第11話 ダンジョンでの休憩
それから2時間程度歩き、一階から二階に降りる階段の手前で、休憩することにした。
試験を早くクリアするとやってきたのに、休憩を申し出てきたのは、ドウレたちだ。
「援護クラスの奴らがそろそろ疲れるだろうと思ってね」
と、ドウレが言っていたが、その顔は疲労を隠し切れておらず、汗が吹き出ていた。
『F』ランクの雑魚相手に、大技を打ち続ければ、当然だろう。
そもそも、彼らは冒険者における『英雄』を勘違いしている。
「ダンジョンの休憩でも豪華にいこう。おいしくないモノを食べても、元気が出ないからね」
ドウレは荷物を広げると、彼が持っていたバックパックでは考えられないような量の機材が出てきた。
「世界樹の素材で作られた『アイテム袋』さ。見た目より多くモノを収納できる。これで、今からとっておきの料理をお見せしよう」
ドウレは手から火を出して、料理を始める。
肉や香辛料なども持ち込んでいるのだろう。
食欲をそそる香りが立ち込めていく。
そのおいしそうな匂いを嗅いで、ドウレたちの取り巻きである討伐者クラスの女子達がマイマ達をにらみつけた。
「……アンタたちの分はないからね」
「そうよ。『働かざるモノ食うべからず』なんて、アンタらみたい援護クラスの雑魚でも知っているでしょ?」
「一緒に試験を受けてあげるだけでも感謝してもらわないと」
「……は?」
討伐者クラスの悪意に満ちた言葉に、ミシュが鋭い声を出してしまう。
(……おまえ達も何もしていないじゃないか)
とは、マイマだけでなくミシュも思っていることだろう。
クスクスと討伐者クラスの女子達が笑っていると、ドウレが呆れたように肩をすくめる。
「まったく、困った子たちだ。でも、言うことには一理ある。彼女たちは僕たちを『応援』してくれたからね」
(応援って、キャーキャー言っていただけだぞ?)
それで良かったのだろうかと思わなくもないが、ドウレはやれやれと話を続ける。
「でも、俺たちも鬼じゃないからね。どうかな? 女の子達は、これから俺たちを応援してくれるなら、一緒に食べてあげてもいいけど」
そう言って、ドウレはミシュとサチにウインクをした。
おそらく、ミシュを気に入っているのだろう、ロクオがふんふんとうなずいている。
そんな二人に、ミシュははっきりと告げる。
「……けっこうです。いりません。私たちは別に食べます」
そう言って、ミシュは踵を返すと、ドウレ達から離れていくのだった。
「……落ち着いたか?」
ドウレ達から10メートルほど離れた位置に、ミシュは腰を下ろした。
そのあとを、マイマ達は着いていく。
「……ごめんなさい。我慢できなかった」
「あれはしょうがない」
「でも、食べるモノなんてないのに」
ミシュたちは、突然ダンジョンに挑むことになったのだ。
当然、食料なんて用意していない。
水は、水筒に入れていた分がギリギリあるが、それだけだ。
現在挑戦している『レベル5 A』は、試験用の小さくて難易度も低いダンジョンではあるが、それでも一階層の踏破に2時間はかかっている。
試験はダンジョンのどこかにある『宝』を見つけて、回収するものであるが、ダンジョンは3階層まである。
つまり、まだ半分も探していない。
『宝』を見つけるまでにあと倍の時間が必要として、帰還する時間とこれまでの時間を合わせると、合計で8時間は見積もる必要がある。
食事もなしに、ダンジョンという精神も体力も消費する場所で行動するには長すぎる時間であろう。
実際、ミシュは今かなりの空腹に耐えている状態である。
それでも、ドウレ達と食事を食べることは出来なかった。
人間には、プライドがある。
「ごめんなさい。本当に……」
「ま、飯に関してはどうにかなるさ」
「……え?」
これまで、ずっと大人しかったヒヒロがあっけらかんとした調子で言う。
「マイマがどうにかする」
「お前がしろよ」
ポンと肩に手をおいたヒヒロにマイマは思わずツッコんだ。
「……まぁ、魔境での食事なんて、その場で調達が当たり前だからな」
手際よく作られた料理の数々に、ミシュとサチは目を丸くした。
目の前にはたき火があり、串に刺さったキノコが美味しそうに焼けている。
「えっと……本当に、あっという間にこうなったんだけど、どうして?」
普段無口のサチが、珍しく口を開いている。
サチの意見に、ミシュも同意した。
「別に結界を張っているわけでもないからな。匂いにつられて、魔物達が寄ってきている。それをヒヒロが倒して、持ってきた食材と材料でオレが準備した。それだけだ」
『イートシーダー』の薪をくべながら、マイマは『コロコロタケ』をさばいていく。
『コロコロタケ』の身を鍋に入れて、水をそそぎ、なにやら金属の道具を組み立ててスタンドを作り、たき火の上においた。
水が沸騰する直前で茶色の調味料を入れる。
作っているのは味噌汁のようだ。
マイマの動きはよどみなく、まるで踊りのようだ。
ここまでの準備に、マイマは10分も使っていない。
そして、ミシュもサチも何もしていない。
手伝いを申し出る余裕もないほど、マイマとヒヒロの手際が良すぎたのだ。
「おーい、新しい食材だ」
「ああ、そこらへんに置いてくれ」
「え、食材って、また倒してきたの?」
食事の準備をするといった瞬間、あっという間に『イートシーダー』と『コロコロタケ』を倒してきたのに、ヒヒロはもう別の魔物を倒したようだ。
マイマはちらりとヒヒロが取ってきた食材を確認すると、軽く息を吐く。
「……2階に行ってきたな?」
「ちょっとな」
「は? どうやって? 階段の前は英雄クラスの人たちがいるじゃない」
マイマ達がいる場所は、ドウレたちよりも階段から遠い。
2階に降りたなら、確実に気づかれるはずだ。
「オレは気配を消すのが得意だからなー。いい匂いだ。もう食べていいか?」
キノコ、『コロコロタケ』の串焼きを美味しそうにヒヒロは見つめる。
「ああ。ミシュさんもサチさんも焼けたヤツから食べてどうぞ。そろそろ焦げるかもしれないし」
「お、それはダメだ。いただきます!」
「えっと、いただきます」
「いただきます」
3人は手を合わせてから、串焼きにかじりつく。
「ウッマ!」
「ッッッッッッッ!!美味しい」
「…………っ!!」
噛んだ瞬間、うま味の汁があふれてきた。
ちょうどよく振られた塩が、舌を刺激する。
「って、塩の味がするけど、どうして……」
「簡単な調味料と水は、冒険者にとって必需品だ。これくらいはいつでも荷物に入れておけ」
マイマは塩の瓶と、透明な玉を持っている。
「その玉って、『水晶水の玉』? 水を何リットルもため込めて、しかも清らかモノに変えてくれるっていう。なんでそんな貴重なモノを? それって、確か水竜のドロップ品じゃ?」
「手に入れる方法はいくつもあるからな。『魔法』がつかえないなら、これくらいの道具は必要だろ? 水筒も、水がないなら今のうちに補充しておくから、出して」
「方法はあっても手に入れるのは簡単じゃないと思うけど……」
疑問に思いながら、ミシュはマイマに水筒を渡す。
ギリギリの量だったのでマイマの提案は、ミシュにとってありがたかった。
マイマが水筒に水を補充している間に完成した味噌汁も皆でいただく。
キノコのうま味と、味噌が、心を暖かくしてくれた。
「これも美味しい……というか、キノコ以外の味もするけど……」
「味噌に出汁を混ぜているからな。そうすれば、水さえあれば飲めるモノが出来る」
「なんか……私がちゃんと準備をしてもここまで出来ない気がするんだけど……普段から、この装備を荷物に入れているの?」
「ああ、それが冒険者だろ?」
何の気負いもなく、マイマは言う。
「……なんか、差を見せつけられた気がする。二人とも真面目に授業を受けてないし、自主訓練をしているのもみたことないのに」
ミシュは落ち込んでいた。
(あの授業内容に、参考になることなんてないからな)
なんてことは、マイマは言わない。
(それに、自主訓練は人に見られるところだけでするわけじゃないしな)
マイマはダンジョンで生活しているし、ヒヒロも今の状況で入れる学校の施設では、何の練習にもならないだろう。
そんなことも、マイマは言わないが。
「なぁーそれより、アレは食わないのか?せっかく取ってきたのに」
ヒヒロが不満げに口を尖らせている。
「ちょっと待ってろ。アイツらが時間がかかりそうなら焼けるが……」
マイマはちらりとドウレ達の様子を見てみた。
「見ろよこの立派な『コケノドリ』。今日のために奮発したんだ」
ドウレはどこかで見たことがある『コケノドリ』の肉を自慢げに見せていた。
向こうが食べ終わるのはまだまだあとのようだ。
ならば、ヒヒロが取ってきたモノを焼いても問題ないだろう。
マイマは、『イートシーダー』から切り出した串に、ヒヒロが取ってきたモノを刺してたき火に並べる。
「これって、ウィンナー?」
「お、美味そう!」
バーベキューと思えば定番かもしれないが、串に刺さったウィンナーを見て、ヒヒロは嬉しそうな声を出したのに対して、ミシュは強ばった様子を見せた。
「……どうしたの? 食べられないとか?」
マイマは、確認するようにミシュに聞く。
「えっと、その……これってもしかして、ダンジョンでとってきたってことは……」
「ゴブリンが落とした。階段下りたらけっこういてよー。ウィンナーを落とすのは珍しいからラッキーだったぜ」
ヒヒロは、ニコニコしながらウィンナーが焼けるのを待っている。
ヒヒロの答えに、ミシュは体を震わせた。
「ドロップ品は人間の糧。冒険者なら、当然食べるべきだと思うけど……」
サチが、ミシュを試すように告げると、一番焼けていたウィンナーを手に取る。
「あ、それ狙っていたヤツ!」
「早いもの勝ち……うん、美味しい」
パキっと音がして、サチはウィンナーを口に運んでいく。
「食べないなら、ヒヒロにやってくれ。これを取ったのはヒヒロだしな」
「お、くれるのか委員長!」
ヒヒロは目を輝かせている。
「た、食べるわよ。食べるから……」
ミシュは、ウィンナーの串を取ると、恐る恐る口に近づけて、食べた。
あふれる肉汁に、感動はしているのだろう。
しかし、ミシュの表情に浮かぶ『罪悪感』を、しっかりとマイマとサチは見ていた。
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