12話 『魔人種差別撤廃主義者』
「なぁ、こっち来ないか?」
食事を終え、後片付けもある程度済んだときだ。
ロクオが、討伐者クラスの中でもおとなしめな女子生徒の腰を抱いてマイマ達のところへやってきた。
グヘグヘと笑いながら、お気に入りのミシュをねちっこい目で見つめている。
その右手は、討伐者クラスの女子生徒の内ももをなで回していた。
「ハラ減っただろ? こっちはあの『コケコドリ』もあるんだ。美味しいぞ?」
左手には、良く焼けた……ちょっと焦げている『コケコドリ』のもも肉を持ちかぶりついてる。
両手に花、ならぬ両手にもも肉。
片方は女子高生で、片方は高級な魔物の肉。
贅沢な組み合わせではある。
醜悪でもあるが。
それよりも、どうやらロクオの反応を見る限り、ドウレ達はマイマ達が魔物を倒し、そのドロップ品で食事をしていたことに気がつかなかったようだ
彼らはあまりにも視野が狭く、警戒心がないようだ。
(プライドだけの一般人だな。分かっていたことだけど)
マイマは完全にドウレ達に興味を無くした。
(だからあとは……ミシュさんだけ、か)
マイマは、ロクオとミシュのやりとりを見守ることにする。
「なぁ、どうよ? エへっへへ」
イヤラシく、ねっちょりと笑いながらロクオは言う。
そんなロクオに対して、黄色い髪の女の子こと、『援護』クラスの学級委員ミシュははっきりと告げた。
「お断りします」
「……はあ。そんなつまらないこと言ってないで、特別にお前にだけは食わせてやるっていっているんだから……」
苛立ちを隠せないように、ロクオは討伐者クラスの女子生徒の体をなで回していた右手をミシュに向けて伸ばす。
「……っ!?」
しかし、その手がミシュに届くことはなかった。
ミシュが『アップ』で生成した剣の切っ先が、ロクオの喉元まで迫っていたからだ。
「これで3回目です。大いなる『世界樹』は寛容でも、4回目はないと言います。戯れ言を続けますか?」
ゴクリとロクオの喉がなる。
「……あの、もうやめたほうがいいんじゃ」
ロクオに連れられてきた討伐者クラスの女子生徒がおそるおそる言う。
「おーい、ロクオ何しているんだ?」
タイミング良く、ドウレ達もロクオを呼んでいる。
「……くそっ。これ以上は肉が冷めるからな」
ロクオは、討伐者クラスの女子生徒を連れて、ドスドスと音を立てながら去って行った。
「……はぁ」
そんなロクオの後ろ姿を見るミシュの目は、恥ずかしそうに見えた。
休憩を終えたあと、2階に降りてダンジョンを進んでいった。
出てくる魔物は1階と同じであったが、進むペースはかなり遅くなっている。
道中、ロクオの討伐者クラスの女子生徒に対するセクハラなど、遅れる要因はそれなりにあったが、一番の原因は決してほかの者達を戦いに参加させない英雄クラスの4人が、明らかにバテていたことだろう。
もう、魔物が出てきても『アップ』は使用せずに武器だけで戦っている。
ダンジョンの攻略を始めて6時間。
ようやく2階の探索が終わり、3階へ降りる階段まで進むことが出来た。
食材も残っていないのだろう。
食事も出さずに何度目になるか分からない休憩をドウレは告げる。
「なぁ、ドウレ。大丈夫かい?このままじゃ」
「……おかしい。2階から出てくるはずだろ? なんで遭遇しないんだ?」
英雄クラスの四人の顔は暗く沈んでいる。
そのときだ。
人間の子供くらいの大きさの魔物が出てきた。
ゴブリンだ。
ここまで、ドウレを含むパーティーとしてゴブリンと遭遇はしなかった。
おそらく、ヒヒロが先に2階に降りた時にウィンナーを食べるために倒しまくったせいだろう。
ゴブリンのランクは『E』で、これまで戦った魔物とランクが違う。
武器を持った人間の大人と同じくらいの強さのゴブリンは、十分警戒に値する魔物である。
その魔物が3匹も出れば、さすがに討伐者クラスの女子達も身構えた。
そんな中、うれしそうに手をたたき、ゴブリンに歩み寄る者がいた。
赤い鎧のドウレだ。
「ああ、ようやく会えた。ゴブリンさん。我らの愛しき隣人よ」
マイマ達、『援護』クラスの生徒には絶対に使わないような口調でドウレはゴブリン達に話しかける。
「ジェイケ、ジェイケ、タベルタベル」
「オナカヘッタヘタ」
「チキュウマモルヨー」
「おや、お腹が減ったんですね」
ドウレは背中に背負っていたバックから飴を取り出すとゴブリンに与える。
「アメウメアメ!」
「アマママイ!」
「ジェイケイペロペロペロ」
「喜んでいただけたようで何よりです」
ドウレが丁寧に頭を下げる。
「なぁ、なんだアレ?」
ヒヒロがマイマの袖を引いて質問してきた。
「『魔人種差別撤廃主義者』だな。典型的な」
「まじ……なんて?」
マイマはミシュに視線を移す。
ミシュは下を見ていて、うつむいていた。
「……元々は、魔境。特に『世界樹』を神聖化していた『ユグドラシル教』の派生らしいが、簡単にいうとゴブリンとかオークとかサキュバスとか、人語を話し、理解する人型の魔物を人と同じ生き物として接しようとする人たちだ」
「ゴブリンを人? なに言ったんだ? アレが人なわけないだろ……」
そうヒヒロが言った瞬間、目の前の地面が弾けた。
少なくない量の水しぶきが、ヒヒロとマイマにかかる。
「おい! おまえ等! さっきから失礼だろ! ようやくゴブリンさんに会えたんだ。黙っていろ雑魚『援護』がっ!」
怒声をあげたのは、これまで冷静な態度を見せていた青色の鎧のルウプだ。
彼が振る黒い鞭が、水を滴らせながらヒュンヒュンとうねりをあげている。
「まぁまぁ落ち着きなよ。世間知らずのバカにはドウレがちゃんと世界の新しい常識を教えてくれるはずだからさ」
緑色の鎧のアウェインがルウプの肩をポンポンとたたく。
「ゴブリンさんは魔物なんかじゃない。それが分かるからさ。ほら」
アウェインが指さす先を見てみると、ドウレがにこやかにゴブリンと握手をしていた。
何やら語り合い、そしてこちらを向く。
「皆、喜べ。ゴブリンさんが『宝』を見たらしい。そこまで案内してくれるそうだ。しかも、近道も教えてくれる」
おお、と英雄クラスの男子が歓喜の声を上げる。
「さすがゴブリンさん。魔境に住まう隣人」
「ゴブリンさんに協力をお願いすることで、『魔境』の探索を円滑にする。僕たちの国が生み出した画期的な方法だよね」
「平和的だ」
ペチャクチャとしゃべりながら、ゴブリン達の誘導に従って、英雄クラスの男子達が移動する。
「ほら、何をしているんだい。ついておいで」
ゴブリンの案内に従うのは、さすがに討伐者クラスの女子達も抵抗があるようで、ゆっくりとした足取りで警戒しながら彼らのあとを追う。
「……行こうか」
マイマ達も、互いに目を合わせたあと、彼らについていく。
この試験の主導権は、どうしてもドウレ達にあるからだ。
ヒヒロが、マイマにこっそりと聞いてきた。
「なぁ、マイマはゴブリン達のことをどう思うんだ? 人間か?」
ヒヒロの質問に、マイマは以前から思っていたことを素直に答える。
「人間じゃない。そして魔物でもない。アレは……もっと別の何かだ」
ゴブリン達は、正規の階段以外にも通路を持っていたようで、人が通るには狭い道をドンドン下っていく。
そうして着いたのは、ダンジョンの最下層である3階のひらけた空間。
その空間には、明らかに『宝物』と分かる箱と、その箱を守るように立っている一匹の魔物がいた。
『オーク』
成人男性よりも大きい、2メートルほどの大きさの豚顔の魔物。
ランクは『D』
一般人は武器を持っていても戦ってはいけないランクの魔物だ。
そして、入学してから一ヶ月、ダンジョン訓練が解放されていない普通の一年生の生徒が使用できる訓練所では『F』と『E』ランクまでの魔物としか戦えない。
ゆえに、彼らは今、はじめて戦う強敵を前にしているのである。
しかし、そんな強敵を前に、余裕の笑みを浮かべている者達がいた。
マイマとヒヒロ……ではない。
ドウレ達だ。
ドウレは、『オーク』を見ると、うれしそうに話しかける。
「おお、なんとたくましいお姿。オークさん。私たちはその後ろにある『宝物』がほしいのです。厚かましいお願いとは思いますが、譲っていただけますか?」
「オデ……ジェイケイ……ホシイ……」
オークの望みを聞き、ドウレは笑顔で相づちを打つ。
「ええ、そうでしょう。そうでしょう。アナタ達は女性が大好きだ。あそこにちょうどいい女がいるんで、差し上げます。持って行ってください」
一切、悪びれることもせず。
『魔人種差別撤廃主義者』のドウレは、オークに向けて『援護』クラスの女子生徒であるミシュとサチを差し出した。
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